林業における、いわゆる川下と呼ばれる建築の現場を見学しました。

西条市民ならなじみの深い子安大師さんに新しい祈祷殿が建設されています。設計は松山の花岡直樹建築事務所で松山城や道後温泉本館の防災工事の設計監理を行った企業です。

こちらの現場は祈禱殿のみならず、併設される寺務所もあるため、建築基準法に定める「住宅などの木造建築物で延べ面積が500m2超のもの。」に当たります。

よって、構造計算が必要になり、規模に応じたボルトなどの金物による木材の接合がなされています。つまり、木造の現代建築になります。

とはいえ、デザイン性も重視しなければならないため、現代の設備を隠蔽する試みが各所に施されていました。

例えば、エアコンのダクトを古風なデザインの天井と組み合わせる、グレーチングを砂利で隠す、配線を木材で覆うなどですね。

ただ、祈禱殿の構造自体は鎌倉時代に確立された方式を採用しているそうです。桔木(はねぎ)と呼ばれる屋根を支える梁によって、建物から大きく張り出した軒を支える構造になっています。軒先が美しく反り返ったデザインは太古の建築技術が支えているんですね。

武漢肺炎、ウッドショック以前に設計が完了していたために、木材の確保はどうにか間に合ったそうです。国産材が使用されているこの建物は、完成までにはあと2年弱かかるそうですが、中世と現代建築が入り混じったユニークな建築物のようです。

私事ながら、子安大師さんには子供が生まれるときにお参りして、お礼参りにも訪れました。なんだか懐かしい気持ちです。




環境活動家の山本先生の講演会に参加しました。テーマは「里山」についてです。

まず、里山とは郊外や都市と奥山との中間に位置し、ある程度人の手が入っている場所とされ、1960年代に森林生態学の四手井綱英氏が作った言葉です。

それ以前は「農用林」と呼ばれていました。つまり、人の手によって二次的に発生した状態ということです。

昨今、「里山物語」で有名な今森光彦氏らによって、里山の美しさが見直される傾向にあります。確かに、人工物と自然が織り成す風景はある種のノスタルジーを感じさせるものがありますね。ただ、農業をするには、大量の堆肥が必要になります。かつて焼き畑農業や燃料として木材を伐採していた頃は、各地に禿山が広がっていました。

ここで、先生は一つの地図をお見せくださいました。日本地図に林地の植生が示されたものです。

中国四国地方から関東にかけて、アカマツ林が広がっているのがわかりました。

アカマツの特性として陽性(明るい場所を好む)、耐乾性、耐貧栄養性が挙げられます。つまり、開拓され、貧栄養化が進んだ土地に耐性のあるアカマツが蔓延ったということです。

さて、アカマツと聞いて関連のある菌類といえば何でしょう。

1950年代、当時の方々はその高級食材を大量消費していたと先生はおっしゃいました。しかし、以降はアカマツと共に減少していったとグラフで示されました。なぜなのか。

それは単純に、山に養分が戻ったのが原因です。

約70年前、燃料として消費されていた木材は徐々に化石燃料に置き換わりました。その結果、山からの搾取がなくなっていったんです。

おそらく、「今も炭で料理している」とか「今も薪でお風呂を沸かします」という方は少ないでしょう。

農業、生活、建築が木材に頼る時代から化学肥料、化石燃料、人工資材に変わった結果、山に栄養が戻り、アカマツが減少したということです。

先に述べた、現在里山の美しさがあるのは、かつての禿山に森林が戻り、人工物とのバランスが保たれた結果なのです。

他方、里山の特性として、生物多様性が奥山や都市部に比べて幅広いことが挙げられます。つまり、色んな生物がいるんです。

この要因とは何かというと、まさに人の手が入ることが物質の「攪乱(耕す、刈り取る、伐る)」を引き起こし、様々な生物の生育に適した環境を形作っているということです。

現在、里山における農家は減少傾向にあります。よって、自然に対する働きかけは縮小し、里山の消滅も危惧されている状況です。実際、市民によるボランティア的な手入れをしている場所もあり、一方、手を入れすぎると禿山になり、ノスタルジーを感じるにも労力を必要とする時代なのです。

ある植物をまもるには手も入れなければならないし、それって美しい里山なの?っていう問題もあります。かんがえさせられますね。

令和4年1月末、西条市にゴミ処理に関するパブリックコメントを提出しました。文面は以下のものを提出しました。3月14日、それに対する回答が返ってきました。
まだまだ、満足のいく回答ではないので次々取り組んでゆきます。

 

 

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西条市は愛媛県内でもワースト1,2を争うゴミ出しマナーが悪い自治体であることは周知の事実です。ただ、一人当たりのゴミの排出が多いことは、その自治体の経済活動が活発な証拠と、必ずしも悪いこととは考えません。西条市は複数の自治体が合併してできた市であり、それぞれの地区にモラルの格差があることが問題だと思います。

西条市の委託業者に取材して分かったことがあるのですが、旧西条地区に比べて東予、丹原地区、河原津地区がゴミ出しのマナーが悪いと聞きました。

なぜなのかと思って代表者自身、各地のゴミステーションに出向いて写真撮影やスケッチをして調べてみました。すると、ゴミステーション側の問題も判明しました。

まず、ゴミの出し入れがしづらい、表示板が汚れていて判別できない、表示板が奥にあるのでゴミで隠れて見えなくなる、表示板が無い、ゴミステーションが小さすぎてゴミがはみでる、ゴミステーションの位置が交差点に近すぎてゴミ出しが危険など、問題点をあげると枚挙にいとまがない状況です。まさに割れ窓理論のような現状で、ゴミステーションのいい加減な管理をしていると、そこを利用する住民の方々へも、マナーの低下などの悪影響があるのだと思います。

