自分を愛する、とか
今ここ、とか
以前も書いてたこともあったし
何度も気付きが深まって
だいぶ落とし込んでたつもりだったけど。
もう、知ったかぶりな自分が恥ずかしくなるくらい
私が愛してたの、「自分」じゃなかった。
私の「今ここ」、「1日と半径1キロ」くらい、「今」じゃなかった。
(例えとして、ね。笑)
今まで「自分」だと思ってたのが実はボヤけた輪郭で本当の自分はもっと小さいことに気付いたと思ってたら実はそれは影で現実の自分はこっちだと思ってたらなんとそっちは鏡で今度こそ等身大の自分だと思ってたらそれすらも夢で私ははじめからここにいた、みたいな。
もー、どんだけ自己投影劇場を楽しんでるのよ
いやもうこうなったら今感じている私ももはや何だか分かんないんだけど(笑)
ただ、それもこれも「私にしか体験できないこの唯一無二の人生を、私として私らしく楽しみながら生きる」とオーダーしたからこその気付きだと思っている。
そして今の私が感じている「私として生きる」というのは
「私が今どう感じているのかを追求する」ということ。
同じ経験をしたって、感じることはみんな違ってて、そこにデザインが現れてくるし、だから私らしさを発揮できるから。
書き足りないけど今日はここまで。
今多分すごく大事な私的本質に向き合ってるので
読んでくださる優しい方は
私の中のモヤモヤがスッキリ言葉になるまでお付き合いください