2018.03 カワサキ VERSYS-X 250
1987年 Diary-Ⅴ(アメリカ東から西へ)
8/14 (17832-362)
オクラホマシティーのホンダでパーツなし。
ダラス隣のアーリングトンの店に注文すると言うのでそこへ行き捜すが、
大きな街なので人に聞いても分からない。
公衆電話には盗まれるのかイエローページが置いてない。
気温は高く106°F,40℃だよ。
乾燥していて日影に入ると、かなりすっきりする。
キーウェストあたりでは地図を出していると湿ってきたのに、ここではかさかさする。
モーテルに落ち着いてからピート&シェリー宅へ電話するが、
いないので留守番電話にここへ連絡してくれるようにメッセージを入れた。
8/15 (18194-219)
朝ピートから電話があり、
詳しくは分からなかったが二人とも外出して家に帰るのが遅いらしい。
後からシェリーの電話でカギをドアの横に隠しておくから、と道順を教えてもらった。
勝手に入って待っていてと言うことで、管理人にも話しておくらしい。
着いたらドアにHi Tatsuo!Come Inと張り紙までしてあった。
うれしいじゃない?シャワーを使いソファーで一眠りした後、久しぶりの対面となった。
8/16 (18413-0)
ピートの趣味の一つに水上スキーがあり、モーターボートまで持っている。
シェリーの実家の庭に置いてあるボートを少し離れた所にある大きな湖へ自動車で引っ張ってゆく。
ピートの友人のデビッドと一緒に連れていってもらって楽しんだ。
デビッドは愉快な人で、俺に悪い言葉とマナーを教えようとしていた。
ピート達はジュニアハイスクールの先生で、
ピートは保健と体育の先生ですごい設備の保健室でケガをした生徒を見ていた。
8/17 (18413-0)
シェリーに付き合ってもらって待ちに待ったホンダへ行くが今日は休み。
8/18 (18413-0)
ホンダでタイヤや色々な部品を買い、交換。
それからすき焼きを作ってあげることにして、
日本食品を扱っているスーパーマーケットへ行く。
ロス近辺と違って材料が乏しかったが、中華風材料と混ぜ合わせて何とか作り上げる。
生卵をつけて食べるのが平気かな?と思ったが、
二人とも美味しく食べてくれたみたいだった。
8/19 (18413-380)
ピートとシェリーに別れを告げて出発。
彼らはアラスカからの帰りにバンクーバーまでフェリーを使ったと言っていたが、
ソルトレイクシティーから南下するときに暑さと乾燥でまいったらしい。
エルパソの方を回ろうと思っていたが、
特に行きたい訳でなければ今の季節ははずしたほうがいいとのことで、北へ向かう。
ピートからもらったソフトアイスボックスに氷とジュースを入れ、
対策は万端。地平線の見えるアップダウンの道が続く。
8/20 (18793-393)
朝はまだ涼しいので快適にドライブできる。
テキサス北西部に来たらアップダウンもほとんどなくなり一面だだっ広いフラットな景色になった。
畑と広野が広大なアメリカをイメージできる。
井戸の水を汲み上げるための風車?が印象的だ。
南部を外したので、岩とサボテンの風景にはお目にかかれないままだ。
8/21 (19186-399)
気温が随分下がり楽になったが、
昨日から風が強く首が痛い。
周りは真っ平ら、空は一面真っ青なすべてが見渡せる草原で、お盆の上にいるみたい。
ニューメキシコに入ったあたりから少しずつ低い山が出てきた。
いつの間にか標高が5000フィートになっていた。
コロラドスプリングスのキャンプ場は標高7800フィートで夜12℃とかなり冷え込む。
8/22 (19585-162)
ピートに教えてもらったUS AIR FORCEのベースを見学。
中へは簡単に入れて、勝手に走り回ってもよく、展示場等がある。
途中ですれ違ったベースの女性が俺の格好を見てアラスカから来たの?とジョークで言ったが、本当にそうです。
デンバーから山の方へ向かうが、ずっと雨。
8/23 (19747-324)
雨っぽいので完全装備で出発。
雲の中をロッキー公園へ。
岩山、谷川、松、ロッジの組合わせがきれいな所からどんどん山を登って行く。
10000フィートを越えたあたりで一度雲を抜け、もっと上の雲との間に出る。
12090フィートの標識があった。標高は富士山山頂くらいで寒い。
この高さでもエンジンはしっかり回ってくれる。
3、4日前までの暑さがウソのようだ。
天気さえよければ抜群の景色だろう。山を下りて南下する。
8/24 (20071-287)
ロッキーの山越えコースを走る。
岩山と谷川でいい景色だと思うが、あいかわらず霧がひどく何も見えない。
所どころで道路に大きな岩まで落石している。
南下を続けニューメキシコへ入ると山はなくなり天気もよくなった。
小さな町の銀行でキャッシングした後、
駐車場であやしげなメキシカンのようなおっさんが近づいて来て、
明らかに盗んだような車載工具を買ってくれと言う。
いらないと言って断ったが、ピストルをちらつかせていて非常に危険を感じた。
前にもカナダでカメラのレンズを買ってくれと言って、持ってきた奴がいたな。
今日はコロラド、ニューメキシコ、アリゾナ、ユタと4つの州を通過した。
モニュメントバレーに近付くにつれて、西部劇に出てくるような広野の岩山が出てきた。
テレビの気象状況では先日からオレゴンあたりからフロリダあたりまで前線が伸びていて、
かなり天気の悪い所を走っているようだ。
8/25 (20358-259)
モニュメントバレーは期待どおりの広野に岩山がそびえる西部っぽい景色だった。
低い木と草のある赤土地帯で所々で馬、牛、ロバ、羊が道路まで出て来ている。
2度ほどカウボーイ姿の馬に乗った人を見た。
グランドキャニオンの北側へ回るため、絶壁を30マイルほど迂回する遠回りの道を走る。
気温の変化に体がついていっていないようで風邪っぽい。
8/26 (20617-256)
朝いい天気で気温は10℃以下。
薬を飲んで7時ころから寝ていたので風邪は抜けたみたい。
北側Rimのキャニオンを見て、南側へ回る。
キャニオンは8000フィートくらいから4000フィートくらいまでどーんと落ち込んでいる。
谷の深さといい、広さといい全体のスケールが写真で見るのと違う。
その縁を回って谷の底へ。
所々でナバホインディアンのお土産物を売っているテントがある。
そのうちの一つに立ち寄り、ねぎりまくって色々な飾り物を買う。
何もない広野の道路の端で休憩していると、
トラブルかと思われるらしくハーレーのおっさんがAre You OK?と声をかけてくれた。
また山を登って南Rimへ。
8/27 (20873-305)
早起きをして朝日のキャニオンを見てから出発。
非常に寒く5℃くらい。山を下りると今度は打って変わって40℃。
フーバーダムからラスベガスへ。
途中、砂漠っぽい所を想像していたが、
鉱山を掘り返したあとみたいな瓦礫の山で気温は、ばか暑。
とりあえずラスベガスでは何件かの店でスロットマシンをして負け。
8/28 (21178-21579-401)
ラスベガスからごろごろ岩の砂漠地帯を走り、
車もめったに通らない45℃のデスバレーを抜ける。
ここでバイクの調子が悪くなったらちょっと苦しいだろうな。
ドライヤーの熱風を体中で受けているようだ。
トップガンのような空軍基地があるらしく、異常に低いところをジェット機が数機飛んでいた。
夕方6時、Los帰着。ついに終了した。
8/29--9/29
アダルトスクールの日本人生徒達と遊んで過ごす。
9/30
バイクを売りにバイク屋へ。
程度が悪くなっているので買えないと店の人に言われている時、
そこにいた客が欲しがって直接交渉成立、$350で売却。
帰国直前だし結構ぼろぼろになっていたので、売れただけでよかったかな?
