Mr.003のブログ

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新元号「令和」に決まりましたね。
いざ決まってみると、こんなにそわそわするものなのですね。

画面で文字を見た時には一瞬「和を指令する?何か違和感…。」と感じたのですが、出典を読むと、華やかな情景を思い起こさせる、美しくとても良い二文字ですね!自分の貧弱な発想が恥ずかしく思えました。

出典が万葉集の中のある歌集の序文ということで、全て読んでみるとすごく良い!美しい自然の中、気心の知れた仲間とくつろぎ、和歌を詠む。
自然と平和と風雅を愛する心があふれています。
今の人も、奈良時代の人も、さらに古い漢詩の時代の人も、時と文化を超えても心情には相通じるものがあるのだなぁ、と感じ入るものがありました。

特に結びの文は、新しい時代に向けて、自分たちの言葉で強く発信していく気概を持て!と、励まされているようで、気分を明るく前向きにしてくれるメッセージのように思いました。

課題の多い現代の日本ですが、心持ちは明るく前向きに生きたいと思う一日でした。


以下引用させていただきました。

とある歴史好きオヤジさんのブログより

(梅花の歌三十二首并せて序)
天平二年正月十三日、萃于帥老之宅、申宴會也。于時、初春令月、氣淑風和、梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香。加以、曙嶺移雲、松掛羅而傾盖、夕岫結霧、鳥封穀而迷林。庭舞新蝶、空歸故鴈。於是盖天坐地、促膝飛觴。忘言一室之裏、開衿煙霞之外。淡然自放、快然自足。若非翰苑、何以濾情。詩紀落梅之篇。古今夫何異矣。宜賦園梅聊成短詠。

(現代語訳)
天平二年(730年)1月13日に、太宰府長官の大友旅人の家に集まって、宴を開いた。
初春の素晴らしい月夜で、空気は澄み風は和ぎ、梅が美女が鏡の前で白粉で装うように花開き、身を飾った衣に香を薫ませたような匂いを漂わせていた。
又曙に染まる嶺には雲が移り行き、松はその枝に羅を掛けその枝葉を笠のように傾け、夕べの谷あいには霧が立ち込め、鳥は薄霧に遮られて林の中で迷い鳴いていた。
庭には新蝶が舞い、空には故鴈が北に帰ってゆく。
ここに天を立派な覆いとし大地を座敷として、互いの膝を近づけ酒を酌み交わす。
心を通わせ、他人行儀な言葉を部屋の片隅に忘れ、整えた衿を大自然に向かってくつろげて広げる。
淡々と心の趣くままに振る舞い、誰もが快く満ち足りている。
これを書に表すことが出来ないのなら、どのようにこの感情を表すことが出来きよう。
漢詩に落梅の詩篇がある。感情を表すのに漢詩が作られた昔と和歌の今とで何が違うというのか。
よろしく庭の梅を詠み、いささかの大和歌を作ろうではないか。