ペテルブルグ(講談社文芸文庫):アンドレイ・ベールイ | 夜の旅と朝の夢

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【ロシア文学の深みを覗く】
第35回:『ペテルブルグ』

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ペテルブルグ。正確にはサンクトペテルブルグ。より正確にはСанкт-Петербург。ソ連時代はレニングラード。「聖ペテロの街」を意味する、ピョートル大帝の命令で沼地に建てられた人口の街。帝政ロシアの首都。市街を流れるネヴァ河が氾濫すると、絶望した人間をピョートル大帝の勇ましい青銅の騎士が追いかける街、ペテルブルグ。

都市小説―都市を描いた小説―というものがある。街並みを丹念に描写した小説のことではなく、ひとつの都市を多層的に描いた小説のことだ。

後期ロシア象徴主義の中心人物ベールイ(1880-1934)は、本書『ペテルブルグ』でペテルブルグを描いた。それは現実のペテルブルグを超えたペテルブルグ、幻想と現実の間隙に姿を見せる、全てを飲み込む深淵としてのペテルブルグである。

『ペテルブルグは四次元なのだ。地図の上には記されていない。点で記されるにすぎない。だが、この点は、存在の平面と、巨大な《星気体》の霊的宇宙の球体表面との接点なのだ(下巻P99)』

先ず登場するのはアポローン・アポローノヴィッチ・アブレウーホフだ。彼は帝政ロシアの要職に就く保守派の代表。直線で構成される幾何学なペテルブルグの中で生きている。

『彼(アポローン)は今や願うのだった。(中略)大通りによってしめつけられた全大地がまっすぐな線の宇宙的な疾走のなかで直線の法則によって無限を切っていくことを、平行に走る大通りの網が他の大通りの網と交差し、切られながら広がって行き、正方形や立方体の平面で世界の深淵を覆ってしまうことを。(上巻P30-31)』

アポローンとは、もちろんギリシア神話の神の名からとられている。ニーチェ的にいえば、知的で調和を志向する意思の象徴である。だが、上のようなことを考える人間が知的で調和を志向するといえるだろうか?

さてアポローンの息子ニコライは、哲学を学ぶ学生だが、親への反感から革命運動に参加するようになっていた。ちなみに、ニコライとはギリシア神話に登場する勝利の女神からとられている。

あるとき、ニコライは同志から荷物を預かるとように言われ、その荷物を家に持ち帰る。しかし、その荷物には時限爆弾が仕掛けられた鰯の缶詰が入っていた。

そして別の同士からその鰯の缶詰で親であるアポローンを殺害する約束をしていることを告げられる。うろたえるニコライであったが、時限爆弾の針を動かしてしまって・・・

物語の筋は比較的単純だが、様々な人物や時間軸、幻想と夢と現実と伝説と妄想が混然一体となって語られるめくるめく世界=ペテルブルグ。こんな小説、滅多にお目にかかれない。とりあえずは読んでおくべし。

次回はザミャーチンの予定です。