施術がすべて終わり、

るんちゃんが、お坊さんの座っている椅子をクルリと回しました。


「いやーそれにしても、いつも思うが、るんちゃんの極みヘッドスパは最高じゃ。極楽浄土におるようじゃよ。」


肌も整い、

表情は、どこか晴れています。


立ち上がる前に、

お坊さんは静かに言いました。



「楽しい時だけでなく、

 何でもない日に、

 笑顔をつくること。」


「昔から、

 笑顔のあるところには

 七福神が集まり、笑顔のあるものを守ってくれると

 言われてるんじゃよ。」


お坊さんは、深く一礼し、

「ありがたや、ありがたや、気持ちよかった。また来ますね」



と、ニコッと笑顔で店をあとにしました。

扉が閉まったあと、

つる君は、しばらくその場に立ち尽くしました。


不安は、消えていませんが、


でも、不安や迷いは誰にでもある。


何を言葉にし、

何を行動にするかは、

自分で選べる。


そして――

笑うことも、

自分で選べるのかもしれない。


その日の帰り道、

つる君は、ほんの少しだけ

笑顔をつくりました。



「あ、ほんとだ。なんか七福神が見守ってくれているような気がするよ。」



つる君はそっと、つぶやいた。

心の中で、静かに、確かなものが

ほどけていくのを感じながら。


〈おわり〉



「頭の中にある

 脳みそには、

 出力と入力があると

 私は考えています。」


つる君は、ハッとして興味深く耳を澄ませました。


「出力は、

 頭の中で考えること、

 空想や想像。」


「入力は、

 言葉にすること、

 行動にすること。」


「人生を形にするのは、

 実は、入力のほうです。」



そして、少しだけ間を置き――

お坊さんは、笑い混じりにこう言いました。


「人と競っても、

 いがみ合っても、つまらんのです。」


「人を下げたとて、

 自分が上がる事はないからのぉ。」


つる君の胸に、

その言葉がすっと入ってきました。


どこかでいつも、

“比べること”に疲れていたから。


「人生はね、

 笑う事に知恵を使うのじゃよ。」



るんちゃんは、

笑いながら小さくうなずきました。


つる君も、

“笑う事に知恵を使う”…

その言葉を心の中で繰り返しました。


願いごとの話になった時、

お坊さんは、少しだけ笑いました。


「『こうなりますように』と

 願うよりも…」


「『私はこうなります。

 どうか、お力をお貸しください』」


「そう言える人のほうが、

 全ては叶わずとも叶うように、動くのじゃよ。」


〈後編に続く〉



その日も、つるるんとんに

いつもの常連さんのお坊さんが来られていました。


「今日は、

 お顔剃りと、毛穴洗浄、

 それから、極みヘッドスパをお願いします。」



近くのお寺のお坊さんで、

落ち着いた声と、やさしい眼差しを持った方でした。


るんちゃんが、

静かにうなずき、

お坊さんと少し話ながら

いつものやさしい手つきで準備を始めます。


つる君もお坊さんと世間話をしています。




お顔剃りが始まると、

店内の空気が、すっと静まります。



刃が肌をなぞり、

泡がゆっくり流れるたび、

お坊さんの表情も、次第に緩んでいきました。


毛穴洗浄のあいだ、

お坊さんは、ぽつりと話し始めました。


「人の頭の中は、

 いつも忙しいものですね。」


るんちゃんは、

ただ相槌を打ち、

手を止めることはありません。


その声は、

施術のリズムを乱さない、

ちょうどよい間でした。


けれど今日は――

その“ちょうどよさ”の中に、

ふっと、あたたかい遊び心が混ざっていました。


お坊さんは、まるで小噺を語るように、

くすりと笑いながら言います。


「私もね、昔は忙しすぎて…

 “心の中で説法して、口からは愚痴が出る”

 そんな時期がありましてねぇ。」


るんちゃんの口元が、少しゆるみました。


つる君も思わず、

「それ、ぼくも…」と、

声にならないうなずきをしてしまいます。


お坊さんは続けます。


「気づいたら、

 自分の中で“怒る理由探し”ばかり上手くなっていて。」


「それで、ある日ね。イライラしながら歩いてたからなんだろうね、


 石につまずいて転んだんだが、つまずいた拍子にオナラが出ちゃってね。」



「倒れた拍子に、もう一発。」


「痛いなぁと思って顔を上げたら、

 そこに“タンポポ”が咲いていて…」



「私はそのタンポポに向かって、

 なぜか謝ったんです。「臭かった?ごめんね・・・。」って、わはは。」


「それでふと、

なんだか騒がしいなと思ったら、少し離れたところで、どこぞのおじさんが草刈りをしておってな」


「ワシのオナラがよほど臭かった【草刈った】のかなぁ?なんてね・・・。わはは。」



その瞬間――

るんちゃんの肩が、くすっと揺れました。


「わはは、わはは」

気づけば、つる君まで大笑いしていました。



店内に、ふわっと笑い声が広がります。


その声は、

騒がしくなく、乱暴でもなく、

ただ、冬の湯気みたいにあたたかい。


お坊さんは、

二人の笑い顔を見て、

さらに嬉しそうに目を細めました。


「そうそう。

 そうやって、いつも笑ってなさい。」


「笑って過ごすのが一番です。」


るんちゃんの指先は、

変わらずやさしく、

でもどこか――

いつもより柔らかく、ほどけていくように動きます。


極みヘッドスパに移る頃、

お坊さんは、目を閉じたまま続けます。



〈中編につづく〉