〜日に新たにしてまた日に新たなりで、
創造の源泉は滾滾として
昼夜を舎てずに溢れて出るのです。〜
鈴木大拙「仏教の大意」より
霊性の世界には、自由があり、創造があり、
それ故、何かが生まれて来る。
知性の世界には、いつも対象的なものがあるので、
自由がきかない。
知性から歩みを進めて霊性へ
這入り込むというわけにはいかない。
両者の隔たりは非連続であるから。
原子爆弾はできても
釈迦やキリストは製造できぬ。
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スタバで、隣のテーブルで
若者ふたりが、インチキ臭い投資話を
かれこれ、一時間も熱心に聞いている。
複利はわかるか、なぜ投資という概念が
生まれたか、など、トークトークに、図を交え、
なぜ、日本人は働き続けなくてはいけないか、
延々と説かれている。
古典的なネズミ講のようで、
ビットコインのような口座の開設を
勧められているようで。
お金と、数字と、コミュニケーションと、
デジタルの世界では
ますます、その境界が、わからなくなりつつあり。
決済手段と、コミュニケーションツールが
融合すると、確かに全てを
数値化して、やりとりするのが、
まどろっこしなくて、いい気はする。
なにしろ、スピードは早いし、
誤解も少なくなる。
解釈が、わかれにくいから。
なんでも、マネービジネスになりうるし、
なんでも、コミュニケーションビジネスになりうる。
良くも悪くも、
クリエイティヴなセンスの競争だ。
日本語も、日本語による思考も、
非効率ではある。
競争力を、考えたら、英語だし。
ただ、
オリジナルな考えは、
母国語の独特な考え回し、から
でると思われる。
その脈絡は、
その国民の、歴史という地層から
生まれ、
直線的ではない、
それぞれの、諸国民の、考え方のクセこそが、
オリジナリティの源泉ではあろう。
日本人には、日本人の、霊性が、
英国人には、英国人の、霊性が、あろう。
クリエイティヴに生きるには、
自らから、湧き出てくるものに、
素直に従える心もちが、大切であろう。
イノベーションとか、
ベンチャーとか、
ホントに、そんな大切か、と
立ち止まって考える。
イノベーションのための、
イノベーション、
ベンチャーのための、
ベンチャー、とか。
新規ビジネスのための、
新規ビジネスとか。
投資のための、
投資とか。
誰かのため、とか、
社会のため、とか、が
欠落したアイデア競争に、
さして、意味はなかろう。
ふと、
ためになりそうなアイデアが
生まれる瞬間。
おそらく、知性とは異なるものが、
そのひとには、降りてきている。
日常の
1%を、
知性とは異なるものに
捧げてみる習慣を
身につける。
それが、
あるいは、
これからの、クリエイティヴな世界への扉
なのかもしれない。
霊性と創造をコネクトする。
考えるヒントは、誰かのため。