Zappa's Cafe

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ひとやすみ~♪ ひとやすみ♪

昨年5月末に旅を終えたのに、写真整理しながら旅の思い出フォトブックを作る中

あれこれ翻訳して調べたり、ロンドンのオンラインミュージアムを楽しみ過ぎて

最近やっと「ロンドン&北フランス周遊ひとり旅③」100p(花と絵画、美術品の写真がほとんど)を完成して注文・・

 

旅の最後の日帰り観光都市、ナンシー(フランス、ロレーヌ地方)で訪問した「マジョレル邸

”フィーリング・イングリッシュ”(私の造語)な私の悪いところで、

「マジョリティ」は聞く機会がほぼ無く、「マイノリティ」の対義語だという事を忘れていてちょっと意味が違いました。私はマジョリティーのお屋敷?=つまり町の有力者の邸宅?と思って(雨天予報だったので、入場観光を増やそうと、行きの特急電車の中で調べていて、各国の旅行者に評判が良かったので予約)訪問したら、ルイ・マジョレルさんの固有名詞だったので驚きました。分からない全ての英単語の意味を調べる余裕は無いので、時々もっと大きな可笑しな勘違いもありますアセアセ

帰国後、頂いた案内を訳したり、アールヌーヴォーの大家についてネット検索で調べ、息子がモロッコに移住したという記述に、マラケシュの「マジョレル庭園」を思い出し、つながりが気になりました

 

モロッコ旅行時、大周遊最終地マラケシュでは、ツアーに入っていて大喜びした「マジョレル庭園」(個人旅行の方の口コミで知ったけど最初の案内に入っていなかったのか?現地で直前まで行けると知らなかった)

買い取って修復したイヴ・サンローランが愛した場所と紹介されいたので、「マグレブの庭園」という意味かなぁと、すごく雑に考えていましたガーン(帰国後に一度ぐらい調べて、前の持ち主の名前と見た気もするけど忘却の彼方よ・・)

 

AIに聞いてみたら、つながりがあると言うので、(ホント?)自分で調べてみました。

間違いなく息子さんの屋敷星

 

マジョレル庭園

フランス・ナンシー出身の画家、ジャック・マジョレル(Jacques Majorelle、1886–1962)が設計・建設。豊かな庭園づくりは彼のライフワークとして約40年続けられ、その間には維持費を賄うために入場料を設けて一般公開もしていた(1947年)

彼はナンシーの「マジョレル邸」を建てた著名なアール・ヌーヴォー工芸家、ルイ・マジョレルの画家志望だった息子で、1917年頃に病気療養のためモロッコへ送られ、カサブランカで短期間過ごした後、マラケシュへ旅し、鮮やかな色彩と街の生活に魅了され、北アフリカや地中海を旅行後にマラケシュに永住、オリエンタリズム画家として名声を得ていました。

1930年代にフランスの建築家ポール・シノワールが設計したキュビスム様式のヴィラが特徴で、1923年から1950年代の離婚まで、画家夫妻の住居でした。

また、彼が色タイルに触発され、庭園や建物で使った鮮やかなコバルトブルーの特別な色調は「majorelle Blue」と呼ばれる

・息子マジョレル

1923年(アンドレ・ロンゲヴィルとの結婚4年後)マラケシュのヤシ林の境界にある4エーカーの土地を購入しモロカン様式の家(住宅兼アトリエ?)を建設。1931年には建築家ポール・シノワールにキュビスム様式の別荘の設計を依頼。土地を少しずつ追加購入し拡大し邸宅周辺の敷地で造園を始めたが、1950年代の離婚後、家と土地を売却せざるを得ず、その後庭園は放置され荒廃した

・イヴ・サンローランとピエール・ベルジェ(ビジネスマネージャー)

1980年代にヴィラと庭園を購入し修復と保存に取り組む。二人はイヴ・サンローランの亡くなった2008年まで所有、2010年以降はピエール・ベルジェ・イヴ・サンローラン財団が所有し、2011年からジャルダン・マジョレル財団(マラケシュ)が管理、ピエール・ベルジェは2017年9月に亡くなるまで財団のディレクターを務めた

マジョレルのかつてのアトリエは、昔はイスラム美術館で北アフリカの織物や陶器、ジュエリーのコレクションを展示(サンローランの個人コレクション)、2011年以降はベルベル博物館(Musée Pierre Bergé des Arts Berbères)の拠点となり、ベルベル文化の品々を展示。 ヴィラにはマジョレルの絵画コレクションも所蔵されているらしい

 

英語版ウィキペディアより