10/1
ロス発。
10/3
日本着。
走行日数:80日間
走行距離:18753マイル×1.6093=30,179km (参考・・1フィート=30.479cm)
滞在期間:1987年4月1日~10月3日 186日間
E-Mail:dougo2015-usa@yahoo.co.jp
アメリカ大陸バイク旅_1987
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1987年 Diary-Ⅳ(アメリカ東海岸南下)
7/29 (13483-271)
バッファローあたりからカナダへ入り、川沿いにナイアガラへ。
高級住宅といったきれいで大きな家が左側、
右側は街路樹と芝の向こうに川が流れる感じのいい道だった。
前に会った人に教えてもらったように、
滝はカナダ側からよく見えて、アメリカ側だと滝の上になるので全体が見えない。
アメリカからはカッパを着て滝の下へ歩いて行く観光客が見えた。
観光船も数隻浮かんでいた。
国境も6回目だと要領を得てきて、
イミュグレーションで12月終わりまでビザの延長をしてもらった。
ニューヨーク州に入ったが、
コーン畑と森ばかりでロングアイランド近辺以外は、かなり田舎だ。
7/30 (13754-266)
近くのテントの人が、昨夜アライグマがゴミあさりに来ていたと言っていた。
少し雨がぱらつくが青空ものぞくので、そのときに出発。
ニューヨーク州とは言え、中央や関越高速の山間部のような所を走る。
ニューヨークアイランド手前20マイルくらいのニュージャージー州でモーテルを探すが、
森林の間にある大きな高級住宅ばかり。
地図を広げて近くの町を探していたら、
自転車の若者が人に聞いてくれて少し北の町へ行ったほうがいいと教えてくれた。
彼はアラスカのフェアバンクス近くの小さな町から来たと言っていた。
それにしてもハドソン川沿いにある高級住宅はスケールがすごい。
7/31 (14020-172)
ブロンクス、ハーレム、ソーホー、
中華街などニューヨーク中心をうろうろ走り回りマンハッタンへ。
八重洲あたりのオフィス街と新宿の歌舞伎町と代々木公園を一カ所に集めたようなかんじ。
ビルの谷間を外れると、
鉄の非常階段が途中で切れている映画によく出てくるようなアパートが一杯。
自転車が自動車の間を擦り抜けて走っている。
危なげで荷物を積んだままのバイクを停めてゆっくり観光できない。
ニューヨークアイランドへ入るのも出るのも橋を渡る。
ジョージワシントン橋で$2、ブルックリン橋無料、
ベラザノナローズ橋自動料金所に並んでしまいゲートの横から擦り抜けて踏み倒して不明。
マンハッタン正面対岸は、川の向こうにビルが見えGOODな景色だが、
柵のある倉庫が並びいい場所で中へ入れない。
ゲート番のおやじに言って入れてもらおうと思ったが、
居眠りをしていて起こすと悪いので?そのまま入って写真を撮ってきた。
出るときも眠ていたがガードになっていないぞ。
8/1 (14192-184)
ワシントンDCへ入った。ホワイトハウスの近くで場所を探してバイクを停める。
少し心配だが荷物をそのままにして、たくさんの観光客にまじってうろつく。
大きなリンカーンの像のある建物の前の広い池は、
遠目に青くてきれいだったが近くで見るとブルーレットみたいに色がつけてあった。
広い公園で結構歩いた。
8/2 (14376-292)
特に変化のある景色にもお目にかかれず、薄曇りの天気の中を走る。
道路の先に、もやのかかったような所があり、
そこへ入ると土砂降りで雨の壁になっていた。
少し引き返して20mくらい手前の雨の降っていない所で、しばらくその壁を見ていた。
小雨になったときに先へ進んだが、
面白いくらいに境目がはっきりしていた。
このあたりはアライグマがよく車にはねられている。
8/3 (14668-213)
コーン、大豆にまじってタバコ畑が増えてきた。
タバコの葉を満載した小さいトラックが道路に葉を撒き散らしながら走っていたりする。
今日も余り変化のない松林や広葉樹の林の間の道路を走る。
キャンプ場はリゾート海岸の真っ只中といってところで、
ビーチもありKOAキャンプ場としては高い料金になる。
大西洋の海岸を歩くが風が強く波も荒い日だった。
今日も5分くらいひどい雨の所を通ったが、
Tシャツがびしょぬれになっても暑さですぐに乾いてしまう。
8/4 (14881-240)
湿度が高く気温も96°Fだから35℃くらいか、
安いクーラーのきいたモーテルを選んでしまった。
黒人ばかりの街サバナのバーガーキングでは、
店員も客もみんな黒人で少し迫力を感じていたら、
近づいて来た一人が気さくにハイッと声をかけてくれ、レースでもやっているのかと聞く。
時々あることなので慣れてしまって、日本ではレースをやっていて、
今は世界中を旅行しているところだ。と言って話を盛り上げる。
8/5 (15121-261)
コーン畑がサトウキビ畑に変わったくらいで、
ほとんど変化のない景色の海岸線を走る。
デイトナビーチ北のルートA1Aは南の島へ来たような感じがして景色がいい。
8/6 (15382-241)
朝9時頃から90°Fを越える気温。
マイアミまで走ろうと思ったが、
街中で45マイル制限や信号でフリーウエイを使わないと思ったほど距離が伸びない。
少し手前の街でステイ場所を探しながら走っていると、
後ろから来た同じXL600に乗ったやつと停まって話をすることになった。
今までのことを話すとしきりに「いいなー」とうらやましがって、
いい意味でクレージーガイだそうだ。
友達に話すと言っていた。
昼12時頃は太陽が本当に頭の真上にあって、自分の影が真下にあった。
スーパーマーケットでヤシの実を売っていた。
55セントで安かったので衝動で買ったが、
工具がなくモーテルで、アーミーナイフのノコやキリを使って穴をあけ
苦労した割に、「こんなもんか?」って甘さの薄い味だった。
飲んだ後はトマホークで割ってみた。
8/7 (15623-211)
マイアミは高級マンションの高いビルが道路の両側にあり、
ホテルやモーテルもいっぱいで、道路から海が見えない。
フロリダシティーを過ぎると道の両側は湿地帯になり、
いかにもワニとかが住んでいそうな感じ。
キーウェストまで一気に走るが、
よく写真やコマーシャルに出てくる海の上を島伝いに100マイルもつなぐアメリカらしい橋のスケールは、
やはりすごいの一言。
古い橋の横に新しく広い橋がかかっていて古い橋は取り壊されていたり、
通れないようにブロックと柵がしてあった。
アメリカ最南端の標識で記念撮影。
1号線のEndも確認。
8/8 (15834-256)
再び橋を渡って本土へ。
エバーグレイズは広い湿地帯で、端を通ったが湿度が高くて暑かった。
湿地帯観光のエアーボートの乗り場が目に付く。
ガススタンドでガスを入れ、
缶オイルを買って交換のためオイルの受け皿を借りようとしたら、断られる。
人種差別されているようだった。
そこの中学生くらいの子供が怒ってそいつらに文句を言ってくれていたが、
根本的に無理だと思って止めた。
8/9 (16090-400)
3日ほど前からよく道路で撥ねられてボロボロになっている生物が
アルマジロではないだろうか?という疑問解消。
撥ねられて間もない原型のままのアルマジロを発見。
アライグマ、ヘルメット大のカメも時々はねられている。
湿地帯はなくなり、林や以前畑だったみたいな景色になる。
8/10 (16490-340)
朝、太陽を背に受けて西に向かって一日中走ると、
