人気爆発の嵐を見ていて、「ありがとうございます、皆さんのおかげです」という言葉を都度聞いてきて、何かが違うと思っていました。
この気持ちは何なんだろうとずっとモヤモヤしていたのですが、今回、デジコンの挨拶にて翔さんが解決してくれました。
一旦分かってしまえば、メンバーの端々に現れていた言葉が頭に浮かんできます。
5人は最終形態の嵐を目指して次のステージに行く事を決めたようです。
ハッキリと言葉にして、態度にして、示してきているように感じました。
<5×10>
10年前のデビューコンサートの時、
『嵐ファンで良かった』
と思ってもらえるような嵐になって行けたら
って話をさせてもらったんですけど、
10年経って今、
僕らはそんなグループになれているでしょうか?
・・・最近本当に考えるんですね。
10年前、あのハワイの会見をもう一度・・・
もう一度あの日に戻るとしても、
きっと同じ道を選ぶだろうなと、強く思います。
そう思えるのも、ここに集まってくれている皆さん、
来れなかった人もいるかもしれないけど、
皆さんの御蔭だと思っています。
<LOVE>
・・・まぁおそらくこれから、どうなるかわからないけど、
次のステージに向かうのであるとすれば、
変わらず皆さんから沢山の愛を頂きつつ、
頂いた愛を我々が倍返しにしつつですね、
どんどんどんどんその愛情ってのが膨らんでいったらいいなぁ・・・
なんて思っております。
これからも変わらぬ愛をどうぞよろしくお願いします。
<THE DIGITALIAN>
この1年5人と沢山のスタッフと共に過ごしてきて改めて感じたのが、
『この5人じゃないと嵐じゃない』と。
『だけど、この5人だけじゃ嵐じゃない』
改めて強く感じました。
仮に何かが出来る物凄い特技を持った
ビックリする位のイケメンが僕らの中に加わってきたとして、
ま、ま、グループとしては形カッコイイんだろうけど・・・
だってイケメンだから、
でもそれって嵐じゃないよね。
当然その逆で、誰か一人欠けても嵐じゃないよね。
だけど、僕ら5人だけじゃ嵐にはなれないから・・・
ファンの皆もそうだし、
僕らを支えて下さるスタッフの方々もそうだし、
そういった支えがあって嵐になっていくんだと思っています。
常々言っていますが、
嵐という大きなプロジェクトのフロントに立つ
言わばフロントマンが僕ら5人なだけであって、
この大きなプロジェクト、皆で、
皆で作ってきてるプロジェクトだと思ってますので、
これからも16年17年続いていけるように・・・
続いていけるように・・・か
一緒に作っていけたらなぁと思っています。
この変化が凄いなって。
何がって、翔さんの中でのファンの存在です。
10周年の時はただただファンへの感謝だったのが、LOVEではファンと嵐を同等に扱っています。
いわば、ファンとタレントの需要と供給だと言っていますが、それから約1年、デジコンでは共同演出者のような位置づけで語られているように感じます。
ニノや相葉ちゃんは時々我々を『6人目の嵐』と言ってくれていますが、翔さんのそういう発言は記憶の限りではなかったように思うのです。
多分、翔さんも他メンも、次の一歩を踏み出す覚悟が出来たんでしょうね。
・・・というか、お互い、覚悟できた事を確認できたからの発言なんでしょうね。
進化するための舵を切りましたね。
ハワイライブでのインタビューはきっと根底にある意見なんでしょうね。
ガツガツと上を目指す姿勢ではなく、振り返る、立ち止まる、そこで見えてきたもの。
一人じゃ何も出来ないから
・・・ってか、嵐じゃないと何も出来ないから
嵐だからドラマ出させてもらって
嵐だから映画やらせてもらって
嵐だからバラエティ
嵐だから報道
それこそ嵐だから紅白の司会
『嵐だから』って言うのが僕らの存在理由だから
この発言て、嵐じゃなかったらアイドルとしての自分は存在しないと言っているようなものですよね。
でもこれって、自分は嵐というグループの駒だと言っているようにも感じます。
多分、多分ですが・・・
ハワイのどこかのタイミングで会社員だったらという想像をしたんじゃないのかな、と。
少なくても翔さんとニノはそう言う話をしたんじゃないのか、と。
