「いつも笑顔だね」なんて言われるとどうしても、この方は目が悪いのだろうか、などと考えてしまう。
僕は笑っているように見えるのだろうか。


背中を合わせて後ろ側、3つ歳下の同期はいつも笑顔だ。
つい最近飲む機会があって、調子はどうか尋ねると、「真剣に辞表を出そうか悩んでいる」と返された。
口調はさておき、その表情はやっぱり笑顔だった。

詳しい事情は省くが、悲惨な話を聞く間に、何も知らなかった自分が怖くなった。
通路を挟んですぐの席、何の問題もなさそうに笑っていた姿を信じていた。

翌日も笑顔の同期を見ながら、本当は表情なんて無いんだな、と、ぼんやり悟った。
営業スマイルという言葉をよく耳にするが、そういったものではない。
何も感じないように振る舞っていると、人は笑顔になるらしい。
それはきっと何よりも無表情だ。

僕は上司に会うたびに、「いつも笑顔だね」と言われる。
笑顔でいるつもりのない僕は、いつもその言葉に身構えてしまう。

僕にはきちんと表情があるだろうか。
卒業。
長かった大学生活も、ようやく終わった。

皆が口を揃えて言う、「人生で一番楽しい時間」は終わってしまった。
まだ実感が湧かない僕も、いつか同じ言葉を口にするのだろうか。

僕の頭を悩ませ続けた事のいくつかは、もうすぐ時間切れという形で自然消滅する。結果を考えると大敗もいいところだが、もうそれで悩む必要が無いという事実には、思わず安堵の気持ちが込み上げてくる。
結局、僕はまた万能薬頼りで成長がない。

高校時代と同じく、大学での最後の1年間は、僕にとって色々な事を試せるいい機会だった。
得られたものは僕が望んだ結果ではなかったけれど、大方は予想していたものではあった。
この経験はきっと、忘れたくても忘れられない記憶になるだろう。

講義で教われない事は沢山あったけれど、学校でしか学べない事も多かった。
そういう意味で、大学での5年間は有意義だったと思える。
全て思い出に変わる今は、しみじみとそう思える。

思い出が綺麗なだけじゃない事が、自分らしくてちょうどいい。
相手が忘れてしまった約束を、いつまでも守っている僕は馬鹿なんだろうか。

意味がない事は分かっている。
ただ、後が無くなってしまう気がして、自分から約束を破る気にはなれない。

正直、去年の秋頃から相手はもう何も覚えていなかったんだと思う。
そのくらい僕は、相手にとってどうでもいい人間なんだろうし、それに関して異存は無い。

いま急に僕が何もしなくなったら、相手はどんな反応をするだろうか。
どんな反応にしろ、多分僕は色んな形で傷付くんだろうな。

傷付く準備は暫くできそうにない。
寒い夜が続く。

冬は好きではないが、夜が長いことはこの季節の長所だと思っている。
それだけ長い時間、星を眺めていられる。


やり切れない気持ちは、少し落ち着いてきた。
友達と馬鹿な話をして笑うことも、無理しなくてもできるようになってきた。

僕は薄情なんだろうか。
もしくは、現実を正しく受け入れられていないのかもしれない。
気にしても仕方のない事だけれど、ふとした瞬間に罪悪感に囚われてしまう。

後ろ向きな考えばかり浮かべても、何も変わらないし、何もできない。
だからといって、パッと前を向けるほど切り替えは上手くない。
完全に落ち着くまでは、まだもう少し掛かりそうだ。

空の色を眺めて、ぼんやりそう思った。
あけましておめでとうございます。

新年から悩みが尽きないのは、きっと日頃の行いが悪い所為だろう。
年明けだからと一新したのは形式だけで、肝心の中身に変化は無い。

正月。
抑揚の無い声で交わされる会話に中身はあっただろうか。
家族で揃って新年の挨拶をしたことすら、本当かどうか記憶が怪しい。
ぎこちないやり取りの方に気を使っていて、他のことは忘れてしまった。

この家の空気はいつになっても慣れない。
父親が生きていた頃から何も変わらない。
原因が分かっていても、それを口にする勇気は僕には無い。

来年には、ここに別の人間が入ることになるのだろうか。
その時には、もっと明るく新年を迎えられているだろうか。
あまり期待はできそうにない。

せめて、今年は去年よりも笑顔で過ごせるように努力しよう。