気ままな日々 -45ページ目

気ままな日々

好きなこと、感じたことを気の向くままにつらつらと...♪*゚

いつか、
今を思い出して泣くことがあるのかな。

笑うことがあるのかな。


あんな事もあったなって笑ってられたらいいな。

でも泣いてる事があったら
それは今が幸せなのかな。

でもそれだったら、
やっぱり笑ってる方がいいかな。


今の結果が変わることはない。


もしかしたら、
もっと前のがよかったのかもしれない。


でもそんな事言っても仕方ないし
それが歩んできた道だし
これから歩んでく道だし。


いつかきっと
この道が分かれていくんだろうな。


その先で笑ってられたらいいな。


泣いてないといいな。




いつ恋見ると
ほんとテンション下がっちゃうんだけど、
見ちゃうんだよね。笑

前のクールからの宣伝でやってた時は
思いテーマそうだから見ないかなー
とか思ってたけど、
結局毎週楽しみになっちゃってるな。

悲しいけど楽しみ

人の感情って難しい。


昨日は早く寝れたのに今日は眠くない。

早く寝なくちゃな。
5年。


あれからもう5年かぁ。

まだ5年なのかな?


でもあの時大学に入って1回目の春休みだったんだよね。

部活とかバイトとかいろいろあったから
あの時も埼玉にいて、
ある程度落ち着いたら帰ろうって思ってたんだよね。


友達と初めてダンスを自分たちで作るために
学校に行ってパソコン室にいたら揺れだして、
どんどんどんどん大きく揺れて
いつ止まるんだろうってくらい長くて
机の下にもぐって止まるのを待って。


何が起きたのかわかんなかったな


でもその場では特に大きな影響はなくて、
ネットをすぐに見たら震源地は東北だって。


友達もあたしもおばあちゃん家が福島で
大きな揺れだってことがわかって、
でもあの時は何もまだわかんなかったんだよね。


交通機関がどうなるかわかんないから
すぐに帰って家の中は特に大きな崩れもなかったけど
そのあとTVとかいろんなメディアで次々にわかってきて
衝撃だったね。


おばあちゃん家にはちょうどおばさんがいてくれてたから
おばさんに連絡をして
その日には返ってこなかったけど
無事だってことがわかって。


でもその時もどんな状態なのかは全くわかってなくて、
後々テレビで見たおばあちゃんが住む街の様子を見て
本当にショックだったな。


震災の約2ヶ月前、
大晦日までバイトだったから
他の家族とは別でおばあちゃん家に行くことになって
初めて電車に乗っていったんだよね。

初めて。

初めて1人で電車に乗って降りた浪江駅。


その駅の周辺の映像が
テレビに映し出されて
あれを見て震災の実態を知って
震災の怖さが身に染みた。



たった2ヶ月前いた場所。

毎年のように行ってた場所


お母さん、おばあちゃん、おばさんにとっては
生まれ育った場所。



1番身近にいる被災者のおばあちゃんとおばさんが無事だったことは安心できたけど、
でも想像以上の衝撃で
自分が受けてる衝撃以上に
お母さんたちはショックなんだろうなって。


今もまだ住めない街。


今日もテレビでたくさんやってて
南三陸の事とかをやってたけど、
5年経った今もまだ復興には程遠いんだよね。


沢山の人が生まれ育って住んでいた街


そこに今は誰もいない



一時帰宅とかでお母さんたちはたまに物を取りに行ったりしてるけど
あたしはあの街にもう5年行ってなくて、
1度だけ写真を見せてもらったけど
怖くてあまりまじまじと見れなくて


どうなってるんだろうな。


いつになったら
またあののどかな街が戻るんだろう。


あたしにとっても第2の故郷。



あの街でホタルを見て、
星空を見て、
花火をして、
自転車の練習をして、
買い物をして、
公園で遊んで、
海に行って、
雪だるまを作って…


こんなもんじゃなくて、
もっともっと沢山思い出が詰まってる場所で
本当に大切な街。





でも、いつ元の街に戻るんだろう
って考えてるだけで
何もできてないなぁ。

何もできてない。


毎年毎年そうやって思うだけで
この5年、何もしてこれてないな。




戦争もそうだけど、
今の比較的平和な日本は
過去の悲惨な出来事は
体験した人しか知らない。

出来事があった事実は知ってるけど、
その時の細かな事は知らない。

もったいないなって思う。


こんなにほぼ全員教育が受けられる国なのに、
教えてもらわないことばっかりなんだよな。


ってよく思うんだよね



5年前の地震の事、
しっかりと受け継がれていくといいな。