地球の自転というベルトコンベアーの上を、取り残されながら走っている規模で考えてしまう。
太陽がドンドン頭の上に来て、俺を追い越して西へ沈んで行く。
キャンプ場で近くに住んでいる13歳の黒人の子供がバイクに乗せてくれと言う。
後ろかと思ったら運転したいと言う。
足が地面に届かないし危ないのでだめだと言うと、プリーズ、プリーズの連発でうるさい。
根負けしてエンジン始動に力とこつが必要なので、それが出来たらいいだろうと許す。
しばらくキックさせ時々ヒヤっとさせられるが予想通りエンジンはかからず、
バイクに向かって「俺がこんなに一生懸命やっているのになぜおまえは動かないんだ。」と話しかけ、
どこかへ行っては帰って来てまた繰り返す。
2時間ほどやっていたがついにあきらめた。
彼のお姉さんが来て一緒に笑いながら見ていた。
南部なまりなのか、すこし分かりにくい会話でお姉さんと人種差別について話をした。
8/11 (16830-305)
テントの中に何匹もアリがいたので調べたら、
テントの底や横に5、6カ所も穴を空けていた。
雨が降ったら浸水してしまう。
なんてこった、馬鹿野郎。
ニューオリンズでは音楽を聞いたりの観光をしてみたかったが、
あいかわらず大きな街ではバイクを停めてゆっくりできない。
8/12 (17135-293)
森林が少なくなり、綿の畑が見えた。
メンフィスでプレスリーの生家を探したが簡単に見つからず、あきらめてミシシッピーを渡る。
ミネソタで渡った時に比べると、随分広くなっている。
まだまだ暑く、メンフィスの街にあった温度計が106°Fだった。
8/13 (17428-404)
アーカンソーに入ってから森の開けたところが多くなり、
オクラホマでは松の林は全くなくなった。
バイクにガタが多くなってきたので、1週間ほど前からホンダを見つけるたびに部品の有無を聞くが、
どこでもオーダーの取り寄せになると言われ、あきらめ続けている。
リアタイアのシャフトのネジがばかになっていて、しまらなくて危なく気になってしかたがない。
アーカンソーの西側でハイウェイをはずして走るが、
低い丘が続くアップダウンの激しい、ずっと直線の道だ。
まだまだ続きます
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アメリカ大陸バイク旅_1987
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1987年 Diary-Ⅲ(アラスカ~カナダ~アメリカ西から東へ)
7/1 (07628-41)
朝は霜が降りていたのに日中は25℃はある。
ワンダー湖に行くバスの始発は公園入り口朝6時で、ここは7時15分通過。
今日もいい天気で雲一つなく、遠くにマッキンリー山がちらほら見え、
カリブーやグリズリーが出てくる高原をずっと走り続ける。
動物がいると止まってくれる。
ワンダー湖へは4時間程かかってようやく到着。
途中ガードレールなんてあるわけもない崖っぷちの怖いところもあり、変化に富んだバスツアーだった。
重い荷物を積んだバイクでこの道を走っていたら大変だった。
飲むものや水の出るところも一カ所しかなく、
飲み物を1缶しか持って行かなかったので大変だった。
途中でバスを降りてバックパックする人も多い。
30分ほどでとんぼ返りをしてキャンプ場についたのが午後3時くらい。
一日の予約だったので、テントを片付けてすぐ移動。
昨日の日本人に聞いた、鮭食い放題の店へ。
$13.75でサケ、スペアリブ、サラダ、アイスティーを死ぬほど食う。
ニューヨークあたりから来ていたハイスクールの連中と話をしてから出発。
今日のKOAのキャンプ料金もちょうど同じ値段。
7/2 (07669-342)
朝はいい天気でひたすらフェアバンクスへ、
ホンダがあればバイクのメンテナンスをしたかったが、見つけられず。
気温は上がり28℃だが走ると風はひんやりとしている。
北の海から続いている太いパイプラインを見てトークへ。
30マイルは続く直線で眠くなり危なかった。
天気がだんだん悪くなり、気温もぐっと下がり15℃に。
7/3 (08011-200)
朝、テントを水浸しのまま袋に詰め、小雨の中を出発。すぐダートになる。
50マイルほどで雨が上がり青空が見えて来て、カナダ国境では完全に晴れ空になった。
ここの国境は高原の景色がよく最高。
カナダに入ると今度は天気がよくなり、土埃がたたないように散水車が走っていた。
オフの道路はドロドロでおまけに塩水のようでエンジンンにこびりついて汚くなった。
谷間の上のガードレールのない走りやすい堅いダートを
80から100キロで走っていると時々出てくる深い土にハンドルをとられて、
何度か谷の方へ飛び出しそうになってヒヤッとした。
山の上から大きな川の向こうにドーソンの町が見えたが、川のそばまで来て橋がないことに気づいた。
一瞬焦ったが、そこに止まっている数台の車がフェリーを待っていることに気づく。
7台くらいの車が乗ると一杯になる無料のフェリーが、
200メーターほどの流れの早い川を弓なりに往復していた。
ドーソンは小ぎれいなウェスタン風の町で、このあたりにしては人が多い観光地のようだった。
カナダに入ったとたんキャンプ場では、薪がたくさん置いてあった。
時々バーストしたタイアを見るので、ふと自分のタイアも気になってしまう。
アラスカタイムは終わって1時間早くなった。
7/4 (08211-331)
朝はいい天気だったのにだんだん悪くなり小雨の中、再度WhiteHorseのキャンプ場へ。
途中、計画はあったがあきらめた北極海まで続く道の分岐点を通過。
7/5 (08542-0)
スウェーデンから来ていろいろな所を取材しているフリーカメラマンがカヌー作りを取材に行くので、
タケと観光馬車を引いている女性と一緒について行く。
彼は森林警備隊の取材にも行き、ヘリコプターに乗せてもらったりしている。
7/6 (08542-0)
馬車の女性が40km程離れた自宅へ5日間ほど帰るので、
キャンプの仲間4人と2頭の馬を乗ったり引いたりして連れて行くのを手伝った。
鞍をつけていない馬に乗るのは初めてだったが、
たてがみをつかんで勢いをつけて乗るのを教えてもらい、のんびりと9時間ほどかけての散歩は楽しかった。
7/7 (08542-7)
町のホンダへ行くが、スプロケットがないのでチェーンもあきらめて、タイヤとオイルを交換した。
いろいろ手伝ってくれたうえにYUKON HONDAの名前がはいったTシャツまでもらった。
7/8 (08549-409)
ここのキャンプ場でずっと遊んでいるといろんなことが出来て楽しそうだったが、
まだまだ先があるので名残を惜しんで出発。
雲が多く、晴れたり雨がぱらついたりで目的の温泉があるキャンプ場へ到着。
浅い池の底に砂利が敷いてあるような温泉の池に、みんな水着で入っていた。
日本の温泉のように風呂を目的としていなく、
環境の点でセッケンやシャンプーは禁止なので、久しぶりの風呂だったが体が洗えない。
潜るふりをして頭や体をゴシゴシこすった。硫黄の匂いのする塩分のない温泉だった。
トイレに入っているとノックされたが、ドアから離れていてノックを返せなかった。
「入ってます。」に相当する英語を知らなかったので「ハイッ!」とおかしな返事をしてしまった。
あとで誰かが入っている時にノックをして確認したら「I’m Here」と言う事がわかった。
7/9 (08958-262)
Ft.Nelsonのホンダでもスプロケットがないので、
