「非装甲艦で装甲艦に勝ったのだから、やはり人の力だ、精神力だ。」とならなかったのは、明治日本人の冷徹さというか謙虚さの故だろうか。
それもありそうだが、多分それ以上に、清国を遙かに凌駕(※1)する一大脅威が眼前にあったからだろう。即ち、西欧列強。その急先鋒は露西亜である。
西欧列強が極東アジアを植民地化し始めたのは大分前からだ。日本は危ういところでその魔手を免れたのだが、日清戦争に勝利し、その講和条約で租借権を得た遼東半島を、露・独・仏の三国干渉で放棄せざるを得なくなったとき、日本はいよいよ西欧列強、なかんずく露西亜との正面対決を覚悟しなければならなくなった。
正面対決と言っても、日本は島国だ。何処で対決するにせよ、本土決戦を最初から望まない(※2)限り、海軍力がその雌雄を決することは明らかだ。
かくて日本は海軍力の充実に邁進する。一つには日清戦争の際はかなわかった装甲艦の整備であり二つには海軍将兵の練度向上だ。
特に予算を要するのは前者だ。
何しろ当時の日本には未だろくな造船所もない。軍艦と言えば当時のハイテクの塊であるし、明治維新以来文明開化著しい我が国といえども、戦艦を建造できる能力はなかったから、諸外国からかうしかない。小型の軍艦は順次国産化を進めながら、大型の戦艦、装甲巡洋艦英国を中心に外国製品を輸入した。勢い、装甲艦は外国産ばかりになってしまったが。
それでも、三国干渉に対する悔しさを「臥薪嘗胆」を合い言葉に糧として、明治日本は海軍力を充実させた。明治天皇御自ら皇室費の一部を軍艦建造に当てることを言い出され、これを汐に公務員給与の一部を軍艦建造に当てた何て事も実施された。
日清戦争が1894年。日露戦争が1904年。この僅か10年の間に日本は、戦艦6隻・装甲巡洋艦6隻からなる「六六艦隊」を購入・装備し、実戦配備した。全て、日清戦争の頃には陰ぐらいはあったが形はなかった装甲艦であり、その内の1隻が旗艦・三笠である。英国製も三笠を初めとする何隻かは、当時の世界でも最新鋭の軍艦だ。
これを以って、露西亜の極東艦隊に対し、正面切って勝負を挑めるだけの決戦兵力を、日本は手に入れた。
軍艦というものは、今でも建造に数年を要するし、未だ経済力弱体な当時の日本に、12隻もの戦艦・装甲巡洋艦を一括発注できる訳もない。年度毎に予算を取って順次発注していって、数年かけて建造し、竣工したら乗組員を乗せて、一定の訓練をしないことには、軍艦というものは役に立たないことも勘案すると、僅か10年でのこの建艦及び配備。正に奇跡の建艦と言うべきである。
<注釈>
(※1)実際よりもさらに強大に思えたのに違いない。何しろ白人は優等人種だと公言されて誰も(殆どの有色人種を含めて)疑わなかったような時代だ。
(※2)広大な国土を縦深陣地と出来る露西亜とは違うのだ。
1-4 奇跡の建艦
10年で完成を見た六六艦隊も一つの奇跡である.が、その陰にもう一つの奇跡が隠れているように、私には思われる。
先述の通り、この10年間の建艦は、戦艦・装甲巡洋艦の大型軍艦は外国製品の購入で行ったが、小型の軍艦から順次国産化を進めていって、日露戦争後にはついに国産の戦艦を建造するに至る。
尤も、この頃の他の戦艦のご多分に漏れず、日露戦争の教訓を十分に反映した英国の新型戦艦ドレットノート級の出現によって、「前弩級戦艦」として忽ち旧式艦にされてしまったのだが、すぐにその弩級、さらには超弩級戦艦まで、国産で建造してしまった。それだけの建艦能力を、我が国は手に入れていた。
これまた先述の通り、当時の軍艦というのは当時のハイテクの塊だ。電子機器こそそう大したものはないが無線機ぐらいはあるし、光学機器・精密機器は照準や推進に欠かせない。その軍艦を、それも一番大きくて一番ハイテクな戦艦までも国産化出来た国はさして多くない。英・仏・露・独・伊・米、それに日本ぐらいで、日本は有色人種の国では唯一だ。
この建艦能力が世界初の16インチ砲戦艦・長門級の建造にも、人類史上唯一の18インチ砲戦艦・大和級の建造にも効いてくる。
さらには、第1次大戦後の海軍軍縮条約で幻に終わった八八艦隊計画の「戦艦8隻、巡洋戦艦8隻を装備し、その後毎年戦艦と巡洋戦艦各1隻を毎年建造してこれを更新することで世界最強の艦隊を手に入れる」と言う計画(※1)は、全て国産で建艦する計画であったことは、特筆大書に値しよう。
日清戦争も日露戦争も、外国から勝った軍艦で戦わざるを得なかった日本は、なかんずく日清戦争ではタダの1隻も装甲艦を持たなかった(※2)日本は、「世界最強の艦隊を建造できる(かも知れない)」だけの建艦能力を手に入れていたのだ。
「奇跡って奴は、よく起こるらしいぜ。」 -寺沢武一「コブラ」-
<注釈>
(※1)そのためには、日本の建艦能力をめいっぱい使わねばならない、ギリギリの計画であり、予算的には「国家の破産」となりかねないものではあったが。
(※2)さらに言えば、黒船が襲来した際にはタダの1隻の蒸気船も持っていなかった日本が
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