ああもう

うるさい!




「少子化が〜」というニュースを見るたび

私がなぜこんなに

腹が立って仕方ないかというと、

そこには明確に

モラハラの響きがあるからだ。





にっこりにっこりにっこりにっこりにっこりにっこりにっこりにっこりにっこりにっこりにっこりにっこり真顔





あーあ、おまえが産まないから

国が衰えた。ダメになった。

あーあ、おまえが産まないから

経済が先細り。貧しくなった。





あーあ、誰かさんが

    家族の絆とか和とか

    お母さん業を放り出して

    自分のことばかり考えて

    自分勝手なことをするから、だよなあ!







……なんで!

ぜんぶ!

あたしの!

せいに!

なっとんねん!



そもそも!

国も経済も!

気にしとんのは!

お前だけやろが!



勝手にやれや!

知らんがな!




という気分をいちいち喚起される。

3人産んだが

それでも腹立つ。

(それだから余計に腹立つのか⁇)





オエーオエーオエーオエーオエーオエーオエーオエーオエーオエーオエーオエー煽り





そもそも

子どもを産むのは怖いことだ。




子どもに障害があったら?

(姉の子には重度知的障害がある。)

生まれつき重い病気だったら?

(妹の子には重度の心肺器不全がある。)

それこそ、サイコパスやモラだったら?




元気で賢く育てやすい子が産まれてくる。

そんな保証は何もないのに

産め産め産め産め。

うまく行ったら国の手柄、

しくじったらわたしのせい。責任はわたし。




オッさんらはこう言うだろう。

おまえは国と経済に守られているんだぞ、

ものの道理が分かっていない。





もうそんな屁理屈には騙されない。

お見通しだ、そんなもん。





だから言うのだ

おい、オッさん!

そんなに欲しいなら

自分で産め!と。

科学を使って、完璧な子供を

自分で産んで育てろ!と。




国や経済が大事なら

出産育児も自分でやれ。

それだけの話だ。

 



自分でできないことを

偉そうにわたしにやらすな。

お断りした結果、わたしが消えて死んでも

わたしは構わない。




子どもがかわいそうじゃないのかって?




もしわたしの子どもが

かわいそうになるのだとしたら、

それはわたしのせいではなく

「てめえら」のせいである。