伊勢原市上粕屋にある公開古民家
国登録有形文化財 雨岳文庫こと山口家住宅にお邪魔しました。
日曜日のみ公開しています。
上粕屋は、旗本間部家の領地で、この邸宅は、江戸末期に代官所として現在地に移築するよう命じられ、民家であった山口家を曳き家して代官所として、武家屋敷風に改装しましたが、明治になってしまい実際に代官所として、使われたのは2年ほど。
その後は、山口家の邸宅となり、明治初期には、相州西部の自由民権運動の「湘南講学会」の会場ともなりました。
自由民権運動が庄屋など身分が上の人が中心となり参加するのは、珍しい事です
・曳き家とは、建物を壊すことなく、そのまま曳いて移動する作業の事。
明治初期なので、大勢の人達に引っ張ってもらいながら、人力で移動したそうです。
梁や柱などがとんでもなく大きい
写真撮ってないけど、神棚とかもとても個人のものと思えない程立派で、立派すぎて、大きな板が重さで歪んでいる。
ここまでは、好きに写真が撮れます。
ここから、HPと頂いたレジメの写真です。
書院の壁は、なんと何枚もの和紙を貼り重ね造られていました。 しかも、一番上の和紙は、金箔が交じっています。
手間隙かけた、お金に変えられないすごいお部屋です。
障子がすごいです
むき出しの柱の節をそれぞれ松竹梅の埋め木されていて、見事です。
このような飾りは、あちこち古民家を観てきましたが初めてでした。
この家の当主の方に、柳生新影流(庶民の場合は、柳生心眼流)免許皆伝の方がいらして、技を綴じ本にて、書き移しているのだが、奥義は口伝となっていた
天皇家がご休憩されるのに、わざわざ造った離れもあった。
こちらの住宅は、まだ人が住んでおり、奥から物音がしたりする
意外と生活感があって面白いのだ。
古民家が好きな人が一見あれ

ちなみに、大山は講があるのでもちろん御師がいたのだが、廃仏毀釈以前は、お坊さんが管理していたという。
神様の住む山としながらも、神職などおらずお坊さんがそう言う役目だったと解説員よりお聞きしました。
神職についていた方は、神宮や大社などで、別当寺がある神社は、お寺さんの管理課だったと言うことになるのかな
じゃあ、神社や寺ってなんだろうと思うワケで…。
神社だお寺だと気にする必要はなく、大山や筑波山とかは、山が信仰対象なんだから、山にありがとうの気持ちを向けるのが、正しいありかたなのかなと思うこの頃。
ちなみに、阿夫利神社に落ちた篇額の回収をお願いしたら、大権現となっているから、こちらで引き取れないとの返答があり、こちらで保管する事となったそうだ。
神社の歴史として、色々と集めて公開するのも面白いと思うのだけど…。
宗教って、めんどくさい







