NECがかつて、モバイルギアIIと言う小さなパソコンを売っていた。通称を「モバギ」と言った。
ハンドヘルドPCとかH/PCとか言われたWindows系でも軽さが身上のWindowsCE(※1)で動く、かなり横長のタッチパネル式ディスプレイを外観上の特徴とする、ミニと言うよりマイクロノートだ。
OSも主要ソフトであるモバイルオフィスも、内蔵するROM上にあって、FDもHDDも光学ドライブも無しのシンプルな構成。内蔵メモリが16MBとか32MB(※2)とかある他は、コンパクトフラッシュスロットか標準カードスロットに外部メモリを突っ込んで記録するほかない。それでもOSが極めて軽い上、この軽いOSに特化したモバイルオフィスの作るファイルも小さいため(※3)、容量はまず十分だった。
ソリッドメモリーのみの構成かつ軽いOSだから、起動も瞬時で電池の持ちも良い。キーボードはブラインドタッチが出来る最小限の大きさで、キーボードにはスライドパッドもなかったから、「ブラインドタッチ可能な最小サイズのPC」と言えた。
シンプルな構成とアプリケーションもあって、実売価格は4万円から5万円台。当時のノートPCは20万以上するのが当たり前であったことも考えると、相当安価だ。
欠点は内蔵メモリがRAMで、起動中のOSもここにあるため、電池が切れるとOSの設定もアプリケーションも皆消えちまって、工場出荷状態に戻ってしまう事。
私はこのモバイルギアIIを2台も愛用していた。
<注釈>
(※1)Windows Mobileのご先祖様だ。
(※2)GBではない。MB、メガバイトである。当然内蔵ROMも似たような容量。これで動くOSであり、アプリケーションだった。
(※3)その分、一般的なMicrosoft Officeとの共通性はかなり怪しくなったが。
1.モバギを継ぐモノ
先述の通り、モバギはブラインドタッチ可能な最小サイズのPCであり、それ故に私は重宝していたのだが、このコンセプトは普及しなかったらしい。
と言うのも、NEC自身がモバギの後継機種を出さないままH/Pから撤退してしまったし、一時はシャープ何かからも出ていたH/PC事態にその後新製品が殆ど出なくなった。かろうじて頑張っていたのはエプソンのシグマリオンシリーズだが、キーボードサイズが一回り小さくて私の要求には合わなかった。
世はH/PCからもう一回り小さく、安価な「パームトップ」だとかPDAだとか言われる、電子手帳の発展型の時代に突入していった。が、「手書き入力」と言うのは私の要求には合わなかった。
で、私は長いことモバギを使っていたのだが・・・ACアダプタから電源回路、ついには電池までへたってしまい。2台有る内の片方は完全に「ディスプレイモデル」と化している。もう片方も電源接続が必要となっており、最早「モバイル」ギアIIとは言い難い。
その内、パームトップとかPDAとかも廃れて来た。どうも、携帯電話が最も身近な情報端末となったため、らしい。スケジュールを管理したり、メールを見たり、インターネットをやる分には両親指を駆使したあの小さなキーボードと、確かに変換効率は向上している日本語辞書とで充分間に合う人が多いらしい。
しかしながら、長文を書こう、構想しようと思うと、私のようなオールドタイプでは、携帯電話のような親指入力環境には耐えられない。何とかならないものか。NECから今更モバイルギア「III」なんてのが商品化されることはないにしても…
「待つ者には全てが来る。」とは西洋の諺だそうだ。少なくとも、モバイルギアIIの後継になりそうなものは来た。
Eee-PCを皮切りとするミニノートPCブームである。ソリッドメモリを内蔵した安価なミニノートというコンセプトは、かつてのモバギそのものだ。異なるのは、技術の進歩により、ソリッドメモリの容量が格段に増え、そのためもあってミニノートPCながら、OSはWindowsXP。最新とは言えないが、未だ現役バリバリの第1線OSである。価格は4万円台から。かつてのモバギとほぼ同等。今やノートPCでも、つぼを押さえれば10万円を切るから、モバギのころほどの「価格差感」はないが、手頃な価格だ。
一方でPHS会社のWillcomは、さらに小型のノートPC とも大型携帯端末とも判じかねるD4なんて機種を市場に投入。非常に横長の画面と独特の操作ができる(らしい)スライドパット、OSがWindows vistaであることと、Micro Soft Officeが付いて4万円を切る価格というのが魅力だ。
2.これだ!私の求めていたものは!欲しいのはこれなんだ!!