あきらめて買い置きにチェーンだけ買って、以前持っていたチェーンに変えた。
後でこの時のジョイント金具で大変な苦労をすることになるのだが・・・。
ホンダからずいぶん先に来たキャンプ場でチェーンを変えたが、
もともと付いていてチェーンがエンドレスでフレームからはずせなく、
しようがないのでヤスリで削ったが、何時間もかかってしまった。
後ろのスプロケットもずいぶんだめになっている。
後からここへ来た老夫婦にチョコレートケーキをもらった。
途中のワインディングロードで野生の子連れヤギがたくさんいた。
あいかわらず降ったり止んだりいい天気になったりで、
カッパを着る暇もなく、ザーとやられても天気がよくなるとそのままで乾いてしまう。
7/10 (09220-452)
ロッキー山脈の北の端を通った。
はるか下の川べりの湿地帯に水がたまっているのが見えるところで、
ビーバーを見に来ていた兄弟と会う。
キャンプ場ではアラスカへ行く途中のワシントンのホンダで働く人に会った。
ガソリンの補助タンクを自作のサイドカーに取り付けて、ポンプでタンクへ送り込めるようにしていた。
俺があきらめたカナダの北極圏にあるArctic Red Riverまで行くらしく、
200km以上町もスタンドもないところを通るには必要だと思った。
エンジンのオイルリークはシリコンを塗るとよいと教えてもらい、もらって塗った。
この辺りだと夜11時ころには暗くなる。
7/11 (09672-171)
プリンスジョージのホンダへ行くが、前のスプロケットがない。
道路工事のそばの土手でブラックベアーが、車の通るのを見ていた。
8mくらいそばを通ったが、ほかの車も交通整理のおやじも気にしていない。
おとなしい熊らしいが、なんか不思議な感じがする。
今日は個人経営のキャンプ場だが、広くてきれいで、
トイレとシャワルームも他のところのようにプレハブでなく、木で作った感じのいいところだった。
7/12 (09843-159)
ジャスパーでお土産物屋をうろつき、山の上の方にある谷間の氷河を見て、
バンフーへ向かう途中でキャンプ場を探していたら個人の家の庭へ着いてしまった。
ちょうど出て来たバイクに乗ったオジサンが、どこからどこまでが庭か森か分からない所だけれど、
庭にキャンプしてもいいと言うのでお世話になる。
ピザとコーヒーをもらった。
そばにある小さな規模の水力発電の機械の管理とメカニックをしている人で、ブライアンと言う。
発電施設を見せてもらったが、結構大きな規模のように思えた。
ムースという犬がいて、棒を投げてもらうのが好きで、拾って来ては人の足元へ落とす。
急な流れのある川の中までも泳いで取りに行く。観光のゴムボートがその急な川を流れていった。
川の水がエメラルドグリーンに白くに濁っているのは、
氷河が解ける夏の間だけで9月頃にはきれいになるそうだ。
山岳タイムで1時間早くなった。
熊が多いらしく、ここでもよく出てくるが、
ブラックベアーだしムースもいるから大丈夫だと言ってくれたが、
このたよりなさそうな犬で平気なのかな?
7/13 (10002-156)
朝、ブライアンの家からメインの道路へ出るまでの、細い道の先の方でやっぱり出た。
道にいたブラックベアーがそばの薮の中へ入って行ったので、スピードを出して通り過ぎて来た。
バンフーへ行く途中は景色のいい所がいっぱいで、天気もGOOD。
観光客もたくさんいていろいろな所から来ている。
所どころで会話になって、ロスから今までの経路とこれからの予定を言うと、みんなヒエーと驚いていた。
カナダでは有名な大きな氷河へ行く。アラスカと違って青くない。
日本人がちらほらいる。
7/14 (10158-30)
ゆっくり走って、昼ころバンフへ。
お土産物屋を見て歩いていたら、バイクのそばで2人連れの日本人に声をかけられた。
ここでも日本人は多い。
2人は学生で卒業旅行中、夜10時頃のグレイハウンドでトロントへ行くらしい。
それまでビールを飲んで、久しぶりに日本語で会話した。このあたりだと昼間は暑さが厳しい。
7/15 (10188-225)
バンフを出て30分も走ると、
それまでの山間の道路から打って変わって牧場の多いアップダウンの丘陵が続き、地平線も見えて来た。
緑の多いきれいなカルガリーの街を過ぎる。
聞いた所ではスタンピードというアメリカ、カナダじゅうから集まった
インディアンやカウボーイのロデオ大会が1週間前に終わったらしい。
残念。
7/16 (10413-242)
何の変哲も感じなくなった変わり映えのしない国境を過ぎ、再度アメリカ入り。
グレーシャーパークでCB750に乗った日本人に合う。
キャンプ場のコインランドリーで、おばさんに止まらなくなった乾燥機を譲ってもらってラッキー。
ワシントンから来た家族の子供達に、
よくアメリカドラマなんかに出てくるキャンプの時、マシュマロを焼いて食べるやり方を教わった。
クラッカーでチョコレートと火であぶったマシュマロをサンドイッチにする。甘い。
7/17 (10655-125)
雨の中、大トラブル発生。
ハイウェイでチェーンが切れて吹っ飛んだ。運よくタイアにもからまらず、
ちょうど1マイルほど先に上を交差する道路があり、その下までバイクを押して行き、雨はしのいだ。
チェーンは買い置きがあるので何の問題もないはずだった。
が、ジョイント金具に問題があった。
太すぎてチェーンのつなぎ部分の穴に入らない。
チェーンが切れた所まで古い部分を探しに戻るが見つからない。
針金を何十にもしてつないでみるが、タイアが1回転もしないうちに切れてしまう。
クギを曲げてつないでみるが200mほど走って、これは行けると思った瞬間に吹っ飛んでしまった。
2時間ほど修理してあきらめて、14マイル(22km)程離れた一番近くの町までバイクを押して行く決心をした。
アメリカの田舎は、本当に町から町の間は荒野や畑で家一つ無い。
雨の中20分ほど重い荷物を載せたままのバイクを押していると、後ろから来た車が止まってくれた。
ブライアンとデビーの2人で、状況を説明すると町まで乗ってゆけと言う。
すぐにキャンピングカーの後ろに乗り、次の町へ。
何件かベアリングの店を探してくれて、元の場所まで送ってくれた。
たくさんお礼を言ったが、言葉にならないほど感激した。
7/18 (10780-195)
朝から低い雲が垂れ込めて、回りの山に届いている。
土砂降りの中、真っ暗な谷あいの道を進むが、カミナリまで鳴り響く。
30マイルほどで雨が上がり、イエローストーンの北がわにある石の門に着くころにはいい天気になった。
有名な国立公園だけあって、四国程の広さがあるのに名所では観光客で一杯。
キャンプ場で隣のサイトにいた、バイクで来ているボブと酒を飲んで盛り上がる。
夜、星がとてもきれいだった。
ラージ、アンクル、バーンなどの分かりにくい発音の違いを教えてもらったが、
うまく行かなくてそれがまた面白かった。
7/19 (10975-144)
キャンプはそのままで、一日中公園巡りをした。
途中、木の階段が崖に取り付けられてあるような、
谷沿いに続く遊歩道を歩いたり、間欠泉のある温泉地帯を見たりした。
バイソンが道路の真ん中に出て来てゆっくり歩いていて、大渋滞を起こしていた。
いい天気だったが、一度だけ雨が降り少し雪がまじっていた。
広い公園内を走っているとき、
道路で8856フィートの標高の立て札を見たくらいだからずいぶん高いところにいたようだ。
7/20 (11119-262)
夜は5℃で朝は10℃だったが、山を下りると30℃を越える暑さ。
