中世のアウトサイダー(白水社):フランツ・イルジーグラー、アルノルト・ラゾッタ | 夜の旅と朝の夢

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中世のアウトサイダー/白水社

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最近、文学作品ばかりを取り上げていましたので、トロイ関係は一旦脇に置いといて、今回は趣向の異なる本を紹介しましょう。『中世のアウトサイダー』という社会史の本です。2012年に「書物復権」という企画で復刊された本で、今でも新刊で手に入ると思います。ちなみに「書物復権」は、読者のリクエストに応じて絶版本を復刊させるという企画で、複数の出版社が共同で毎年行っているようです。様々なジャンルの本を復刊していますので、興味のある方はリクエストしてみるのもいいかもしれません。

さて本書は、タイトルから予想されるように、中世ヨーロッパにおけるアウトサイダーについて論じたもの。

中世、特に都市部においては、「名誉ある」という枕詞と共に語られる市民となるためには、正規の同業者組合に加入していることなど特定の条件を満たす必要がありました。これは、裏を返せば、条件を満たすことのできない「名誉のない人々」がいたことを意味します。このような人々を本書ではアウトサイダー(部外者)と呼んでいますが、端的に言えば被差別民です。

一口にアウトサイダーといっても、風呂屋や医者のような比較的権利が認められていた者から、ジプシー、ハンセン病患者、娼婦、刑吏などのように多くの人々から忌み嫌われている者まで多岐にわたります。

本書では、そんなアウトサイダーたちの生活や彼らを取り巻く環境、「名誉ある市民」による差別などを、古文書などの資料に基づいて描いています。実例や図版を多く収録しているため、単純に読み物としても面白いものになっていると思います。

もちろん面白いというだけでなく、現代でも非常に重要な問題である差別を扱っていますので、その観点からも興味深い本でしょう。例えば、働けるのに働かずに物乞いをして回る乞食に対する人々の嫌悪感などは、昨今の生活保護者へのいわれもない批判など合わせて考えてみることも価値があると思います。

ただここでは、風呂屋について少し触れたい。日本人は風呂好きということになっているようですが、別に風呂に入るのは日本人に限った話ではありません。現在でも、例えば、ハンガリーではスパは非常に人気がありますし(ちなみに、私はハンガリーの男女混浴水着着用のスパで入浴中に停電になってビックリした思い出がある)、古代ローマの公衆浴場の話も有名です。

その一方で中世ヨーロッパの公衆浴場は、あまり知られてはいない気がします。しかし、キリスト教的道徳観が少し弱まってから梅毒の猛威が襲うまでの短い期間、ヨーロッパでも公衆浴場が流行っていたこともあったのです。そんな公衆浴場を仕切る風呂屋もまたアウトサイダーでした。

本書には、そんな公衆浴場の実情を示すために、公衆浴場に入った外国人の手記が6頁にも渡って掲載されていて、それを読む限り、公衆浴場では、性的にかなり放埓だったことがうかがえます。その描写自体もエロティックで凄くいいのですが、それ以上に当時の人々のユーモアや生活感、そして願望などを、知識を超えた感触として掴むことができたのが良かったです。

少し値段が高すぎる(4800円+税)気もしますが、旧版でしたら古書で比較的安価に手に入るようですので、興味のある方は読んでみてください。特に阿部謹也の著書などが好きな方におすすめです。

旧版
中世のアウトサイダー/白水社

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