さて、散々警鐘を乱打している田母神前空幕長更迭劇を巡る一連の騒動であるが、今まで取り沙汰していない別の危機を内包して居るようである。
 と言うのも世の中広いもので、田母神前空幕長の問題の論文あるいは論文発表は「憲法違反」だとする主張があるのである。
 初めは何かの冗談かとも思ったのだが、どうも本気らしい。誠、人類の多様性には驚かされるばかりであるが、かかる主張はこれまた新たな危機を浮き彫りにしている。
 

1.1 収集:田母神論文違憲論
 さて、大新聞4紙の社説にも(さすがに、か?)登場しなかった「田母神氏憲法違反説」であるが、私の調べたところでは凡そ以下の論拠によるものであるらしい。
 私の調査が完璧などと言うつもりは無いので、他にも説があるのであれば、ぜひご教示願いたい。
 
  崚鎚貎請感?訥垢力席姑表と言動は、憲法99条にある公務員の憲法擁護規定に反する」

 ◆崋衛隊に靖国史観=極右思想を注入するのは反憲法的教育である。」http://www.jrcl.net/frame0801124c.html
 
 「日本の侵略戦争を肯定することは、憲法の平和原則に反する。」
 
 ぁ崋衛官が自らの思想信条で政治をただそうというの<は、憲法の精神に真っ向から反しています」石破元防衛大臣 http://mainichi.jp/select/seiji/archive/news/2008/11/12/20081112dde012010016000c.html
 

1.2 論駁:田母神論文違憲論
 先述の田母神論文違憲説についてひとつずつ検証して行くとしよう。
 
 ,力正鬚箸靴討い襪箸海蹐瞭鐱楾餬竫∥茖坑江鬚蓮以下の条文である。
 
第99条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

 ご覧の通り、公務員ばかりではなく、大臣、国会議員、天ちゃんまで律する規程である。
 所で余りに明白なことであるが、日本国憲法は「不磨の大典」では無い。日本国憲法は改正する事ができ、第96条に、両議院の2/3以上を以って発議された後、国民の投票により過半数の賛意が得られれば改正できるとする、改正規定もある。両議院で憲法改正の発議を行うのは、当たり前だが国会議員だ。
 で、あるならば、この憲法99条言うところの「現憲法の擁護」は、現憲法に対する問題提起や議論を禁じている訳が無い。禁じていては、そもそも両議院で憲法の改正を発議できるはずが無いのだから。
 さらには、その後国民投票に掛ける以上、国民一般も現憲法に関して大いに議論しなければならない筈である。一人で沈思黙考するのも良いが、より良い結論を得るには「広く公議を起こし、万機公論に決する」のが有効であろうから。
 言うまでもないが、自衛官を含む公務員もまた国民なのである。
 従って、田母神前空幕長が自衛官時代に現憲法に対する異議を唱えたとしても、それが憲法違反の行動と言う実行を伴わない限り、憲法99条違反と言うのは筋違いである。
 況や今や彼は市井の人、公務員ですらない一国民である。憲法99条に縛られるいわれは、最早全く無い。
 
 △麓衛隊内の「国家観・歴史観」コースを「極右思想=靖国史観を自衛隊に注入するもの」と言い、「それが天皇主義的な侵略戦争肯定イデオロギーに貫かれたものであり、憲法を全面的に否定しようとするものであることは明白だ」と言う。
 仮にこの国家観・歴史観コースで教える歴史観を自衛官に強制し、それ以外の歴史観を口にする事さえ認めない、とするならば、これは信条による差別を禁じた憲法第14条や思想及び良心の自由を保証した第19条違反に問われるだろう。
 が、公言されているところでは、田母神氏はその持論を絶対化などしていない。従ってこの自衛隊内教育が思想統制=イデオロギーの注入であると断じることは、今のところ想像によってしかできない。
 ならば、推定無罪が適用されるのではないか。
 むしろ、今のマスコミ及び政府の一部が絶叫している、「政府見解」と言われる村山談話を自衛官に強制し、人事もその歴史観に依存するとする「文民統制」こそ、憲法第19条及び第14条違反である。
 
 あるいは、「天皇主義的な侵略戦争肯定イデオロギー」であれば自動的に「憲法を全面的に否定」したものとみなされる、と言う趣旨なのかもしれない。
 「かも知れない」と言うのは少々情けないが、その趣旨が全く理解できないのだから、自信が無いのは仕方が無い。
 諸兄御承知の通り、日本国憲法はその第1条で天皇を「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」と言う、それ相応に高い地位に置いているから、いかに「天皇主義的」であろうとも、現憲法を「全面的に否定」する必要がわからない。
 私が唯一可能な解釈は、「侵略戦争肯定イデオロギー」の故に、「だから我が国は、これからも侵略戦争をやるべきである。」と考える思想であると言う可能性だ。これならば「国際紛争を解決する手段として」の戦争を放棄した憲法第9条に違反する事には私も同意する。
 但し田母神論文にせよ、田母神氏の言動にせよ、大日本帝国の戦争をある面肯定しているとは言え、「だから我が国は、これからも侵略戦争をやるべきである。」とは主張していない。従って、憲法第9条にも違反していない。
 大東亜戦争を肯定する事と、日本国がこれからも侵略戦争を起こすべきだと主張する事では、相当な乖離がある。田母神論文も、田母神氏の言動も、この乖離の中で、十分憲法第9条の範囲に留まっている。
 
