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転々としたアメリカから日本へ

テキサス州からまさかの他州、アリゾナ州ヘ引っ越し、からのオクラホマ州ヘ引っ越し。
もうどうでもいいよ‎(´△`)

が、結婚12年目(2年間グリーンカードの申請でアメリカと日本の別居婚)で、とうとう?離婚。
只今日本在住に戻りました。

彼と知り合ったのは、2011年11月頃。



私は20年勤めていた会社を辞めて、失業保険を受け取っていた頃でした。



彼と知り合ったのは、いわゆる出会い系サイト。



知り合ってから毎日スカイプで話し。



超が幾つも付くほど人見知りで、特に男の人と話すのが苦手な私には特別な時間でした。



この頃、母の両足の股関節脱臼の手術が決まり。



私は毎日母に会う為に父と病院へ行っていました。



私は午後4時頃に帰宅していました。



彼は毎日午前4時頃に話していたと思います。



約半年間、毎日スカイプで話し翌年2012年6月にに彼が日本を訪れ入籍しました。



スカイプでの会話は自動翻訳を使ってしていました。



この時の会話で、彼は日本に移住すると言っていたはずで。



自分の持ち物は全て処分、もしくは売ったと言っていました。



でも自動翻訳だから100%正しい訳ではないと思い、



「あなたは日本に移住するの?」と何度も何度も確認しました。



私の問に、そうだと言っていた彼。



彼が入籍する為日本を訪れたタイミングで私の仕事が決まり。



1週間程ホテルに滞在していた彼は、ある出来事が起こりホテルの対応に腹を立て宿泊をキャンセルし、私が同居していた弟宅に来ました。



仕事が決まった私は家を毎日空けなければいけないわけで。



私の両親も同居していたとはいえ、英語が通じない中での一人切りの時間に、彼はとても退屈していたと思います。



ある日私が帰宅すると父が、「○○ー(彼の名前)がアメリカに戻ったで。」と言ってきました。



彼は私に戻ると言ってきてたのかな?



全く記憶にないけど。



戻ったものはしょうがない、と入籍も済ませてるし。



で、私のグリーンカードの申請をすると言ってきた。



別居婚なんて無理でしょう、と思っていた私は彼がグリーンカード申請することに同意しました。



彼が日本に住まないなら、私が行くしかないやん。



グリーンカード取得まで2年かかりました。



10年有効のグリーンカード。



2015年2月19日に渡米、移住です。



そして移住後2ヶ月程で働きに行くように言われて、マクドナルドに勤務。



全く英語話せませんよ、それでも雇ってくれた。



嫌な人(アメリカ人)がいたけど、アジア人二人にメキシコ人の人はとても良い人達だった。



そしてある日、彼はオースティンでの仕事(警察の機械専門?)の仕事が決まり、オースティンのRVパークをレンタルすることに。



マクドナルドでの仕事(パテ焼きとその他ちょっと)に慣れてきてたのに辞めなきゃで。



あ、でも辞める日まで数日あったのに辞めたんですよね。



辞めたその日は何時もと違う勤務時間(それまでは午前と早朝勤務)で、見知った顔ぶれがお昼過ぎにはいなくなった。



この日私は休憩行かせてもらえず、トイレに一度行かせてもらっただけ。



フルタイムで働いてたんです。



この事を彼に伝えると、「もう行かなくていい!辞めるんだ!」って。



で、6月頃にオースティンのRVパークに引っ越し(家はし売ろうと言ってました)。



で、8月前?前半?だったか、彼が仕事を辞めて帰って来ました。



私と知り合った頃、彼は裁判で戦っていると言っていて。



過去のミリタリー時代の事が原因らしく。



その裁判に勝って、リタイア出来ると。



それで、オースティンのRVパークを引き払い、初めに住んだ家も売り払い、人口270人程の小さな田舎町に引っ越しました。



この時、いつも行くイーストランドという町で日本人と遭遇。



連絡先を教えてもらったけど私から連絡が無いと心配して田舎町まで訪ねて来てくれたことがありました。



私、携帯電話が無かったんです、電話しようと思ったら彼の携帯電話を借りなければならなくて、それが何か嫌で。



そして田舎町に嫌気がさした彼はまた引っ越すと。



同じテキサス内のアメリカで一番大きなミリタリーベースがある街の一軒家に引っ越しました。



このタイミングでとてもお世話になった、助けてくれたIさんとブログで知り合い。



Iさんは二度も仕事を紹介してくれて、1つ目のウエイトレスはやはり英会話力の無さが原因でクビに。



2つ目のホテルのハウスキーパーでは2人の日本人の方が助けてくれて。



体力勝負のホテルのハウスキーパーだったけど頑張れました。



上司のメキシコ人女性も良くしてくれて。



上司のお姉さんも働いていて良い人で、清掃で働いていたメキシコ人女性も良い人で。



そして初日からトレーニングしてくれた韓国人のテイさんも良い人で。



彼女は私の事を気に入ってくれて(私の仕事振りを見てくれていたと思う)、手作りのキムチをあげるからねと言ってくれてて。



それが、またまた引っ越すと言い出し。



同居していた彼の両親が出て行き私が働いてる間、猫と犬がいるとはいえ、一人で私が帰宅するのを待ってるのが耐えられなかったのだと思います。



折角仕事に慣れ人にも慣れ、新しくなったホテルのオーナーが私をランドリーに移動して時給も上げてくれるということもあったのに。



この街、街の回りには日本人が沢山住んでいで、



ブログで知り合ったIさんが集まりに呼んでくれて、この集まりで同じ猫好きNさんと知り合い。



引っ越す時は泣きました…



泣いて泣いて泣きました。



この時、まだ何処に引っ越すか決まっていなくて、取り敢えずアパートを借りて何処に引っ越すか考えようって。



家を売る時期が悪く、思ったような金額で売れなく。



反対にクロージングにお金を払わなきゃいけない事態に。



何て言うか、突発的に行動する彼。



そしてアパートで数ヶ月過ごし、2019年8月末にアリゾナへ引っ越しました。



アリゾナでの生活は、想像していたよりとても暑く。



真夏は気温49度とかで。



サラサラとした極めの細かい赤土が舞うことに困り。



家の中にも隙間から入って来て、オリーブの皮膚の状態が悪くなった事の原因かもとか。



そしてアリゾナのこの街の人達がフレンドリーではないと、この街が嫌いだと言い出し。



引っ越した翌年にコロナウイルスが流行して、通うと言っていた無料の英会話スクールをキャンセルしなければいけなくなり。



やっと、英会話スクールに通える!と思っていたのにタイミングの悪さ…



そしてまた✕6の引っ越し。



この街で昨年11月頃に日本人の方達と知り合えたのに、また引っ越しでお別れ。



この引っ越しでは日本の端から端までの距離を、にゃんこ達を乗せて彼の後をついて一人でドライブ。



アリゾナの街を離れる時、何でまた引っ越さなあかんの!、



折角日本人の人達と知り合えたのに、何で引っ越さなあかんの!と車内で号泣。



そして今のオクラホマ。



ここで事態が大きく変わるのですが。



長くなるので続きは次へ。