だだっ広い乾燥した丘陵が続き、ずっと40cmくらいの丸っこい木が生えている。
遠くにかすかに山が見え、荒野の中の100マイルくらいの間にある3つほどの町をすぎると、
その山へ入り20℃くらいに涼しくなった。
ブラックマウンテン公園で、そこを越えると向こうには地平線が広がっていた。
7/21 (11381-332)
ボブに教えてもらった未知との遭遇に出てくるデビルズタワーを見て先へ進むが、
道路工事のオッサンと話したら、てっぺんまで登ったかと聞かれ、上まで行く道が作られていたことを知った。
ラピッドシティー南部にある大統領の顔を掘った岩山へ進むが、
景色は本当に広々としている反面、気温はどんどん上がってゆき38℃くらい。
顔のところも有名な観光地だけあって人が一杯だった。
キャンプ場も乾燥状態で風が少し強かったこともあるが、
夜10時ころしぼってつるしたタオルが15分でカラカラになった。
※デビルズタワーに登る道の件で、道路工事のオッサンに騙されたみたい(笑)ジョークだった。
オッサン曰く、「斜面沿いに道がついていて、裏にトンネルが掘ってあって・・・」
調べたらロッククライミングしかなさそうです。
7/22 (11713-184)
一晩じゅう暑く、朝25℃くらいで少し涼しくなった。
走り始めてからも気温はどんどん上がり、日差しは強く、日陰なんかあるはずも無く、
レストエリアで休んだりガススタンドでコーラを飲んだりして大変だった。
ネブラスカから来た少年と話したが、そいつの地元では130°F(50℃を越えている)になるそうだ。
行きたくないな。
時間が中央タイムで、また1時間早くなった。
7/23 (11897-218)
曇りがちな天気で多少涼しく、周りもトウモロコシと大豆畑が延々と続く景色に変化した。
地図上少し大きめの町でホンダを探し、スプロケットとチェーンのジョイント部を買い、
ミネソタに入ってすぐの町のモーテルに落ち着いてから交換。
その日、この町ではホットドッグデイというのををやっていた。
町中が歩行者天国になりアトラクションもあり、
お祭り騒ぎで各商店で無料のホットドッグとオレンジジュースを配っていて、
どこのホットドッグが一番かコンテストをしていた。
3カ所ほどの店でもらって食べ、そんなに味が違うわけはないが昼メシ代が浮いた。
テレビのニュースでは竜巻の被害を報道していた。
中部あたりでは多いようだ。
天気予報では今晩すごい雨になるらしい、涼しくなるならラッキー。
7/24 (12115-328)
曇りがちな天気で割りと涼しく、順調に走っていたら道の先がCloseとなっていた。
トウモロコシと大豆の畑の中のわき道に迂回して、10マイルほど走って元の道へ戻り少し先へ行くと、
運悪くちょうどそこからCloseで、橋が修理中。
その辺りはすべて畑で道がないのでまた戻る。
ずいぶん遠回りをしてしまった。
ミネアポリスは昨夜の大雨で、一部の駐車場では水の中から車の屋根が出ているのが見えていた。
木や公園や湖が多く、きれいな所だ。
昼の食事をするために立ち寄ったカフェーの外で会った若い奴と話をしたら、
何のために旅しているのかと聞いてきた。
サイモン&ガーファンクルの歌にあるI’m Looking For The Americaと格好をつけて答えたら、
周りのトウモロコシ畑を見渡して、両手を広げてThis Is The Americaともっと格好をつけられてしまった。
7/25 (12443-211)
街の中にあるかなり大きな湖でウィンドサーフィンやヨットやカヌーをやっている、
不思議な光景をきれいな芝の上に寝そべって見た。大雨の後で水は濁っていた。
ガススタンドで会ったカワサキ1200 の人としばらく一緒に走った。
コロラドから一晩中900マイルほど走り続けて来たらしい。
ミシシッピーの上流を越えた。
200m以上はあったと思えるが、このあたりではまだ小さい。
郊外に出るとまだトウモロコシ畑が多いが、森林が増えてきた。
キャンプで夜11時ころから集中豪雨、雷は光りっぱなしで暗くならないほど。
水が流れた上をテントがふわふわ浮いている状態。3時くらいまで寝る暇も無かった。
7/26 (12654-329)
薄曇りで昨夜の雨は通り過ぎていた。
シカゴへ入る手前から道路が有料になり、料金所が次々に出て来てそのたびに、40セントずつ払う。
夕方4時ころシカゴの街に着いた。
高いビルがあり大都会だが、
町全体がスモッグががった工場の多い古い時代からの街といったかんじで、
広いが首都高みたいに壁に囲まれた道路が走っていた。黒人がやたら多くなった。
7/27 (12983-269)
ハイウェイを降りるて一般道路を走ると、広い前庭のあるきれいな家が多く目に付く。
お土産物が増えたのでインディアナの小さい郵便局で発送したが、
$53ほどの郵送料がアメリカの物価にしては高額なので局員が驚いていた。
キャンプ場が少なくなってきて、探すのが一苦労になった。
東海岸タイムになった。
走ると涼しくて気持ちのいい気温になってきた。
夜8時半には夕日が出ているのでまだ感覚がおかしい。
薄暗くなったころから、キャンプ場のきれいな芝の上をふわふわ飛び交う蛍がでてきた。
7/28 (13252-231)
感じのいい家並みを楽しみながら、オハイオのローカル道路を先へ進む。
6号線のエリー湖畔はGoodな家並みのオンパレードで写真を撮るために停まっていたら、
ハーレーに乗った髭面のオッサンが行き過ぎて、また戻って来てトラブルか?と聞いてくれた。
途中でほとんど98%くらいの人が黒人の街があり、このときは初めてだったので迫力を感じた。
エリー湖畔の道路を走るが、湖側はずっと建物があり、所々しか湖が見えない。
広い湖で見た目は海と変わりなく、ヨットハーバーが多い。
アメリカ東海岸南下へ続く
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アメリカ大陸バイク旅_1987
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1987年 Diary-Ⅱ(ロス~アラスカ)
6/9 (02826-305マイル)
ツーリングスタート。
朝6時過に起床、ついに旅立ちの日が来た。
全部で50kgほどの荷物をキャリアに積み込んで、曇り空の中7:20スタート。
50マイルも走るといい天気になり、
バレーを抜けると周りには何もない荒野が広がった。
ルート65に入ると2車線の一般道路になり、
丘陵地帯で至る所に石油採掘の機械が動いている。
ようやくアメリカを走っているんだという感動が沸き起こった。
初日の勢いもあって結構なハイペースでセコイア公園を目指す。
曲がりくねった山道に入り、
7000フィートの標識を見て14時にはセコイア公園の中心地に到着。
手順が分からず戸惑ったキャンプ1回目。
高速道路でずっとアクセルを開けていると手首が痛くなるので、
アクセルを開けたままゴムの破片を詰めて固定出来るように工夫。
6/10 (03131-170)
割と近くにあるヨセミテ公園を目指して走る。
大きな絶壁の岩山に囲まれた、広い谷間の渓流を持つ公園。
中心地のキャンプ場は満員で、20マイル程離れた所にあるキャンプ場へ。
木の多いところでは時々、リスが車にはねられているが、
木の少ない所ではスカンクがひかれていて、かなり離れていても匂いでわかる。
6/11 (03301-164)
山を下りて丘陵地帯をシスコに向かう。