 の「日本の侵略戦争を肯定することは、憲法の平和原則に反する。」というのも、「天皇主義」だの「極右イデオロギー」だののレッテル貼りが無いだけで、△汎厩異曲のように思われる。
 因みに日本国憲法中、戦争及び平和に触れているのは、前文と第9条のみであり、ここでは一般的な戦争の話をしているものと解釈する。従って日本国憲法成立以前の大東亜戦争を初めとする如何なる戦争をどう肯定しようとも、それだけでは憲法違反たり得ない。
 憲法第9条が禁じうるのは、我が国が今後国際紛争解決の手段として実行する戦争のみであって、いかに如何なる戦争を肯定しようとも、「今後も我が国は戦争で国際紛争を解決すべきである。」と主張しない限り、憲法9条違反にはなりようが無い。
 憲法前文にいたっては、
 「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚する」
 「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しよう」
 「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会」
 「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」
の4箇所で「平和」に触れ、
 「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し」
のただ1箇所で「戦争」に触れるのみである。
 ここで禁じられているのは「政府の行為によって」起こる戦争ぐらいなものだ。上述の憲法第9条と同じ議論になる。
 
 い寮佛妨桔姫丗膺辰糧言は、発言者の地位が高いだけに影響も大きい。が、これまた奇妙な理屈と言うか、いちゃもんに近い。
 ともすれば忘れられがちと言うか、人によっては完全に忘却しているようなのだが、自衛官だって国民であり、参政権を有している。従って自衛官がその特権である武力によって「政治を正そう」とするならば、これは大いに問題であるが、言論を以ってこれを行う事を掣肘するような規定は無い筈だ。
 論文にせよ、隊内教育にせよ、田母神氏が行った事は言論活動の範疇を超えていない。従って憲法違反になぞなりようが無い。
 軍人勅諭には、軍は政治に係わるなとの一条があったが、石破元防衛大臣はこれを以って問題視したのだろうか。だとしても、それは縦から見ても横から見ても「憲法の精神に真っ向から反し」はしない。(そうでなければ、軍人勅諭は「現憲法の精神」を、それも、どの条文にも現れていないような「現憲法の精神」を、少なくともこの一条に関する限り、体現していた事になる。
 それはそれで結構な結論なのかもしれないが、一体何を以ってそんな事が断言できるのかが、私にはさっぱりわからない。条文に現れないような「精神」を、一体どうやって知ったのか。)
 

1.3 考察:田母神論文「違憲」論の影響
 長々と田母神論文違憲論の検証を行ったのにはちょいと訳がある。
 諸兄御承知の通り、田母神氏は「政府見解と異なる歴史認識を公開した」かどで更迭され、これを機会にマスコミ及び政府の一部は「文民統制の強化」を叫んで自衛隊に対する思想統制、即ち「政府見解」たる村山談話の強制を実施しようとしている。これ自体自衛官の人権を侵害し、人間の尊厳を蹂躙する上に国防の弱体化を招き、思想侵略の疑いさえある大事ではある。
 大事ではあるがこれだけなら、自衛官以外の民間人(公務員を含む)には直接的短期的な実害は及ばず、いわば対岸の火事である。尤も、実害が及んだときには我が国が侵略されてしまったときであり、占領されてしまった後と言う公算は相当あるのだが、それでも今日明日にどうなる、と言う話ではない。
 
 だが、田母神氏の言動や言説が、憲法違反に問われたなら?
 
 事は自衛官に留まらない。先述の「憲法違反論拠」の内「憲法99条 議員及び公務員の憲法尊重・擁護規定」によらない限り(※1)、誰でも同様に憲法違反に問われる可能性がある事を意味している。
 
 憲法には罰則規定は盛り込まれていないが、公務員ならば公職追放即ちクビになるであろうし、一般市民なら国籍剥奪、選挙権・被選挙権剥奪、さらには人権剥奪される可能性がありそうだ。
 そうでなくても憲法違反に問われるような従業員なり学生なりは、職場や学校が嫌うだろうことは想像に難くない。強制的な退職や退学と言う事も考えられる。まあ、あくまでも、想像ではあるが。
 
 言い換えるならば、田母神論文違憲論は、一般市民が憲法違反として追求される可能性を示唆しており、厳重な警戒が必要である。違憲である根拠をつまびらかにし、その影響を確認しなければならない。
 明日、憲法違反の罪に問われるのは、一般市民かも知れないし、ひょっとしたら、あなたかも知れないのだから。
 
 まあ、大概の本記事読者諸兄よりも先に、私自身が憲法違反に問われるであろう事は、想像に難くないが。

<注釈>
(※1)よっていても、その範囲は自衛官から一般公務員及び国会議員と天ちゃんにまで広がるのだが。