前回の続き。
私は3/20(日)から長崎にいます。なぜでしょう。
そう、震災の影響を受け特に外資系の企業は、東京勤務の社員を西日本に移動させ業務を継続させるという大胆な作戦に打って出た。
つまり私も被害者なのです。
とりあえず2週間。4月1日までという約束で。
長崎という街は坂が多い。
江戸時代にオランダと貿易してたこともあり街中に古い洋風の建物が多い。路面電車が走っている。カステラ屋がいっぱいある。何かちょっと異質な港町である。
という訳で、無理やりつれてこられてむかついて会社に楯突いたりもしたけど、意外とあきらめは早く今週末は先輩と観光なんて行ったりした。
行き先は軍艦島。知ってますか軍艦島。正式名は端島(はしま)。
明治時代から埋め立てを繰り返した小さな炭鉱の島。軍艦島の名前の由来は日本海軍の戦艦「土佐」に似ていることからそう呼ばれるようになったんだって。
わずか480m×160メートルの小さな島に当時としては珍しい鉄筋の集合住宅を構え多いときは5,000人以上の人々が石炭を彫りながら暮らしていたという。当時の人口密度は東京の9倍で世界一位だったそう。
昭和49年1月15日、主要エネルギーが石油へと移行したことにより閉山。住人は島を離れ町だけが取り残されることとなった。そこから30年以上。町は面影を残しながら廃墟となり今では日本で最も有名な廃墟スポットとなっている。
行ってきましたよ。寒い中。
たかみな・・・いや、高波を潜り抜けて。
普通にツアーになっていて、参加人数は60人くらい。島に着くとガイドのおじさんが軍艦島の歴史を話してくれた。人が入れるのは島の半分くらいの外周に当たるところで、奥までは入れない。それでも静かな廃墟からは当時人が生活していたことがとても良くわかり、同じ景色を当時の写真と比べて見せてもらったが当たり前のように同じ光景で、唯一違うのは人が一人もいないことだけ。
(Photo by zami)
でもほんと行けてよかった。
実は何年も前から軍艦島に興味があってgoogle earthが登場した瞬間、真っ先に軍艦島をチェックしたことを今でも覚えている。
と、長崎を意外と堪能している私。
あとはグラバー園も行った。来週には帰れるでしょうか。
何か滞在延長みたいなことを誰か言ってたんですけど。。
早く帰りたい。
本気出したら長崎は一週間ですべて見て回れますよ。。



