その日も、つるるんとんに
いつもの常連さんのお坊さんが来られていました。
「今日は、
お顔剃りと、毛穴洗浄、
それから、極みヘッドスパをお願いします。」
近くのお寺のお坊さんで、
落ち着いた声と、やさしい眼差しを持った方でした。
るんちゃんが、
静かにうなずき、
お坊さんと少し話ながら
いつものやさしい手つきで準備を始めます。
つる君もお坊さんと世間話をしています。
お顔剃りが始まると、
店内の空気が、すっと静まります。
刃が肌をなぞり、
泡がゆっくり流れるたび、
お坊さんの表情も、次第に緩んでいきました。
毛穴洗浄のあいだ、
お坊さんは、ぽつりと話し始めました。
「人の頭の中は、
いつも忙しいものですね。」
るんちゃんは、
ただ相槌を打ち、
手を止めることはありません。
その声は、
施術のリズムを乱さない、
ちょうどよい間でした。
けれど今日は――
その“ちょうどよさ”の中に、
ふっと、あたたかい遊び心が混ざっていました。
お坊さんは、まるで小噺を語るように、
くすりと笑いながら言います。
「私もね、昔は忙しすぎて…
“心の中で説法して、口からは愚痴が出る”
そんな時期がありましてねぇ。」
るんちゃんの口元が、少しゆるみました。
つる君も思わず、
「それ、ぼくも…」と、
声にならないうなずきをしてしまいます。
お坊さんは続けます。
「気づいたら、
自分の中で“怒る理由探し”ばかり上手くなっていて。」
「それで、ある日ね。イライラしながら歩いてたからなんだろうね、
石につまずいて転んだんだが、つまずいた拍子にオナラが出ちゃってね。」
「倒れた拍子に、もう一発。」
「痛いなぁと思って顔を上げたら、
そこに“タンポポ”が咲いていて…」
「私はそのタンポポに向かって、
なぜか謝ったんです。「臭かった?ごめんね・・・。」って、わはは。」
「それでふと、
なんだか騒がしいなと思ったら、少し離れたところで、どこぞのおじさんが草刈りをしておってな」
「ワシのオナラがよほど臭かった【草刈った】のかなぁ?なんてね・・・。わはは。」
その瞬間――
るんちゃんの肩が、くすっと揺れました。
「わはは、わはは」
気づけば、つる君まで大笑いしていました。
店内に、ふわっと笑い声が広がります。
その声は、
騒がしくなく、乱暴でもなく、
ただ、冬の湯気みたいにあたたかい。
お坊さんは、
二人の笑い顔を見て、
さらに嬉しそうに目を細めました。
「そうそう。
そうやって、いつも笑ってなさい。」
「笑って過ごすのが一番です。」
るんちゃんの指先は、
変わらずやさしく、
でもどこか――
いつもより柔らかく、ほどけていくように動きます。
極みヘッドスパに移る頃、
お坊さんは、目を閉じたまま続けます。
〈中編につづく〉