「異変」
「霊夢、今帰ったぞ」
すっかり暗くなった神社の境内に赤ら顔の孫市が帰ってきた。片手には化け瓢を反対には幟を持っている。
すると、青いケツがゆっくりと近づいてきた。
孫市は青いケツの頭を撫でた。
「留守番ご苦労。家主は寝てしまったかね」
孫市の問いに答えるかのように、青いケツは裏庭に向かって歩いていった。孫市もその後に続いた。
いた。
霊夢は縁側で酔いつぶれて眠っていた。
周りには霊夢の飲んだと思われる一升瓶があちこちに転がっていた。
孫市が楽しい酒を飲んでいた時に、霊夢はやけ酒を飲んでいたらしい。
パトロールはやはり、徒労に終わったらしい。
だらしない格好で寝ている霊夢の上に、掛け物が一枚かかっていた。孫市はちらりと横を見た。
「まさか、お前が掛けたのか」
青いケツは自慢気に頷くように見えた。
どうやら本当らしい。随分と甲斐甲斐しい馬である。
どれどれと青いケツが掛け物を持ってきた霊夢の部屋を見て、孫市は苦笑した。
「・・・これは、お前。掛け物一枚の恩を仇で返されるぞ」
霊夢の部屋は所狭しに馬の蹄跡が残っている。
さらに、押入れや箪笥はひっくり返されて服やら何やらが部屋中に散らばっていた。
どこをどう見ても泥棒か何かが来た跡である。
孫市は額を掻きながら、暫く考えて青いケツの方を振り向いた。
「掃除はわしがやらねばいかんか」
青いケツは孫市を不思議そうに見ていた。
何がいけなかったのか未だに分からないらしい。
妖怪といえど所詮は馬か。
「・・・餓鬼の尻拭いは親の勤めかね」
大きく溜息をついて、孫市は霊夢の部屋の掃除を静かに始めた。
翌朝の霊夢の部屋である。
博麗神社の家主は床に伏せていた。
枕元には居候が座っており、濡らした布巾を縛っている。霊夢と孫市である。
霊夢は昨日のやけ酒が祟り、二日酔いに苦しんでいたのだった。
霊夢より何十倍も飲んだ孫市が看病しているのは何ともおかしい話である。
「あー・・・頭が痛い。さすがに昨日は飲みすぎたわ」
霊夢が頭を抑えて起き、目を擦る。
「やれやれ、やっと起きたか」
孫市は慣れた手つきで、きつく絞った布巾を霊夢の額に乗せてやった。霊夢は一瞬目を疑った。
「って、鈴木さん!?何やってるの!!」
「見れば分かるだろう。お前を介抱してるんだよ」
さらりと孫市は答えた。霊夢にとっては意外であった。
自由人と思っていたこの男がこんなことをするとは思っても見なかったからである。
「どうして?」
理解できないと言う顔で聞く霊夢に孫市は悪戯っぽく笑った。
「そりゃあ霊夢。お前の寝相があまりにも酷かったからだよ」
その場で孫市は昨日の霊夢の寝相を真似をしてみた。あまりの酷い格好に霊夢は赤面した。
「お前も年頃の娘なら、もう少し恥じらいを知るべきだな」
孫市は霊夢の寝相から跳ね起き、茶の用意を始めた。
霊夢は孫市に何も言い返せずに、口をモゴモゴしながら自分の部屋を見渡した。
家具の配置が変わっているではないか。
「・・・?」
辺りをキョロキョロ見る霊夢に孫市は茶を点てながら謝った。
「ああ、お前が寝た後いろいろあってな。わしが掃除したんだよ」
孫市は嘘を言わなかった。相手は自分と同じ様な人物だ。嘘を通せるとは思わなかったし、青いケツのせいだとも言えなかった。
霊夢は鋭い眼で孫市を睨んでいた。
対して、孫市は相も変わらずにゆったりと茶を点てている。
「鈴木さん、一応聞いておきますけど・・・」
「うん?」
「私の下着とか見ませんでしたよね!?」
「・・・・別に汚れとかはついていなかったぞ?替えの物も皆綺麗な純白だったが」
年頃の娘に何の遠慮もなく孫市はそう言う。
そう言った所で、霊夢の顔が激変しているのに孫市はようやく気づいた。
少女の顔の面影は無く、鬼の顔になっている。
世に言う鬼巫女モードである。
だが、孫市は暢気そのものだった。
「わしがお前の下着を見るのがそんなにいけないことなのかね」
くすりと笑いながら孫市は言った。
「・・・」
返事をしない霊夢を頷いたと見なして、孫市は茶を霊夢の枕元に置いた。