それは、ニノも言っていますね。
課長があって係長があって部長があって・・・
という言葉。
でも、翔さんは負けん気の強い方。
自身がリリックを書いたHip Pop Boogie(2008年)でもそれがわかります。
『津々浦々八百万の長 万物に宿りし神々の子
人の上 下に人作らぬなら 俺がその天の頂きいただく』
凄いですね。
神様が人に上下を持たせないのなら、俺が神になる
(一番を取るためには上下の無い人間ではなく、神になる)
意訳としてはこうでしょうか・・・?(勝手な解釈です)
そんな事を言う方が、駒で留まるとは到底思えません。
会社員として自分を想像して、それを嵐に当てはめたら自分は嵐の駒だけど、そこで終わりたくない。
嵐を夢の象徴にして、5人が牽引していく。
翔さんは嵐の未来の終着点をここに定めたのだな、と感じました。
嵐というグループは一種の企画で、ファンを含めてエンターテイメント集団であり、この企画の規模と集団の関係性をずっと終わらない夢にさせたい。
一見、壮大な夢を語っているようですが、そういう方法で
「ファンが支えてくれなければ、5人が揃っていても、最高のスタッフがいても、嵐でいるという夢は続かない」
こんなヘルプを発信したんだなとも感じています。
こんな風にそうとはハッキリ言わずしてヘルプコールを発信していくデジコンの挨拶は本当に秀逸です。
潤君がデジコンにおいて何故ファンライトを作成し、心拍を表示したのか。
ファンライトを強制的な全員参加にする事で、自分がファンである事を再認識させると同時に、ファンとの企画を考える事で嵐がファンと一つになりたいという意思表明をするためですよね。
心拍は、潤君がライブの中でこのようなニュアンスで語っていたと思います。
遠くの人も、踊っている人の心拍を見る事で、同じ空間にいるんだなと、もっと近くに感じてくれたらなぁと思って。
きっと気付いたんですね。
ハワイや嵐ランドなど、大きな企画を打ち出すたび、その場に入れない人が嵐を遠い存在に感じているという事に。
華々しい活躍が出来る事自体は本当に素晴らしい事だと思う。
でも、同時に、しっかりしたフォローが無ければファンの中でそのイベントが成立する事は難しい。
大きなことをすれば注目度は高まる半面、応援したくても、一緒に楽しみたくても、その場に入れない人への還元が難しい。
参加できなかったファンは楽しくない。
その気持ち、わかっていますよ、と、示すためにはどうすればいいのか・・・
それが、潤君が今回企画した「心拍」であり、
翔さんが挨拶した
皆で作ってきてるプロジェクトだと思ってますので、
これからも16年17年続いていけるように・・・
一緒に作っていけたらなぁと思っています。
と言う言葉なんですよね。
言葉という事では・・・
ハワイライブのインタビューでの智君。
たまたま表に出る5人が表に出たくない人間じゃん
基本、昔から
ファンを代表して出てますって感じがする。
この智君の言葉、最初聞いた時は理解できなかったんです。
ファンを代表して出てますって、どういう事なんだろう、と。
でも、翔さんの「嵐と言う大きなプロジェクトのフロントに立つ5人」
という言葉で解決できました。
智君て、ハッキリと自分の考えていることを語らない、ふんわりとした雰囲気の中で曖昧にぼかして終わりにしてしまう印象が強かったんですが、ここ数年は違いますね。
相葉ちゃんも。
ライブやってる時に時間よ止まれ!って思うわけ。
・・・その時位かな。
嵐がCDを出します、曲が出来ました、リリースします。
ここで完成じゃないんだなって思って
ライブでその曲をやってお客さんが拍手してくれたり
歓声を挙げてくれたり歌ってくれたりして
その一曲が出来上がるんだって言うのを凄く感じた。
相葉ちゃんの発言は嵐としての在り方の核心に迫っていますね。
自分達が発信したら終わりじゃない。
聞く人観る人がいて、その人の中で曲になっていく。
或いは、ライブ等で盛り上がる事によって、曲の印象が形成されていく。
出来上がった時点、発表されていない時点では本来の曲という役割を果たしていない。
きっと、嵐も同じなんですよね。
5人がリアルに生活していても、嵐の役割を果たしていないんですよね。