モーテルに宿泊したが、バイクが心配で部屋へいれてしまった。
そのうちにアメリカは場所によっては、
そんなに心配するほど危険じゃないと判るのだが・・。
6/12 (03465-132)
丘陵一帯に風力発電のプロペラが回っている風景を見て一路シスコへ。
$0.75の有料の橋を通ってシスコ入り。
ケーブルカーのある坂道一帯の勾配は映画で見たイメージ以上にきつく、
重い荷物を積んでいると前輪が浮くんじゃないだろうか?と思うくらいだった。
街中を走り回り、ツインピークスというシスコ一帯が見渡せる小高い山へ行く。
ゴールデンゲートブリッジは霧に包まれていて何も見えない状態だったが、
2時間ほど待っているとしだいに霧が晴れて行き全景が現れた時には歓声を上げてしまった。
趣味でダート・トラックレースをやっている、
という法律関係の仕事をしているダニエルに町中で声をかけられ、
モーテルに落ち着いたあと、電話連絡をして夕方からいろいろな所へ連れていってもらった。
6/13 (03597-226)
海側のルート1を北上するが霧がひどく天気もよくない。
道路が海から離れると天気がよくなるので冷たい海流のせいだろう。
景色は伊豆の海沿いの少し山側に入ったような所、
広くなって回りが牧場になった所、左は断崖で右は丘陵になった所、
北海道の小樽から南の海岸線のような所(俺の気に入った景色)など変化に富んでいる。
6/14 (03823-205)
ルート1から101へ出たところでハーレーの集団が30分以上、とぎれとぎれに走ってくる。
先にある大きなキャンプ場から出入りしているのが分かったが、
至る所でなんだか危なそうな連中が何十人も固まっている。
怖々人数を尋ねたら、だいたい3000人で時には5000人にもなるという迫力抜群だった。
雨模様の天気が続きずっとカッパを着て走る。
もうすぐオレゴン。景色はずいぶん変化して緑が多くなった。
アライグマやスカンクがところどころで車にひかれている。
一人でのキャンプはやはり寂しい気がするが、
テントを張ったあと近くにいたシマリスが、手で持ったパンを食べに来た。
地図の赤丸はどんどん北へ向かって伸びている。
6/15 (04028-225)
ずっと曇りのち霧で、オレゴンに入ってからは右サイドの山が低くなり、
時々晴れ間がのぞき、少しづつ暖かくなってきた。
それまでは気温13℃から15℃といったところ。ほとんど冬なみに着込んでいた。
今日のキャンプ場は地図にも載っていない、
管理事務所や売店やシャワーもなく、キャンプ料金は備え付けの封筒に入れ、
箱へ入れておく所だが、トイレは水洗で電気も来ている。
夕方6時ころ(緯度の関係でまだ陽は高い)には天気がよくなって青空が広がった。
天気がよくなると気持ちも落ち着く。2日間シャワーを浴びていないので、水道で頭を洗って体も拭いた。
一つずつのサイトが回りを木で囲まれているので、
回りのテントやキャンピングカーが見えなくて一人っきりでいるような気がする。
時々散歩している人が見えて「ハイッ!」と声をかけると挨拶を返してくれる。
ほかにも野ウサギやシマリスが、ちょこっと顔をのぞかせる。
でっかいハチのような羽音で飛び回るハチドリもいる。
6/16 (04253-200)
とにかく雨はぱらつくは、寒いは、で走り続けワシントン入り。
ほとんど家みたいに長いキャンピングカーを引っ張っている連中が多い。
さすがにオレゴンは木材を引っ張っているトラックが多かった。
キャンプ場にそんなに大きくない川があって、
オフィスで80cmほどのマスを釣り上げて帰る人を見た。
6/17 (04453-248)
今日は天気がよく気持ちよくルート5を走る。
遠くに雪をかぶった山を見た。
シアトルは割りと大きな都市で港が発達していた。
カナダ国境まで21マイルのBellinghamという街のモーテル泊。
かわいい家が多い街だ。
6/18 (04701-256)
カナダ入り。
国境通過は10:30頃、小さな建物に旗がたっているだけで、
変わった目印のようなものはなく通過も簡単で拍子抜けしてしまった。
イミュグレーションで3カ月の滞在許可をもらう。
久しぶりに来た大きな街の交通量の多さと一方通行に困りながら、
バンクーバーで銀行を探しビサカードでカナダドルをキャッシング。
マイル表示がキロ、ガススタンドでガロンがリッターになり、分かりやすい。
街の一角を抜けルート99に入るとすぐに山のような場所へ入る。
途中のガススタンドで近寄って来た男の子に日本を知っているか?と聞くと
知らないと答えが返って来た。
野イチゴの季節で、たくさん食べて来たところらしくGパンや手が真っ黒になっていた。
山頂付近は雪が残っているのに気温は上がり25℃以上。
100kmほど林道のようなオフが続き、街や集落は一つもなく不安になるが、
美しい川や湖の景色は最高。
小さなキャンプ場で二人とも植林の仕事をしているカップルと知り合い、少し会話をする。
何とか会話になっている。
バンクーバーを素通りして来たことを叱られてしまった。いい街らしい。
6/19 (04957-304)
一日中天気はよし。コインランドリー、シャワーやプールもある普通の?KOAキャンプ場に落ち着く。
昨日あたりから蚊が多くなってきた。
昨日の連中も山で仕事をしていると、顔中ぶくぶくに刺されると言っていた。
虫よけスプレーが効果抜群。
日本茶をごちそうして、「海草?」という質問に説明したが、
木の葉を煎じて飲んでいるイメージが納得できない感じだった。
朝は10℃から15℃だが、昼1時を過ぎて5時くらいまでは30℃はあるくらい暑い。
途中で寄ったカフェで、ハチドリよせの蜜を入れたビンをつるしてあって何匹か集まっていた。
このあたりでは夜10時だというのに明るくて、外でソーラー電卓が使える。
6/20 (05261-228)
Hustonを抜けるとそれまでの丘陵地帯から変わって山が現れ、中腹まで雪が残っている。
随分北まで来た。
スキー場がメインの街でキャンプ。
少し大きなスーパーもあるが物価が高い。
途中、道路工事をしている所が多く、交互通行になっているが、
トランシバーを持って誘導しているのは女性ばかり。
さすがにこのあたりのキャンプ場ではマキが無料で使えるが、
トマホークで下手な薪割りをしていたら見かねた親切なおじさんが上手な割り方を教えてくれた。
手、足、顔に蚊よけプレーをしていたら、Gパンの上からモモを刺されてしまった。
6/21 (05489-217)
今日も一日中降ったり止んだり青空が見えたりの天気で、ひたすら走る。
2日前のキャンプ場で見たホンダウィングのタンデムカップルと時々前後して追い越す。
Meziadin Junctionに向かうにつれて天井まで泥だらけの車とすれ違い、
案の定そこから先はダートだった。
ウィングの2人連れとそこで話をし、少しはずれたところにキャンプ場があるというのでそちらへ行く。
2人はテキサスのヒューストンから来たピートとシェリー。
キャンプ場までの道の両側は谷で小さい規模だと思うが氷河があり、きれいな水色をしていた。
昼飯を食ったカフェではオハイオから自転車で来た人と話をした。
曇って太陽が出ないこともあってずいぶん寒い。
6/22 (05706-413)
昨夜は雨がよく降っていた。
ピートとシェリーと途中まで一緒に走ったが、ダートではどんどん先になり別れてしまった。
泥だらけでガススタンドもほとんど無い200マイル以上のダートをユーコン地区へ。
途中ヤマアラシが道路の真ん中でのそのそ歩いていた。
