最古の記憶、それは1964年。
東京オリンピックの聖火ランナーを見に、
家から3㎞ほど離れた国道に連れられて行った。
連れて行ってくれたのは、祖母だったと思うが、
はっきりはしないので、叔父さんだったかもしれない。
僕は手を引かれて、人混みの後ろで、
人の背中やら尻ばかり見ていた。
聖火ランナーを見たという記憶なんかない。
とにかく、人混みの中にいて、
人にもみくちゃにされて辟易していた記憶だけが、
僕の脳の古い格納庫に残っているだけだ。
祖母だったのかもしれない。
ばあちゃん子だった僕はいつも、
祖母に連れられていろんなところへ行った。
祖母にしてみれば僕は初孫で、
しかも父なし子として生まれた僕を、
それはそれは可愛がってくれた。
僕はいつもいつも、祖母に甘えていた。
祖母は、4年前に、百歳で亡くなった。
祖母が亡くなる直前に、
入院している病院に行って会ったのだが、
床ずれを痛がって苦しんでいる姿を、
ただオロオロして見ているだけだった。
しかし、会いに行けたのは、
いくつもの条件が重なってたまたま会えたので、
それは、本当によかった。
祖母の手を握りながら僕は、
感謝の気持ちを伝えた。
祖母の病室の窓から見た空の青さが、
最古の記憶と重なった。
人混みの中で天を仰いで見た夏の空、
あの日の雲が、
そこには、浮かんでいたのだ。
ありがとう、ばあちゃん。
ありがとう、大好きな、ばあちゃん。
(Facebookページ「目高の滝登り」より)