TVに出て、ライブをやって、見てくれる人がいて、嵐になっていくんですよね。
そしてニノ。
この方は自分とファンの関係を一番ハッキリ言っていますね。
LOVEコンにて。
凄い楽しいコンサートで、それは何でかなと思うと
見せる人と見る人と という事じゃなくて
皆で作っていく人達なんだよね
ハワイライブにて。
歌を聴きたいと思ってくれてありがとう
歌わせてくれてありがとう
TVに出たいと思ってくれてありがとう
TVに出させてくれてありがとう
僕らと皆って言うのはそういう関係なんだよね
僕らがただカッコイイだろうからこれをやりたい
面白いだろうからこれをやりたいって
自分達を出してもしょうがないんだよね
皆が満足しないと。
・・・皆が来て、皆で楽しんで
皆で一緒のものを作っていくって言うのが
嵐なんだと思います。
こういう事なんだろうなと思うんです。
嵐が目指すものはきっと「嵐が日常に寄り添える世界」。
ライブに行きます、その時は楽しかった。
そういう一瞬の興奮ではなく、
持続する活力なんだろうな、と感じます。
今日はこの番組があるから頑張ろう。
仕事で失敗して落ち込んでいたけど、嵐を見たら、頑張ってるなって思えて、私も落ち込んでいる場合じゃないなと思えた。
嫌な事があって塞込んでいたけど、イヤホンから聞こえてきた嵐の曲に励まされた。
彼氏と初めてのデートで、ドライブ中にかかった嵐の曲が思い出の曲。
お腹にいた時に胎教で聞かせてた嵐の曲を赤ちゃんに聞かせると泣き止む。
嵐がTVに映ると子供が嬉しそうにはしゃぐ。
嵐をきっかけに接し方に悩んでいた方と話せるようになった。
出不精だったのに、ファンと仲良くなって出かけていくようになった。
運動会でかかった曲が嵐。
結婚式の時の曲が嵐。
もっともっと色々あると思うけど、こういう事なんだろうなと思うんです。
その人の日常に直接嵐が関与出来るわけではないけれど、間接的に楽しくさせる。
楽しさや思い出をプロデュースできるようになる。
それが嵐の大きなプロジェクトであって、存在意義なのではないでしょうか。
だから、最近メンバーが「皆で」を強調するようになったんだな、と感じます。
MCを垂れ流すのではなく、ファンとやり取りする場面があったり。
10周年まではいかに売れていくかに目標があったけれど、軌道に乗れば、いかにその勢いを持続していけるかが焦点になります。
その時、嵐が持続するエンジンを手に入れる事が出来たとしたら、「嵐が日常にある世界」が成立していきます。
でもそれは、提供する側の嵐と、受領する側のファンという関係では世界が小さいんです。
私が「ありがとうございます、皆さんの御蔭です」という言葉に、発信側と受信側の意味を感じて違和感を覚えていたのは正にここなんですね。
私にとって、ファンはただ受領する側では無かったんですね。
自分の中で咀嚼をして、別次元で発信していく側だったんだな、と。
それが楽しいと今、思えている自分がいます。
ファンのお蔭で嵐が活動出来ているというのとイコールで、嵐が活力になっているお蔭で、日常生活を楽しめているファンがいるんですよね。
「こういうことしたらファンが喜ぶだろうな」で、発信してくれる嵐。
私、感化されてますよ、大分。
「せっかくこういう事するなら、工夫して、こだわって、楽しんでもらおう」が染みついていますから。(その割に大分おおざっぱですが)
だから翔さんの
皆で作ってきてるプロジェクトだと思ってますので、これからも一緒に作っていけたらなぁと思っています。
という言葉に納得感があったんですね。
売れるものを作る、では成功出来ないのではないかと思うのです。
だって、それって誰がやっても同じですから。
だからこそ、
皆に喜んでもらえるから売れる
その人たちがやるから付加価値が生まれる
その仕組みを作っていく必要があります。
あくまで、売れたのは結果です。
嵐が日常にある世界
とんでもない大きなプロジェクトですが、
そこが終わりのない終着点だと思います。
だから進化する嵐を、努力する嵐を、
これからも見守っていけたらと思います。
嵐が、キャーキャーのその先を突き進んでいける
息の長いアイドルである事を願っています。