先ずは、僭越などと思わずに各自治会長を集めて現状の説明とゴミステーションの管理、マナーの周知を改めてお願いするべきではないでしょうか。

一方、市の対応として、人口に応じたゴミステーションの規格化をして、設置に補助金を出す方法もあると思います。

先に述べたゴミ出しマナーについて、現在配布されているゴミ出しカレンダーにはあいま処理はラベルの取り扱いは書かれていません。あまりに大雑把な説明で、ごみを出す方からしても混乱するのは当然です。西条市のHPにそれぞれのゴミ出しについてアドバイスがありますが、そこまで見る方がどれぐらいいらっしゃるでしょうか。

詳細なマニュアルを作り、新居浜市で配布されているような小冊子にして各家庭に配布するべきです。

また、新居浜市の取り組みで効果的と判断されるものに、段ボールコンポストの講習会を定期的に開催していることが挙げられます。これを西条市で開催することで、市内各地区住民の方々のゴミ出し意識を向上させることに繋がるはずです。さらに、そこで段ボールコンポストのセットを市民に配布することで、効果の確実性が増すでしょう。すでに「親子教室を通じて」普及に努めているということですが、子供のいない世帯へは普及しそうにありません。

また、道前クリーンセンター側の問題もあります。竣工から30年経ち、老朽化が進んでいるのは周知の事実です。これも委託業者からの聞き取りですが、センター内のゴミ搬入場所が狭すぎて、業者と一般の車両が行き交うのが難しく、しばしば渋滞が起きるうえに一昨年は事故が発生しました。現在は交通整理の方を配置しているようですが、不在の時もあるようです。これが、処理スピードを落とす原因の一つになっているのではないでしょうか。延命工事などとだましだまし使い続けるよりも、構造から見直して建て直すことが必要であると考えます。

昨今のSDGsの考え方からすれば、発電施設や温泉施設の併設が難しい流動床方式のクリーンセンターは時代遅れであると言わざるを得ません。

道前クリーンセンターができた時代には無かった種類のゴミによって、火災が頻発しています。このままでは、修理やメンテナンスで無駄な時間と税金が消費されることは目に見えています。時代に合わせて新たな施設を建設すべきだと思います。

全体的なゴミ削減はそれらの問題が片付いた後です。






我がNPOクリーンピースの清掃活動を行いました。
新規の参加者もいらっしゃいまして、賑やかな活動でした。
参加者が多いと作業が早いですね~(´∀`*)ウフフ



https://mainichi.jp/articles/20220411/k00/00m/030/142000c
ウクライナのチェルノブイリ原発で立ち入り制限区域を管理する当局は10日、撤退したロシア軍が原発の研究施設に保管していた放射性物質を持ち去ったとフェイスブックで発表した。露軍の撤退後に原発周辺に入った欧米メディアの報道では、放射性物資を素手で触るなど、ロシア兵たちの無謀な行動が次々と明るみに出ている。

 「危険だからやめるように言ったが、無視された」。米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)は8日に掲載したチェルノブイリ原発の現地ルポで、安全管理担当者の話を伝えた。同紙によれば、ロシア軍は1986年に起きた原発事故で汚染された地域で、身の安全への注意を払わず、ブルドーザーなどを使ってざんごうを掘り、敷地内を移動した。露軍にはNBC(核・生物・化学)戦に対応した部隊の人員が含まれ、ロシアの原子力企業ロスアトムの専門家も敷地を訪れた。しかし、あるロシア兵は廃棄物貯蔵施設で放射性物質を素手で拾い、数秒でガイガーカウンター(放射線測定器)の測定値の上限を超えたという。

 原発内部に入った米CNNは9日、ロシア兵が生活していた部屋では他の場所よりも放射線量が高かったと報じた。汚染地域に出入りしたロシア兵の靴に付着した放射性物質が影響したとのウクライナ当局の見方を伝えている。

 露軍はウクライナ侵攻初日の2月24日にチェルノブイリ原発を掌握した。ウクライナ側の発表によると、3月9日からほぼ3日にわたって外部からの電力供給が途絶え、プールで冷却されている使用済み核燃料への影響が懸念された。原発で人質となった技術者などの職員は交代なしで安全管理の作業を継続した。対応に当たった職員の男性は、英BBC放送に「人類にとって悲劇となるのが怖かった」と語った。この男性は、非常用の発電機を動かすためにロシア軍から燃料を盗んで対処したという。

 国際原子力機関(IAEA)によると、チェルノブイリ原発の管理は3月31日にウクライナ側に引き渡された。4月10日には、3週間ぶりに職員の交代が実現したとウクライナ当局から報告を受けた。一方、原発の近くを流れる川に架かる橋が破壊され、施設へ向かう職員は船で移動する必要があるなど、「正常とはほど遠い状態」(グロッシ事務局長)だとしている。機器や通信回線の一部が破壊され、放射線監視データの自動送信ができない状況が続いているという。

 原発周辺を訪れたウクライナのハルシチェンコ・エネルギー相は8日、フェイスブックで「ロシア兵の無知は甚だしい」と述べ、露軍の兵士たちが相当量の被ばくをしたと示唆した。IAEAは「独立した放射線評価にはIAEAの専門家による調査が必要だ」と指摘しており、ウクライナ側と協議して近く現地調査をする意向を示している。【八田浩輔】