キャンプ場でニュージーランド、オーストラリア経由で自転車旅行中の日本人に会った。
6/23 (06119-7)
重い荷物を降ろして走り回っていたらチェーンが外れはり直す。
バイクも洗ったが、昨日のダートの一部でアスファルトが小石のように浮いている所があり、こびりついて大変だった。
天気がよくないこともあり同じところにステイ。
この辺りでこの時期は夜11時ころ日の入りで、
12時ころから夕焼けが完全に暗くならないまま朝日に変わる。
おかげで夜遅くまで行動できる。
6/24 (06126-296)
ボコボコした曇り空で寒い一日だった。
途中のレストエリアで、アメリカからキャンピングカーで来ていた老夫婦にお茶を入れてもらって暖かくなる。
WhiteHorseのスーパーで買い物をしていたらTEXASの二人にばったり出会った。
キャンプ場でワーキングビザで革細工を習っているタケという18歳の日本人がいた。
カナダへの旅行者はドイツ人が多いが、ここにはオランダ、ノルウェーと国際的である。
みんな英語をちゃんとしゃべる。
6/25 (06422-401)
WhiteHorseは地図上、この辺りで一番大きな街だが、小さな田舎町といったところ。
キャンプ場で革細工屋のグリズリーが何人かの晩飯をまとめて一人当たり3ドルで作る。
6/26 (06431-351)
なんだかあっと言う間にアラスカまで来てしまった。
国境は相変わらず有料道路の料金所みたいな感じで、あっさり通過。
チェーンがまたダルダルになっている。もう限界に来ているようだ。
タイヤもひとつづつの山が、後ろ側の方だけへこむ変なへり方をしている。
道路工事は多いが、大きな工事場所は、たまにしか来ない対向車を15分くらい片側通行で待つ。
みんなエンジンを止めて外でブラブラ待っている。
キャンプ場で話した人が、同じように一人で走っている日本人に会ったと言っていた。
やはり雨と泥でぐしゃぐしゃになっていたらしい。
久しぶりにシャワーとランドリーでさっぱりときれいになった。
6/27 (06832-359)
この辺りの木は土地が痩せているのか、
湿地帯だからか、寒さのためか細くて余り高くない。
途中、遠くに氷河の山と、そんな木が見える平原を通って来た。
今日もぱっとしない天気で、アンカレッジで12℃。
何人かがカリフォルニアのナンバーを見て、車の中から挨拶をしてくれる。
アンカレッジ南、海岸線の無料のキャンプ場で、サイト 13が結構いい場所だったのに空いていた。
アラスカタイムになった。近くの川へ鮭かマスを釣りに来たという子供と話をした。
6/28 (07191-0)
天気がよければ氷河を見てアンカレッジの方へ戻ろうと思っていたが、
風が強く時折小雨がぱらつくし、日曜日で車が多く、移動をやめた。
カナダのキャンプ場では無料の丸太がいくらでもあって自分で割って使えたが、
ここでは木が少ないため置いてなく、枯れた小枝を拾って使用。
バイクのエンンジンにオイルリークが目立ってきた。
6/29 (07191-264)
小雨が降り続き、風が強く、走っているとバイクが横に流されて危ないくらいの中、移動開始。
ほとんど暴風雨のポテージの氷河湖で写真を撮ったが、
天気さえよければもっと神秘的な光景が見られただろう。
折り返してアンカレッジへ戻るが、いい天気になり25℃くらいに暑くなった。
エスキモー系の顔をした現地の人や観光で来ている白人で、
ごった返したようなお土産物屋をのぞく。
ニック氷河を見に行こうとしたが、車も全く通らない熊が出そうな山の中、
遠くに大氷河が見える所で行き止まりになり引き返す。
途中のカーブを曲がった道路の真ん中でムースのメスとばったり出会う。
5mほどまで近づいてもこちらを見ているだけで逃げようとしないので、
写真を撮ろうとバイクを降りようとしたら脇の林の中へ逃げ込んでしまった。
ラクダに似たような体つきで、馬より大きく感じた。
鮭を釣りに来ている連中で一杯のあまり大きくない川のそばのキャンプ場で、
アンカレッジから来たという2人連れと知り合う。
釣れなかったらしく、やけになってビールを飲んで爆竹を鳴らしていた。
時々、120cm級の鮭を釣り上げて帰る人を見て、
また竿を持って川へ向かうが、しばらくして戻ってくる。
川の浅瀬にはバシャバシャと泳ぐ鮭がたくさん見えるのに、ルアーにはなかなかかかってくれないようだ。
鮭釣りにはライセンスが必要だ。
最近ジャガイモをホイルして、たき火の中へいれて焼くのがメインの食事になった。
バターで食うとうまい。
ジャンボサイズの鳥モモのような七面鳥のモモも安くて、油が少なくてよい。
6/30 (07455-173)
上村直巳が消息を絶ったマッキンリー山のある公園で、
入り口近くや一番奥にあるワンダー湖キャンプ場はFULL。
公園内は一般車両通行禁止だが、途中にあるテクラニカキャンプ場まで行く場合に限り可。
そこが空いているということで、そのキャンプ場から先は行けないが、
そこまでバイク乗り入れ出来ることもあって、喜んでそこを予約。
無料のバスが運行されていて、一番奥まで行くバスは一日に数本しかない。
アラスカ鉄道駅のそばで日本人に出会い、
3週間ほどここへいるが今日のように天気のいい日は2回目だそうだ。明日も晴れることを期待。
公園内は広い荒野でオフロード。
キャンプ場に地リスがいっぱいて、土の穴から出たり入ったりして結構かわいい。
ここの川は氷河から流れ出ているようで茶色やグレーに濁っている。昨日の川はきれいだった。
そういえば最近、木と薪の燃える香りが気に入っている。
夜8時ころから10時ころまで、まだ十分出ていて、斜めに移動する太陽を15分置きに多重露光で撮影。
続きます。
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アメリカ大陸バイク旅_1987
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| ええカッコしーの”いなかもん”の集団、アメリカ! | ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |
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| 長い旅を終えてストレートに出てくるイメージが、 そんな一言で表現できる。 アメリカ大陸バイク旅_1987 「prologue」 1989年1月4日、事故以前の記憶と今の記憶がつながり、 正常な自分を取り戻した。 しかし、事故のショックからか? 事故から静岡の病院の集中治療室で危険な状態を経過したその日までの 記憶が抜けたままになった。 年が明ける前のソロツーリング中の12月25日、 夕方5時すぎに甲府から清水へ抜ける一般国道で歩道の縁石に引っ掛かるという、 普段とうてい考えられないようなミスで転倒してしまったらしい。 前日のクリスマスパーティーで 5年ほど付き合いのあった彼女から好きな人ができたと聞かされ、別れ話になった。 気分がムシャクシャする時は一人でツーリングに出るという、いつもの気分転換だった。 ヘルメットに少しの擦り傷はあったが、頭部の損傷が全くなかったのは幸いだった。 折れた肋骨が肺に刺さるという危険な状態から、生命は取り留めた。 しかし背骨の骨折で脊髄神経を損傷し 下半身が完全に麻痺してしまうという致命的な身体になってしまった。 一年近く車椅子での生活訓練のリハビリを受け自立したが、回復の見込みはない。 