「わしの子と大して歳の変わらんお前の下着を見て喜ぶかよ。わしにはそんな変わった趣味は無いよ」
「・・・・子?」
霊夢は鬼の顔を解いてぽかんとした顔になった。孫市は見た目は若者である。子供がいること自体驚きであった。
「わしの息子がお前くらいでな。よくわしの飲んでいた酒をこっそり盗み飲みしてぶっ倒れてなあ。こうして介抱したものだよ」
茶を飲みながらしみじみと言った。
霊夢は、眼を見開きながら思い切って聞いてみた。
「え・・・鈴木さんって何歳なの?」
霊夢の問いに孫市はうーんと唸って、宙を見ながら計算をし、答えを言った。
「今年で大体、五十ぐらいだったかなあ・・・歳など数えても良いことなど無いからな」
孫市にとって歳など関係ない、歳で身体が錆び付くなど彼には無く、歳をとったからといって女遊びを辞めなかった。
「え!?鈴木さんって妖怪だったの!?」
霊夢が怪訝な顔で見た。
五十歳でこの若さならば、妖怪以外考えられない。生粋の人間がこんなに若さを保てるであろうか。
「まだ人間だとは思うんだが・・・。なぜ若いかはわしも分からないんだよ。此処に目覚めた時からこうなっててなあ」
自分の見た目が若いことは直ぐに気づいたが別段、驚く必要もないだろうと思ったのだ。
「・・・・子供は何人いたんですか?」
「息子が一人だけだが、一族の者の子の面倒も見ていたなあ」
孫市は霊夢が何を言いたいか分かっていた。
だから聞かれる前に答えた。
「子供がいるのになぜ帰らないのか、それが聞きたいんだろう」
霊夢は額の布巾を置いて、静かに頷いた。
孫市は暫く黙り込んでから、横を向き、裏庭を見ながら語り始めた。
「わしはな。父親にはなれない男なんだよ。良き父親なら自分を称えてくれる家族のために私欲を殺すことも厭わないだろう。わしはあやつを雑賀孫市として育てようとした。だが、わしは息子のことを放っておいて国を回って、女遊びや喧嘩を止めなかったんだ。父親から酷く怒られてな、古い仕来たりや、浄土真宗に染まった一族がほとほと嫌になり、家族を捨てて国を出て行くつもりだった」
霊夢は孫市の横顔を見た。
どこか遠くを見ている眼にいつもの太陽のような明るさは無かった。
「息子と嫁を託すあてはあるんだ。嫁の父親は話の分かる男でな。息子をしっかりと育ててくれるだろ」
孫市は目を閉じた。
此処に目覚める前まで一緒に暮らしていた息子の顔を思い浮かべた。
(会いたい)
正直に言うとそうだった。
だが、会っても何の解決にもならない。
息子は確かに好きだが、あの陰気な空の下には帰りたくはなかった。
「・・・・ごめんなさい」
霊夢は聞いたことに心底後悔した。
自分にも聞かれたくは無いことが沢山ある。
そんな傷を触ってしまったことが自分らしくもなく許せなかったのだ。
「気にするな。わしは平気だ」
振り返って孫市は微笑んだ。そこにはさっきの暗さは無い。
息子はこの父親の元に生まれ心底幸せだったのだろうと霊夢は肌で感じた。
と表でまた霊夢を呼ぶ声が聞こえてきた。立とうとする霊夢を孫市が制した。
「もう少し休んどれ。わしが代わりに相手をしてくるよ」
霊夢は何かを言いかけたが、孫市は気にも留めずにさっさと行ってしまった。
くすぐったい空気から早く逃れたかったからなのかもしれない。
霊夢は素っ気無いのに人気者である。
特にヘンテコな奴に好かれていると孫市は思っている。今回の来訪者もそんなヘンテコな奴の一人だった。
孫市が神社の表に来ると黒い三角帽子を被った風変わりな少女がいた。
片手には箒を持っている。
普通の魔法使い「霧雨魔理沙」である。
孫市は何度か声は聞いたことがある少女だ。
霊夢の世間話でも度々登場したが、会うのは今回が初めてであった。
神社からぬうっと現れた孫市に魔理沙は一瞬身構えた。
神社に外来人がいると霊夢に聞かされてなかったからだ。
「うわ、ビックリした・・・鬼かと思ったぜ」
と魔理沙が孫市の顔を見た。
「驚かせてすまんな。わしは残念だが鬼じゃない、外来人だ。名前はあー・・・鈴木重秀、またの名を雑賀孫市と言う」
