裏ヴァージョン (文春文庫) :松浦 理英子 | 夜の旅と朝の夢

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裏ヴァージョン (文春文庫)/松浦 理英子

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作者は1958年生まれの小説家。1978年にデビューして以来、2007年の最新作「犬身」まで小説は6冊しかないという寡作ぶり。小説以外にもエッセイや対談集もありますが、その数も多くはないです。本書は、2000年に出版された5作目の文庫版で2007年出版。これ以前の小説作品は全部読んでいますが、その他は未読です。

松浦の小説には、サディズム/マゾヒズムとレズビアンのテーマが一貫して流れていますが、もちろん興味本位のエロ小説は全く異なるものです。性的な行為の描写もありますが、登場人物たちの心理がメイン。我が強く議論好きではあるけれども韜晦で、根本的にコミュニケーションが苦手な複雑かつ鬱屈した人々の切ない話が多いです。

さて本書では、突然B級短編小説が始まり、その後ゴシック体で短編小説へのコメントが書かれている。この繰り返し。短編小説は徐々に私小説(回想録?)に近づき、コメントは質問状へと変化していく。この奇妙な構成から、小説の書き手と読み手(コメントの書き手)という40女同士の愛情にも似た古い友情が徐々に浮かび上がってきます。

この二人の女性が、またしても、サディズム/マゾヒズムかつレズビアン的な傾向を持ち、韜晦で鬱屈している典型的な松浦的登場人物。その韜晦さにイライラしつつも、幸福になれない人生の敗北者であることを決して認めない彼女たちから発せられる狂気にも似た悲哀に心を打たれます。その悲哀は、サディストでもマゾヒストでもレズビアンでも40女でもない僕と彼女たちはどこ似ているからこそ感じる悲哀なのだと思います。

マイノリティーを描きながらも普遍的な感情を表す本作はまぎれもなく小説。偉そうに言えば、熟読に値します。ただ、各短編小説だけを抜き出すと、上述のようにB級であまり面白くないのが欠点ではありますが・・・。まあ、抜き出すほうが無粋なのでしょうね。