あんまり得意ではないので頑張って練習してきた
猫を飼い始めてから二十年ほどになりますが常々感じることは
「怒る」という行為は猫の躾に対してほとんど効果がない、ということ
パブロフの犬のように条件反射で覚えるという点はありますけど
それは「叱った目的(例えば登ってはいけないところに登らないでほしい等)」に反して
「こいつに見られると厄介、見てない時にやろう」という流れになってしまいます。
怒ると一見していたずらがおさまるかのように見えますが、それは飼い主が口うるさい厄介者と認識されているだけです。
このあたりは主従関係や上下関係が本能にある犬とは明確に違うわけです。
「好きか嫌いか、興味がないか」という観点で人や他の動物に対する接し方を変えてくる点には注意が必要で、嫌われたら(信用を失ったら)オシマイです。言うことも聞かなくなってきますし、そこにいるのは飼い主じゃなくて敵も同然だと思われてしまうわけです。むしろ無関心な方がマシな点は人間とは異なります。
怒ったり体罰を与えることは逆効果です。
なぜかという点については母猫を見れば自然とわかります。
母猫は育児放棄や間引き以外で一切子猫に危害を加えません。
やってはいけないこと、行ってはいけない所については根気よく地道に「その場から離す」という行為を続けます。
つまり猫というのは「やってはいけない」と理解するに必要なプロセスは根気よく邪魔をすることなんです。登っちゃいけないところに登りそうに見えたら、その場から引き離すとか、いたずらしそうな場面ではそっと見守り、いざ事を成そうとする前に止めるといったことが重要になってきます。
痛みや恐れを伴って理解するのはじゃれ合いの手加減具合いだけですね。
怖がらせる、痛がらせるといったプロセスを経ると飼い主に対して「これは害がある、関わらない近寄らない」と学習し危険物として取り扱われるわけです。
例えば一部の例外を除き殆どの猫は掃除機の事を「けたたましくウルサイ嫌なやつ」だと思ってます。掃除機が動き出すと嫌がって移動したりすれば、必ずそう思ってるわけです。
よく怒鳴りつけてくる飼い主がすっと立ち上がったとき猫が逃げ腰でイカ耳になっていたら、それは飼い主が掃除機と同程度の存在だということです。
縮こまる様子は畏怖心の現れではなく「うわっすげーヤな奴が動きだした(マジムリ」という態度の現れです。
人間の感性や思考は他の動物には当てはまりませんので、恐怖や暴力での統治も始めたところで最初から破綻しており一切の無意味、信頼関係や互助関係を破壊するだけでメリットが皆無です。人間はそういうことでも隷属化し従順になることもありますが猫はムリです、単に嫌な奴だと嫌われるだけです。
ちなみに力こそが正義、暴力こそが法律なのはライオンのような群れで暮らす猫科の大人の雄だけです。イエネコには当てはまりません「嫌い」になるだけです。
どうしても強く制止しなければならないときは母猫や動物病院がやるように首(後頭部の下)の余った皮をつまむと良いです。胸部に手を添えながら軽くつまむだけでOKです。力はほとんど要りません(持ち上げたりしてはいけません頚椎損傷の恐れがあります)。
そのときできるだけ平常時の穏やかなトーンで「だめ」等のシンプルでわかりやすい言葉を添えると猫が覚えやすいです。飼い猫は発声でコミュニケーションを取ることを飼い主との関係のなかで自然に学びますので効果的です。ちなみに大きな声をだすとイカ耳になって聞いてくれません。
余談ですが「神経が通ってない、痛みを感じてない」と言われる首の余った皮ですが、痒くなることはありますし毛づくろいがうまくできてないので毛がたまります。ときどき掻いてあげると気持ちよさそうにします。
「怒る」という行為は猫の躾に対してほとんど効果がない、ということ
パブロフの犬のように条件反射で覚えるという点はありますけど
それは「叱った目的(例えば登ってはいけないところに登らないでほしい等)」に反して
「こいつに見られると厄介、見てない時にやろう」という流れになってしまいます。
怒ると一見していたずらがおさまるかのように見えますが、それは飼い主が口うるさい厄介者と認識されているだけです。
このあたりは主従関係や上下関係が本能にある犬とは明確に違うわけです。
「好きか嫌いか、興味がないか」という観点で人や他の動物に対する接し方を変えてくる点には注意が必要で、嫌われたら(信用を失ったら)オシマイです。言うことも聞かなくなってきますし、そこにいるのは飼い主じゃなくて敵も同然だと思われてしまうわけです。むしろ無関心な方がマシな点は人間とは異なります。
怒ったり体罰を与えることは逆効果です。
なぜかという点については母猫を見れば自然とわかります。
母猫は育児放棄や間引き以外で一切子猫に危害を加えません。
やってはいけないこと、行ってはいけない所については根気よく地道に「その場から離す」という行為を続けます。
つまり猫というのは「やってはいけない」と理解するに必要なプロセスは根気よく邪魔をすることなんです。登っちゃいけないところに登りそうに見えたら、その場から引き離すとか、いたずらしそうな場面ではそっと見守り、いざ事を成そうとする前に止めるといったことが重要になってきます。
痛みや恐れを伴って理解するのはじゃれ合いの手加減具合いだけですね。
怖がらせる、痛がらせるといったプロセスを経ると飼い主に対して「これは害がある、関わらない近寄らない」と学習し危険物として取り扱われるわけです。
例えば一部の例外を除き殆どの猫は掃除機の事を「けたたましくウルサイ嫌なやつ」だと思ってます。掃除機が動き出すと嫌がって移動したりすれば、必ずそう思ってるわけです。
よく怒鳴りつけてくる飼い主がすっと立ち上がったとき猫が逃げ腰でイカ耳になっていたら、それは飼い主が掃除機と同程度の存在だということです。
縮こまる様子は畏怖心の現れではなく「うわっすげーヤな奴が動きだした(マジムリ」という態度の現れです。
人間の感性や思考は他の動物には当てはまりませんので、恐怖や暴力での統治も始めたところで最初から破綻しており一切の無意味、信頼関係や互助関係を破壊するだけでメリットが皆無です。人間はそういうことでも隷属化し従順になることもありますが猫はムリです、単に嫌な奴だと嫌われるだけです。
ちなみに力こそが正義、暴力こそが法律なのはライオンのような群れで暮らす猫科の大人の雄だけです。イエネコには当てはまりません「嫌い」になるだけです。
どうしても強く制止しなければならないときは母猫や動物病院がやるように首(後頭部の下)の余った皮をつまむと良いです。胸部に手を添えながら軽くつまむだけでOKです。力はほとんど要りません(持ち上げたりしてはいけません頚椎損傷の恐れがあります)。
そのときできるだけ平常時の穏やかなトーンで「だめ」等のシンプルでわかりやすい言葉を添えると猫が覚えやすいです。飼い猫は発声でコミュニケーションを取ることを飼い主との関係のなかで自然に学びますので効果的です。ちなみに大きな声をだすとイカ耳になって聞いてくれません。
余談ですが「神経が通ってない、痛みを感じてない」と言われる首の余った皮ですが、痒くなることはありますし毛づくろいがうまくできてないので毛がたまります。ときどき掻いてあげると気持ちよさそうにします。