孫市はどちらの名前を言おうか此処に来てから度々迷うが結局は両方を名乗り、呼び方は本人に任せていた。
孫市に生えているのが髷だけだと分かり、安心したようで魔理沙も帽子のつばに手をやりながら気取って自己紹介した。
「私は霧雨魔理沙。普通の魔法使いだ。霊夢はまだ寝ているのか?」
「あいつは二日酔いでくたばっているよ。わしで良ければ話は聞くんだが」
神社の方を指差しながら孫市は言う。
それを聞いて、魔理沙はにっこりと笑う、何か含みがあるような笑顔であった。
「ああ、なら良いんだ。霊夢に新しい異変が起きたけど、今回は私が解決すると伝えるだけで結構だぜ」
「わかった。じゃあ、そう伝えて」
孫市が言葉を結んでいこうとすると、神社の方から怒号に近い声が聞こえた。
「新しい異変ですって!!」
すると赤い影が二人の間に躍り出た。
博麗霊夢である。手にはお払い棒と護符を握り締めていた。驚くべき早業である。
「・・・魔理沙。異変解決を抜け駆けしようとは感心しないわね」
霊夢が魔理沙相手に喚く。
「え、だって二日酔いでくたばっているって・・・」
「私の一番の酔い覚ましは異変解決よ!さあ、今回はどんな異変か聞かせてもらおうかしら」
「さすが霊夢だ。そう来なくちゃ張り合いが無いぜ」
魔理沙が指をぴんっと弾き微笑んだ。
(ほう、こいつらもある種のいくさ人か)
二人の顔を見て、孫市もわくわくしてきた。
面倒事は孫市も大好物である。
「で、今回は?また、外から来た異変?」
「まあ、似たような物だな。新種の妖怪らしいぜ?」
魔理沙が懐から見せたのは、新聞であった。
ちり紙代わりに使おうとしたら記事に目が留まり、こうして持ってきたしい。
記事の内容はこうだった。
「賀茂建角身命の化身 鬼疑惑!?」
ー地下から出てくる姿を撮影に成功ー
最近、妖怪内で話題になっている新種の妖怪「賀茂建角身命の化身」が地下の入り口から出てくる所を当新聞は昨日深夜に撮影に成功した。
今回の写真は、記者が偶然現場近くを通りかかり撮影をしたものである。
前回の襲撃事件の証言通り、背中に八咫烏の刺繍も確認できる。
生憎、顔は写真では確認出来なかったが記者が見た賀茂建角身命の化身は二足歩行をしていたため、憶測だが、馬形態に変身できる能力を持っているようである。
手には襲撃事件のような槍は無かったが、凶器になりうる巨体な瓢箪をぶら下げ、「八萬地獄」と書かれた幟を身に着けていた。
地獄の幟から見て、彼は鬼となんらかの関係を持っているようだ。
今後も当新聞では危険を覚悟で彼の姿を追っていくので続報を待って欲しい。
射命丸 文
「どうだ。面白そうだろって、あれ?霊夢は?」
新聞をまじまじと見るのは孫市だけであった。霊夢は題名を見るや直ぐに神社に引っ込んだ。
「・・・ああ、霊夢なら途中でやっぱりやめると言って部屋に戻ったぞ」
孫市は腹を抑えながら、苦しそうに答えた。
笑いすぎたようで涙を浮かべていた。魔理沙はきょとんとしている。事態をまだ飲み込めていないらしい。
「あいつなら絶対食いつくと思ったのに、ありえないんだぜ・・・」
新聞を畳み、懐にしまいながら神社の方を見る魔理沙だった。孫市は笑いを堪えている。
「それには訳があるんだよ。ちょっと待っておれ」
孫市はそう言うと裏に引っ込んでいった。
一人残された魔理沙が立ち尽くしていると、後ろから地響きが聞こえてきた。
巨体は魔理沙には目もくれず、悠然と歩いていった。
「え・・・今の馬は何なのだぜ・・・」
すると裏庭から一際大きな声が聞こえてきた。
「その馬を誰の馬かと聞かれたら!」
声は節をつけるように歌いながら近づいてきた。
それと一緒に地響きも近づいてくる。
「此の鹿毛(かげ)と申すは、赤い羽織に八咫鳥、喧嘩煙管に化け瓢、高いちょんまげ旗幟」
裏から現れた声の持ち主。その馬は足で節をとりながら魔理沙に近づいた。
「賀茂建角身命の化身が馬にて候!!」
魔理沙の目の前に現れたのは新聞の写真と全く同じ格好をした大男であった。