それまでフリーでコンピューターソフトの仕事をしていた仕事柄、 車椅子になっても再就職できた。 それも、アメリカがそのまま日本にやって来たような会社に・・。 まだまだ世界中をバイクで走り回りたかったが、 一回きりの北アメリカ一人旅で幕切れとなった。 -------------------------------------------------------- 1987年 4/1 バイク乗りの夢の一つだと思うが、 海外で走ってみたいというあこがれで勤めていた会社をやめた。 南北アメリカ大陸をツーリングする予定だったが、 資金面と中米の危険地域を通過することの情報不足で南はあきらめた。 大韓航空往復オープン格安チケットで成田出発。 天気は余りよくなく、ソウルまで雲の上を飛び、 3時間ほど時間待した後アメリカへ向かう。 隣席にいた留学の丸亀真奈保ちゃんと会話。 機内で日本時間の夕方6時ころ夜を迎え、夜中12時ころ朝になる。 空の上で夜がしだいに明けて行く光景は幻想的な美しさを感じる。 4/1 サンフランシスコの南から大陸の上空へ、 下の景色はとてつもなく広く、何もない広野に道路が何本か走っている。 はるか遠くにかすんで見えるのはロッキー山脈だろう。 この広い大地をオートバイで突っ走るんだ。となんだか興奮していた。 日本を出発して12時間ほど経ったのに、 日付変更線を越えたので、またまた4月1日。 アメリカ時間午前9:10ロス国際空港着。 あれだけラジオ英会話で勉強したのに、 イミュグレーションで言葉が通じなく、 希望した6カ月の滞在期間と限定しない滞在場所が不法就労と疑われて別の個室に連れて行かれる。 時間がかかったが、言われるままにトラベラーズチェックやクレジットカードを見せ、 ツーリング予定の説明をして、それが通じたのかどうだか分からないまま6カ月の滞在許可をもらう。 一緒に連れて来られた韓国人は入国許可されず、そのまま送り返されるらしい。 外で連絡しておいた大学時代の先輩の稲葉氏が待っていてくれ、サンタモニカ海岸へ。 夜は稲葉氏の友人2人(一人はトシさん)と計4人で韓国焼き肉へ、 結構量があり一人$18は安い。 ようやく一息ついて来た感じだ。 4/2 時差ボケで眠く、居候先のカツさん、稲葉氏宅で一日中寝て過ごす。 リサイクルガイドでオフロードタイプのバイクXL600Rの中古車を探す。 ※HONDA XL600Rは日本ではファラオの名前で台数限定発売の希少バイクだった。 4/3 稲葉氏と中古車探しに付き合ってもらう。 バイク屋、電話で連絡してからリサイクルガイド掲載の個人物件を回るが、 安く程度のいいものはなかなかなかった。 リサイクラー物件で走行1300マイル、$1450の程度のいいものを見つけ 6日の月曜に現金払いの予定で契約。 当時日本に比べて安く、品数も多いスポーツ、 アウトドアのスーパーでテントなどのキャンプ用品を買う。 バイクに保険をつけないと違反になるが、国際免許ではどの保険会社にもはいれない。 ということで酒を買うときの身分証明を兼ねてDMVで免許を取ることにした。 住所が必要で稲葉氏の住所を借りる。 4/4 トシさんを頼って観光ビザで職探しに潜り込んだ本間氏とトシさんの3人でサンタバーバラへ、 後ベンチュラの生演奏パブへ。本間氏はサンタバーバラのスシバーで働くことになった。 こういった働き口を見つけた後で永住権(グリーンカード)を申請する人が多く、 入国監査が厳しく先日足止めをくらった訳だ。 4/5 今日から夏時間で1時間遅くなり、昨日の午後6時が午後7時になる。。 4/6 銀行でトラベラーズチェックを現金化するには口座がないとだめだと断られ、 稲葉氏の口座番号を借りて現金化。 マコーミック氏の家へバイクを受け取りに。 DMVで登録しようとしたらピンクスリップ以外にも Bell Of Saleという売り渡し承認カードが必要ということで夕方書いてもらいに行く。 辞書持ち込み可、3択の免許の筆記試験を$10で受ける。 単語の意味は辞書で分かるが、文章のつながりの意味が分からず不合格。 $10で実地試験も含め3回まで受験可能なのでまた明日。 書店経営の山越さんに貸してもらった AAA会員カードで各州ごとの細かい道路地図とガイドブックを入手。 4/7 羅府テレフォンガイドの運転免許試験の手引きで勉強した成果か、とりあえず合格。 Driving Testのリザベーションが30日までできなく、 困った。バイクの登録手続きは終了。 4/8 バイクの保険は国際免許とWrittenの合格でOKになり、契約完。 月$25で6カ月契約。 4/9 会話勉強のためAdlt Schoolのプレイスメント試験を受ける。 政府管轄のためか1年間の授業料と入学金合わせて$0.5はあまりにも安い。 テキストの教材費は実費だが,ホームステイで半分遊び、半分勉強で来ている日本人が多い。 4/10 キャリアを探しにバイク屋を回るが、いいものがない。 英語でキャリアと言わないことを知らなくて、 説明してラゲッジラックと言うことが分かった。 4/11--4/14 4/15 色々捜したあげく、マツさんという日本人がやっているバイクのレーシングショップで、 キャリアを作ってくれることになる。 4/16--4/24 アダルトスクール通学とそこの日本人生徒達と遊んで過ごす。 4/25 キャリア完成。太いパイプで結構しっかり作ってもらった。 4/26--4/29 アダルトスクール通学とそこの日本人生徒達と遊んで過ごす。 4/30 DrivingTest。 シフト、ブレーキ、スラローム、ライン上走行は構内での簡単なものでOK。 路上も適当な一角を一人で走ってこいというもので、 審査官は見ていないし馬鹿にしていたら最後の左側構内へ戻るときに、 対向車との間隔が危険な状態だったということで、再試験。困った。 5/1--5/13 アダルトスクール通学とそこの日本人生徒達と遊んで過ごす。 5/14 Driving Test路上のみ2回目、簡単に合格。 バーガー店ではコーヒーのおかわり自由はあたりまえで、 店によってはコーラ類のおかわり自由の所もある。 5/15--5/27 アダルトスクール通学とそこの日本人生徒達と遊んで過ごす。 5/28 ソーシャル・セキュリティー・カード申し込み。すぐに発行される。 5/29--6/1 アダルトスクール通学とそこの日本人生徒達と遊んで過ごす。 6/2 カツさん宅に住人追加。 グアムから来て、スシバーのリキシャで働くことになったヒロシさん。 6/3--6/4 6/5 免許が郵送されてきた。 6/6--6/7 6/8 夜、イナバさん、ヒロシさんとバーベキューをして出発前祝い。
ツーリング編へ続く E-Mail:dougo2015-usa@yahoo.co.jp アメリカ大陸バイク旅_1987 このHP上の画像および文言の無断転載を禁じます。 Copyright(C) 2015 Wakamatsu All Rights Reserved |
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友人が、アメリカ大陸バイク旅Photo_1987総集編。
彼に代わってUPしました。
1987年に80日間をかけてアメリカ大陸をバイクツーリングした記録です。
キャンプをメインに走行距離は30,179km。
ツーリング日記:http://webdesignstudio.web.fc2.com/wa...
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