そのまま生きる
わたしは、以前は違うものになろうとしていた。アヒルに生まれたのに白鳥になろうとしていたって、ことですね(笑)それは、幼少期の嫌な想い出。そこにずっっっと縛られていたことと関係していました。そこに向き合い続け、ひと山超えたら目の前の景色が変わっていた。嫌な想い出はなかったことにしたかった。でも、それは見ていなかったものがまだあったから、見る必要がありました。見るときは、苦しいー🌀と感じていたけど、終わりがある。そして、気づく。それさえも、愛だったとはね。あんなに、嫌すぎたのに実は体験したかったんだなー。それから、静寂へ。しばらく、やる気がでない。淡々とした日常をおくるだけ。これが、求めていたことだったの?静かになったら、なんてことはない。だんだんと、腑に落ちていく。あれで、良かったのかー!思考がうるさくて、煩くて消したいと願っていた。こころが傷つきやすくて、そんな自分が嫌だった。そのような状態を味わうという、体験。ただの経験。価値だの意味づけだの自ら騒いでいただけ。面白がってたんだ、本当は。登場人物は、人生の配役なだけで。あの人は、ああだからこう。だから、こうなのでは?と、勝手分析して勝手行動。やっぱり、幻想だね(笑)今は『人生は、ひまつぶし』の感覚です。あれだけ、人生に意味を持たせようとしていたのに。意味ないんだもんなー。だって幻想だからね。でも、そうじゃない状態を味わったからこそ、分かる。『ジャッジ』もあるからこそ、その対比に楽しんでいた。なにもないと、面白くないんだなーと。以前はそこから、抜けることばかり考えていたのに、いざぬけると、あれー?という感覚になるとは思わなかった。早くはやく、ぬけたいと思っていたのにね。急いでぬけようとしなくてもいいかもねー。ま、どっちでもいいですが。おだやかで、平凡な日々。そんなに楽しくもないしそんなに苦しくもない。日々、へえーなだけ。ドキドキもしないしハラハラもしない。まあまあな状態なのでしょうかね(笑)