Eee-PCと言い、Wilcom D4と言い、よく出来たノートPCだとは思った。この価格、この大きさ、この軽さでこの性能を実現した、メーカー並びに設計者のご苦労は、想像するに余りある。
が、私の食指を動かすには足らなかった。
一つにはそもそも私に金がなかったためでもある。何しろ今年の初めに今まで愛用してきたWindows Meマシンに代わるメインマシンAcer Aspire 5720Zを導入したため手元不如意は否めない。たとえメインマシンとなるノートPCが、10万円以下で買える時代であろうとも、だ。
だがもう一つには、先述の「ブラインドタッチできるキーボードの大きさ」と言う条件に、これらのマシンが達していなかったためだ。
「WilcomD4は兎も角、Eee-PCでブラインドタッチが出来ないとは。」と訝る向きもあるかも知れない。が、出来ないのだ、私には。多分、後一寸のキーピッチの違い、後一寸のキー配置の違いなのだろうけれども。
さらには、スペック上も問題なくはなかった。Eee-PCは確かに安価だが、機億装置を固体化するのに拘った余り、容量が非道く限られ、そのアクセスの早さや耐衝撃性は魅力的なモノの、PCとしての用途はひどく限られたものにならざるを得ない。
そこへ登場したのが、一回り大きなWinXPマシン、Acer Aspire Oneである。宣伝ばかり先行して仲々店頭で見かけなかったが、ようやく出た店頭で触ってみると・・・これならブラインドタッチが出来る。
ハードディスクを内蔵するから、容量的にも十分だ。価格も5万円代前半。
これだ。
3.兄貴分Acer Aspire5720Z
無い袖は振れないから、衝動買いこそしなかったが、店頭発売から1週間以内に購入なんて、私の新記録だ。普通ならもう少し販売価格が下がるのを待つ。それだけこのAspire Oneに入れ込んだ、ということだ。
私はCDやDVDを予約で買ったこともなければ、Amazonさえ利用したこともない。購入する商品は、一度自分の目で確かめるのを基本としているから、通販だってめったに使わない。予約して買うのは、定期購読の雑誌ぐらいの人間なのだ。
実際使い始めると、まずWindowsXPだから、使いたいアプリケーションは大概動く。光学ドライブがないのは仮想ドライブソフトでかなりの程度カバー出来る。思った以上の使いやすさに、メインマシンである兄貴分 Aspire 5720Zの存在がかすんでしまいそうなほどだ。HD容量120GBと言うのは、流石に兄貴分に一歩譲るものの、OSの食う分を考えるとその差も縮まり、まず申し分ない。
画面の大きさ、精度は兄貴分の方が上だがキーピッチはさして変わらず、現状Vista上で動くATOKを持っていない私としては、下手すると弟分の方が快適な日本語環境となりかねない。
やるじゃないか、Acer。
仄聞するところによると、AcerはこのAspire Oneの様な個人端末=ミニノートPCを以て日本市場へ切り込もうという戦略との事。正に「モバギを継ぐモノ」と言えよう。
4.ユビキタスという時代
一頃、「ユビキタス」と言う言葉が流行った。「どこでもコンピューター/コンピュータ利用」という概念と私はとらえており、「ウエアラブルPC(※1)」と対になるものと考えていた。
元々ユビキタスというのはラテン語で、「(神が)遍く存在する」と言う意味。神はこの世の森羅万象何処にでもおわします、と言うことらしい。西欧キリスト教世界からすると、全知全能にして唯一神である神はこの世の何処にでもおわすのだぞ、と言う仲々有り難くも厳かな宣言が「ユビキタス」には込められているようだ。尤も、日本古来の宗教たる神道では、「八百万の神」と言うぐらいだから神は遍くこの世に在って当たり前だ。
まあ、ラテン語と言う事は古代ローマの言葉であり、古代ローマはキリスト教に改宗しちまうまでは古代ギリシャの影響を大いに受けた多神教だったはずだから、事情は日本の神道に近いはずだが。
閑話休題。上記のユビキタスの本来の意味からして、現在言うところのユビキタス時代というのは、「何処でもコンピュータ活用/何処でもコンピュータサービス」と言うのがより正しい表現だろう。故にウエアラブルPCは必ずしも必要ではなく、空調やら街灯、屋外監視カメラやらに組み込んだマイコンチップの連携なども含めると言うことだろう。
その現状の尖兵は、やはり携帯電話と言うことになろう。日本の携帯電話は「ガラパゴス化」などと揶揄されることもあるようだが、メールやWebをチェックする最も身近な情報端末であり、静止画・動画記録機であり、モノによってはGPSまで積んだ航法機器でさえある。
で、この携帯電話の情報端末としての欠点を補うのが、Aspire OneをはじめとするミニノートPCと言うことになるのではなかろうか。
携帯端末の欠点とは、情報発信力の弱さである。長文を携帯電話のキーボードから入力するのは至難(※2)であり、長文の推敲も携帯電話の画面では困難であることから、これを補い、ユビキタス時代の一翼を担うのが、ミニノートPC、と言うことになるのではなかろうか。
少なくとも、Aspire Oneを以って我が情報発信力は向上した。
「これで、我が腕は完全なモノになった。(※3)」と引用する所以である。
<注釈>
(※1)直訳すれば「着られるコンピュータ」。防衛省が検討しているIT-Manみたいな物を含むのだろうが、本質は「服を着る程度にしか嵩張らないPC」だろう。
そういう意味では携帯電話はすでにある程度「ウエアラブルPC」としての役割を果たしている。
(※2)普通のキーボードより、その方が得意、早いと言う猛者も、世の中にはいるようだが。
(※3)「降伏の儀式」と言うSFの台詞なんだが、元ネタがあった気がする。