第38回:『ドクトル・ジバゴ』
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今回は、パステルナーク(1890-1960)の長編小説『ドクトル・ジバゴ』を紹介します。僕の読んだ本は、上に挙げた時事通信社版で、新潮文庫版と基本的に同じものですが、現在は絶版。ただし、今年になって未知谷から新訳が出版されましたので、新刊でも手に入れることは可能です。
さて、作者のパステルナークは、詩人として文学活動を始め、比較的早い段階から高い評価を受けていたようです。しかし、ロシア革命後しばらくすると、政治的な非難を受け、発表の場を失っていきます。それでも海外での人気は高く、1958年にはノーベル賞の授賞者として名前が挙げられますが、ソビエト連邦からの圧力により辞退させられてしまいます。
本書『ドクトル・ジバゴ』は、パステルナークが1957年に書き上げたものですが、これもロシアでは発禁。しかし、海外に原稿が流れ、各国の言葉に翻訳され注目を集めます。僕は観ていませんが、映画化もされていて出来もいいようですよ。
本書は、主人公ユーリイ・アンドレーヴィチ・ジバゴの母親の葬式の場面から始まります。1900年代初頭、ジバゴが10歳程度のときです。
1900年代の前半はロシアにとって(まあ、世界中そうでしたが)激動の時代です。日露戦争や第1次世界大戦、そして1918年のロシア革命とその後の混乱など、社会は目まぐるしく変わっていきました。そんな激動の時代に両親を失ったジバゴはどのように生きたのか? と簡単に言えばそんな物語です。
ジバゴは先ず伯父に引き取られ、その後、親戚に当たる裕福なグロメコ家に移り、そこで成長します。ジバゴは芸術的な感性に恵まれた思慮深い青年に育ちますが、結局は医者となり、グロメコ家の娘トーニャと結婚します。
ジバゴはトーニャを愛していますが、トーニャよりも魅かれ、トーニャよりも別ち難い人に出会っていました。ラーラこと、ラリーサ・フョードロヴナ・ギシャールです。
ラーラは、少女時代にコマロフスキーという弁護士の男に誘惑されて関係をもった経験のある女性。パーシャという幼馴染の男と結婚しますが、パーシャは兵士に志願して戦場に行き、そのまま音信不通になってしまいます。
ラーラはパーシャを探すために看護婦となって戦場に赴くのですが、そこで軍医となっていたジバゴに出会います。
ジバゴとラーラは互いに惹かれあうのですが、一筋ならではいかない運命に翻弄されることになり、出会っては別れ、出会っては別れます。
ストーリーとしてはジバゴとラーラの恋愛を主軸に進むといってもいいとは思うのですが、それ以上にあるテーマが繰り返し現われ、そちらの方に目が行きます。
そのテーマとは、ずばり個人尊厳です。
『神の王国と呼ばれているところには、民族(ナロード)はなくて、個としての人格があるだけだ(1巻P198)』
『何かの型にはまってしまったら人間としておしまい(2巻P74)』
ロシア革命後の内戦時において、ソビエト政府の赤衛軍とそれに対抗する白衛軍の戦いの最中、どちらの軍勢にも否を突き付けるジバゴ。その行いは、優柔不断に見えるかもしれません。しかし、ジバゴの行為は体制側であろうと反体制側であろうと、とにかく個人の幸福よりも重要なものがあるという考え方を拒絶し、あくまで個人であろうとする強い意志の表れなのです。
当然ですが、その中立性は両軍からもっとも嫌われる危険なものです。そのせいでジバゴは個人の幸福を願いつつも、いつも「集団」に踏みにじられます。
とはいえ、集団に属する人間を悪人としては描かれてはいません。ジバゴのようにどちらの軍勢にも付かない人物に限らず、本書に登場する人物たちは、体制に付いた人だろうが反体制に付いた人だろうが、全て「歴史」に翻弄されてしまう同情に値する人間なのです。ただし、唯一人、日和見主義者のコマロフスキーだけは唾棄すべき人間として描かれているのは注目に値します。
もう一つ言えば、本書には別の読み方もあると思います。本書の最後にはジバゴの書いたという設定の詩篇が収録されています。それらの詩はジバゴの人生と対応してはいますが、詩だけからジバゴの人生を再現することは当然できません。本書は、人生と詩または人生と芸術の関係について書かれた、芸術論的な小説とも解釈できると思います。
感動的でもあり哲学的でもある本書は一読の価値ある素晴らしい小説だと思いますので、是非読んでみてください。
次回はブルガーコフの予定です。
関連本(新訳)
ドクトル・ジヴァゴ/未知谷
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