1.1 ミサイル防衛の概観

 ミサイル防衛、Missile Defenseの頭文字をとってMDとも称される防衛技術が注目されたのは世間一般では1991年の湾岸戦争であろう。
 それ以前にも、レーガン米大統領のもとSDI(Strategic Defense Initiative 戦略防衛構想 「スターウォーズ構想」と言う方が有名)として、ミサイル防衛の概念はあったし、それ以前の冷戦時代には、対弾道ミサイルABMがモスクワ周辺に配備されている。が、実際に「ミサイル防衛」が実戦投入されたのは、湾岸戦争におけるイラク軍による(散発的・政治的)スカッドミサイル攻撃に対するPatriot地対空ミサイルによる迎撃が、嚆矢であろう。
 その後、ミサイル防衛という概念は発展する。湾岸戦争で勇名を馳せた(当時の評価は過大であったとするのが一般的だが、当時投入できる唯一の手段であった事は、考慮する必要がある。)Patriotミサイルは、弾道弾防衛に特化したPAC-3なる新型が開発されたし、海上配備型としてイージス艦から発射されるスタンダードミサイルに対弾道防衛型が開発・配備された他、地上発射型としてTHAAD、海上発射型の発展型も検討され、さらには、ボーイング747型機に化学レーザーを積んだABL(Air Bone Laser)なんてものまで開発してしまう。今のところ実用化・配備されているのは陸上発射のPatriotと艦上発射のスタンダードのみだが、さらに大型化した陸上発射型、艦上発射型のミサイルが開発中であり、試作試験中の「空中レーザー砲」ABLと併せて、発射直後から弾着直前までの多階層ミサイル防衛網を計画している。
 さらに米国にはMDA(Missile Defense Agency)ミサイル防衛庁なる役所まで出来てしまう。ミサイル防衛だけで「庁」が出来てしまうのだ。この間まで国防を「庁任せ」にしてしまっていた、どこかの国とはえらい違いだ。流石はアメリカ。This is the Big Country。
 一方で、スカッドの恐怖を直接食らったイスラエルも、ミサイル防衛にはマッサダコンプレックス(※1)故にかに余念なく、ミサイル防衛用ミサイルArrowシリーズを独自開発する。
 対してロシアの方は、MDの欧州配備に対しては「軍拡競争をあおる」などとして強硬に反対しながら、最新鋭のS-300地対空ミサイルに対弾道ミサイル防衛能力をうたい、輸出(※2)の武器としている。
 かくして、冷戦華やかなりし頃、「核ミサイルを迎撃する核弾頭地対空ミサイル」ABM(Anti Ballistic Missile)に端を発した「ミサイル防衛」は、湾岸戦争という実戦を経て、米国、イスラエル、欧州などで、実戦配備につきつつある。



<注釈>
(※1)マッサダ砦は、1世紀にローマ帝国とユダヤ王国が戦争をした際、首都エルサレム陥落後も頑強に抵抗を続けた要塞。1000人に満たないユダヤ人は、1万5千人とも言われるローマ包囲軍相手に2年間も奮戦し、最後はローマの奴隷になるよりはと、ほぼ全員が自決して果てた。アラモやサイパンの大先達という訳だ。
 マッサダコンプレックスとは、このマッサダ玉砕の史実を脅迫概念とし、過剰防衛・先制攻撃偏重する精神状態を揶揄する言葉。
 しかしながら、イスラエル国防軍は、新兵訓練の最後にこのマッサダ要塞に登り、「マッサダは二度と落ちず」と国防の誓いを立てると言うから、イスラエルにとって「マッサダコンプレックス」はあって当たり前だろう。
 因みに、イスラエルは女性まで含めて兵役がある徴兵制。つまり、男女を問わずイスラエル人は「マッサダは2度と落ちず」と誓いを立てている事になる。

(※2)S-300を輸入している国の一つに、中国がある。従って、中国の唱える「弾道ミサイル防衛反対」論は、極めて説得力が低い。
 ま、自分所の核恫喝が減殺されるのを防ごうという魂胆だろう。


1.2 日本のミサイル防衛

 さて、翻って、我が国のミサイル防衛はどうなっているかと言うと…戦後一貫して国防やら軍備やらを忌避して来た日本のマスコミも、本件については「売れる」と踏んだか結構頻繁に報道されている通り、弾道ミサイル防衛用地対空ミサイルPatriot PAC-3を首都圏を皮切りに配備を開始しておる。
 同時に洋上では海上配備型弾道ミサイル防衛用誘導弾スタンダードSM-3 Block Iをイージス艦こんごう級に配備し迎撃訓練に成功しているのは、報じられたとおり。
 さらにはその発展型SM-3 Block IIを日米共同開発中であり、これまた(珍しく)テレビ報道されている。
 例によって配備する数の少なさや、なかなか数の揃わない配備の遅さはあるものの、とりあえず実用化されたミサイル防衛手段は配備を開始され、最も有望な次世代のミサイル防衛手段は日米共同開発中、と言う事で、日本政府はミサイル防衛を推進している。
 まあ、いよいよ本格的な試験が始まるという空中発射レーザー砲ABLには手を貸していないようですが、ABLは発射直後の弾道弾を迎撃するためのシステム。レーザー砲は基本的に直進しかしないから、直接射撃しかできず、いくら航空機搭載で高度が稼げるとは言え、ある程度ABLが弾道弾発射地点(つまり地上発射ならば敵国領土)に近づかないと役に立たない。日本じゃ一寸手を出しにくい兵器でしょう。 

