In the name of love. -11ページ目

In the name of love.

趣味を持って人生を広く渡り歩きましょう。22歳の時から統合失調症のわたしの過去から現在の近況をお話しいたしましょう。続けたいのでがんばります!

 今ここにいる方。

地獄をどんなところと思いますか?

地獄なんてないとか。輪廻転生して生まれ変わるとか思ってませんか?

日本は仏教の国かもしれないし、神道の国かもしれない。

だからキリスト教を拒みますか?

人は必ず死が訪れます。

生前巨万の富があり、もし唯一なる神を信じずに死が訪れたのならば、その時が来た時にどれだけお金を渡そうとしても神には無効。裁きの時が来ます。この世でも犯罪を犯した者は刑罰を受けるでしょう。それは神の前に立たされる前の予行練習。

神の前に正しいとされることを義と呼びます。仕事の事で頭いっぱい。職を失ったら生活出来ない。それが一般的です。

僕はとある方の神へののべ伝えを聞いて今ここに書いている次第です。

普通に暮らしている分にはお金もあって奥さんがいて子供もいて何不自由のない生活。

しかし神を信じていなければ人生終わりを告げたのなら、いっかんのおしまい。

十字架の意味がわからない方は多いでしょう。

 イエスは人々が地獄に行ってほしくないから神の子の死をもって示された。人々は神を殺すほど犯罪をしているのではないだろうか。永遠の地獄と言う永遠の苦しみ汚いところと、永遠の楽園なんの苦しみもない悲しみも何もかも汚れのない天国。どちらにいきたいかは悪人も天国と答えるだろう。地獄にいきたいと言う、まるで死刑になりたいから人を殺した。と同じ尋常ではないのは例外として。

 今は亡きお母さんはみんなの幸せを願って勤行をしていました。煌めいているあのお母さんはもし神の前に立たされた時にどんな態度で立たされただろうか。きっとお母さんは素直にイエス・キリストを信じて整然と天国に昇って行ったと信じています。

  世の中は色んな思想に溢れています。人は何かしらにすがって生きています。無神論と平然と答える者も知り合いにいますが、本当の無神論は犯罪者。牢獄で救いをすがる受刑者もいるそうです。僕は今ここにいる方が永遠の苦しみに行ってほしくない。

イエス・キリストを信じると言う課題は僕も悩まされました。イエス・キリストを信じるとはどういう考えなのだろうかと。簡単なようで難しい。だって、信じるだけで天国に行けるのだから。聞くところによれば闇を愛する者は刑を受けるらしい。

 神を信じると言う事は神に選ばれていると言う牧師がいます。もし神の前に義とされるのならこれからもそうでありたい!そう心に刻みまたの機会に語らせてください。


      アーメン