桶物語・書物戦争 他一篇 (岩波文庫)/岩波書店
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【18世紀イギリス文学を読む】
第7回:『桶物語・書物戦争』
今回はジョナサン・スウィフト(1667-1745)です。スウィフトと言えば『ガリヴァー旅行記』が有名ですが、作品はそれ以外にもかなりあります。しかし、まあ、例によって邦訳は少ないですね。手に入りやすいものとしては、『ガリヴァー旅行記』を除けば、岩波文庫から出版されている『奴婢訓』と『桶物語・書物戦争』ぐらいでしょうか。
で今回は、そのうち『桶物語・書物戦争』の方を紹介したいと思います。
子供向けに翻案されたものではない本来の『ガリヴァー旅行記』を読んだことのある人でしたら分かると思いますが、スウィフトという人は強烈な皮肉屋です。『ガリヴァー旅行記』は冒険小説のように読めなくもないですが、その根底にあるのは人類や社会に向けた皮肉と諷刺で、本来はとても子供向けの本ではありません。
さて諷刺文学というものはその諷刺される対象の鮮度が重要になってきます。
特定の社会体制やそれに追従する人たちを諷刺した風刺小説があり、その諷刺が山椒のようにピリリとした素晴らしいものであったとしましょう。でも、社会体制が変わって幾年も経ち、追従者たちが死に絶えると、何を諷刺しているのか、なぜ諷刺されなければならないのか、といったことを理解することが困難になることがあります。そんな状況では、その諷刺小説を楽しく読むことはできないでしょう。
そんな中で『ガリヴァー旅行記』は出版されてから300年ほど経ちますが、それでも諷刺の力がほとんど衰えていない稀有な傑作です。奇跡の存在といってもいいくらいの小説です。
それに比べると本書の収録作では、諷刺の力がかなり弱くなっていることは否めません。ただし、詳細な注が付いていますので、面倒臭がらず、本文や注をゆっくりと読んでいけば、何を諷刺しているのかを把握しながら読むことはできます。それにところどころではあるかもしれませんが、現代にも当てはまるピリリとした諷刺にも出会えます。
さて本書には、『桶物語』『書物戦争』『人工神憑の説』の3篇が収録されています。この3篇が書かれたのは、17世紀後半なので「18世紀イギリス文学」からははみ出しているのですが、1冊の本として出版されたのは1704年とギリギリ18世紀ですので、大目に見て本テーマに組み込んでおきます。あ、そうそうこの3篇は初版から1冊の本として出版されていますので、基本的には通して読む方がよいかと思います。
先ず『桶物語』ですが、これは謎めいたタイトルですよね。何の話かさっぱり分からない、まさか、風が吹いたら桶屋が儲かった的な話ではあるまいし、といった感じのタイトルですが、スウィフトは親切にも『桶物語』の中で、タイトルの由来をしてくれています。
「船乗りは鯨に出会うと空の桶を玩具に投げ与えて鯨の気をまぎらわし船に乱暴するのを防ぐ習慣があるという。この話は直ちに神話的解釈が加えられ、船はすなわちホップズの「リヴァイアサン」なりとせられた。それは宗教政治の全組織をゆさぶり弄ぶ。実それら大多数は中空で乾いて空っぽで音を立て木製で転がり易い。この鯨こそ恐るべき現代才人が武器を借り来る(と言わるる)源泉たるリヴァイアサン。危機に瀕する船はその古来の原型すなわち国家を現わすことは容易にわかるが、桶をいかに解すべきかが問題であった。研究討論を重ねた結果文字通りの意味が保存さられることになり、リヴァイアサンどもが国家(それ自体がぐらつきがち)をゆすぶり弄ぶのを防ぐために、「桶物語」で気をまぎらわしてやることに決められた(P25-26)」
まあ、簡単に言えば「宗教政治への諷刺」ですね。
でこの作品は、「物語」と銘打っているので、一応ストーリーもあるのですが、長い謝辞や脱線に次ぐ脱線がメインといった感じ。「脱線賛美の脱線」などという章まであって、それが脱線賛美どころか脱線に対する諷刺にもなっているという手の凝りよう。皮肉も効いているのですが、全体的にユーモア溢れた快作です。
『書物戦争』は、図書館の書物が古代派と近代派に別れて戦うというもの。アリストテレスがデカルトを討ち取ったりと読んでいて純粋に楽しい部分もあります。
『人工神憑の説』は物語ではなく、まあパンフレットといった感じでしょうかね。他2篇に比べると見劣りするかもしれません。
といった3篇が収録。普通の小説を期待すると肩透かしを喰らうというか、痛い目を見るというか、そんな感じになってしまいますが、『ガリヴァー旅行記』を読んで面白いと思った方は、読んでみてはどうでしょうか? まあ、『ガリヴァー旅行記』を読んでいない方は、とりあえず『ガリヴァー旅行記』を読むことをおすすめしますけどね(笑)。
関連本
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