1.3 ミサイル防衛を導入するデメリットは何か。

 一方で、ミサイル防衛に対しては、反対論もあれこれある、あるいはあった(※1)ようです。私の知っているところでは以下のようです。(※2)
 (1) ミサイル防衛は先制攻撃を容易にするものである。
 (2) 日本上空を通過し、米国へ向かう弾道弾を迎撃することは、集団的自衛権の行使になる。集団的自衛権の行使は、憲法が禁じている。
 (3) ミサイル防衛は多額な費用がかかる上に、確実に防衛してくれるという保証はないから、コストパフォーマンスからして他の方法を取るべきだ。
 (4) ミサイル防衛は、日本の某重工や米国の軍産複合体を潤すための陰謀だ。

 以上の「ミサイル防衛を導入するデメリット」ですが、どうも私には決定的なデメリットと思えない。
 (1)は日本に十分な先制攻撃能力がないと成り立たない。我が国は世界有数の防衛費を誇るものの、攻撃能力は貧弱で、中国はおろか、北朝鮮を相手にだって、先制攻撃をかけて勝つ(※3)目処はないと思われる。「先制攻撃はアメリカの分担なのだ」という主張もあるかもしれないが、日本にMDが配備されたことによって、アメリカが「安心して先制攻撃」をかけると言う論理が私には理解できない。「アメリカに先制攻撃させないために、日本にMDを配備させないようにしよう。」と言うのは、一種高邁な犠牲的精神(のつもり)なのかもしれないけれど、何だってアメリカの先制攻撃の対象のために、我が国がそんな危ない橋を渡らなければならないのかさっぱり理解できない。

 (2)は使い方の問題であるから、どうしてもと言うならば「日本上空を通過する弾道弾は迎撃しない」と言う事ができるだろう。
 尤も私は、この方法が正しいとはとても思えない。
 日本上空を通過し、米国本土に向かう弾道弾は、核弾頭を積んでいるかもしれない。それが炸裂すれば、広島・長崎以上の惨劇を米国が被ることになる。それを看過することは同盟国としての信義もさることながら、人の道に外れよう。
 「憲法が集団的自衛権を禁じていてそれが出来ない。」と言うのなら、変えるべきは憲法の方だろう。
 日本国憲法は、不磨の大典ではない(筈)。

 (3)はミサイル防衛最大の難関でしょう。確かにミサイル防衛は予算がかさむし、100%完全であるという保証はない。
 しかしながら、湾岸戦争で得られた実績と、その後の技術開発、及び多階層ミサイル防衛(日本の場合、今のところ僅か2層だけれど)により、完全を期する事は不可能ではないと思われる。それだからこそ、イスラエルも独自のミサイル防衛技術を開発しているのだろう。
 可能性があるならば、勿論予算には限りがあるものの、投資するだけの価値が、ミサイル防衛技術にはある。たとえマッサダコンプレックスを持っていなくても、だ。
 さらに言えば、ミサイル防衛よりも「コストパフォーマンスが高い別の方法」と言うと、私には独自核兵器装備による大量報復戦略(※4)ぐらいしか思いつかない。この方法を取るべきとは今のところ私には思われない。
 イスラエルはほぼ確実に核兵器保有国だが、前述の通り独自のミサイル防衛を追及している。自国民限定(※5)人命尊重のなせる技、だろう。

 (4)については何を言うべきだろう。日本もアメリカも国民によって選ばれた議員による議会が国防予算を承認しておるのだから、ミサイル防衛予算は国民の審判を受けている。ってのじゃダメなんだろうな。
 防衛省工事は他の省庁と同様に監査があり、これにより契約社は所定のGCIP(管理費率+利益率)しかあげていない事が担保されている。従って某重工と雖も(監査をごまかしていない限り)不当な利益を貪る事はない。と言うのも、陰謀論者には通用しそうにないな。
 日本の防衛産業というのは決して良い利益率の商売ではないのだから、某重工が儲けるための陰謀を巡らすとしたら、他の業種で行うだろう。ってのはどうだろうか。何しろ、宇宙ロケットからジェットエンジン、原子力発電所、化学プラント、造船、造艦、造戦車、何でもござれのメーカーなんだから。

<注釈>
(※1)過去形にしたのは、北の将軍様が何やらやらかす以前の「MD反対」の勢いが、なくなったように思えるから。
 まあ、無理もない、とは思いますがね。
(※2)他にも理屈があるなら、是非ご教示いただきたい。
(※3)と言う事は、一撃で真珠湾攻撃以上の大ダメージを相手に与える、と言う事になる。
(※4)「軍事ではなく政治・経済などで平和的な方法がある。」などと言う戯言はなし。和戦両様の構えで外交を尽くすのは当たり前で、それでなお開戦に至った時のための軍事力をどうするかという議論をしているのだから。
(※5)政府の基本的方針ではあるが。他国民の心配なんぞ、自国民の後、というのは当たり前だ。


1.4 Quo Vadis 我らは如何にすべきか。
 言うまでもないが、ミサイル防衛技術が理想通り実現すれば有用である。理想的にはそれは「ダモレスクの剣」とも喩えられる核兵器の脅威を、低減してくれる。
 一方ミサイル防衛の短所とされる前項の諸点は、前述の通り決定的な短所ではない。
 言いかえれば、ミサイル防衛技術には希望がある。イスラエルがArrowシリーズに見ているのも、その希望なのではなかろうか。
 前項でも触れたが、ミサイル防衛に実用性がないとするならば、我らの取るべき道は、独自核武装以外に何があろうか。その時、我らは、極東に小さな冷戦を現出しなければならなくなる。
 それはそれで一つの選択肢だが、その選択肢に至る前に、我らは「ミサイル防衛」を選択すべきであろう。