妻が餌付けした野犬で母犬の子供で

「シロ」という雄犬がいる。

 生後まだ一年弱で、顔立ちに幼さが残っている。

 

同じ時間で、同じ場所で餌を与えていた。

本丸である母犬を捕獲して避妊手術をすることが目的で

ついてまわる「シロ」は捕獲対象外だった。

 

妻は雄犬である「シロ」には

外の世界を自由に謳歌してほしい。自然に任せ生きて欲しい! という意向であった。

私は轢死した動物を散々、見てきたから念を押すが妻は

首輪に繋がれてゲージで長生きするよりも

今を生きてほしい。と主張した。

 

「鎖に繋がれてお前は生きるのかい?」

「ゴールドラッシュ」

矢沢永吉の歌のフレーズが浮かぶが轢死体を思い浮かべると

私は納得がいかない。

 

数日後、シロがビッコをひいて餌場に現れた。

猪罠にかかったらしい。

 

妻は慌てふためく。

ワイヤーが食い込んだ後ろ足は肉が見えるほどの傷跡で痛々しい。

罠にかかった暴れる野犬を解放するのは至難の業。

ゆえに撲殺する猟師もいると聞くが、運良くシロは解放されたらしい。

シロの捕獲は難しいので、スマホで動画を録り島の動物病院に観て貰う。

腱は切れていないようだが抗生剤、痛み止めを処方してもらう。

 

それから食事の時間になるとシロは足をかばいながら餌場に現れるようになった。

母犬も一緒だ。

 

抗生剤のおかげか足も回復の様子を見せ始めた。

怪我をしたシロの引き取り手先も水面下で進んでいると聞く。

マダニ取りの薬も飲ませ、いよいよ今週、シロと母犬を保護しようとした時から

二匹ともプツリと姿を見せなくなった。

 

妻は足の悪いシロが気になるらしく、探しまわるが見つかる気配がない。

「車に轢かれたのかもしれない。捕獲されたのかもしれない」

私が妻に言うが首をふり、

「どこかで逞しく生きているはず」

と言い張り認めようとしない。

 

その朝。

自治会の用事もあり役場に行き別棟のガレージを覗いてみた。

するとそこには捕獲檻に入れられた「シロ」がいた。

妻に動画を送り電話する。

意地悪く

「これが自然に任せるってことだ」

そう喉まで出かかったが、

譲渡先と進めていた話がさらに現実的になっていたから

言葉を飲み込む。

役場の方いわく、猪の罠にかかり首輪もついていることから

役場に捕獲依頼があったそうだ。

役場の方に事情を説明する。通常なら野犬の引き渡しは難しいが、

自治会長として捕獲活動も行っていたことや、私がつけた首輪であることの証拠も証明でき

シロを引き取ることができ病院に連れて行った。

 

その後、シロは一時預かりの方の家に引き取られ心身の回復に努める日々を過ごしている。

 

しかし不思議なのは毎日、同じ場所で餌を貰っていたのになぜ急にその場所を離れていったのか。

シロが罠にかかった場所は隣の地区であり、車でも十分以上の距離を足を引きずり移動したことになる。

 

餌を与えてもらう日々に捕獲されるという危機感が働いたのか。

「このままじゃだめになる」

餌を与えてもらう境遇は野犬としての矜持が許さなかったのか。

知る由もない。

 

だが、短期間で二度も罠にかかるシロに野犬として生き抜く適性はないと私は見る。

人にも慣れており、優しげな顔立ちも野犬と呼ぶには穏やかすぎる。

 

その後、母犬はなんと島の反対側にまで股にかけ雄犬のグループと合流している情報が耳に入った。

港港に女あり、という言葉をまさに実践している(相手は雄犬だが)

なんて奔放なのだろう。

その行動力と実行力は今、テレビを賑わしているお騒がせ女優さんと被ってしまう。

だがその雄犬グループは、なんというか

犬相というの? 面相がワイルドで中々の強面揃い。

映画マッドマックスにでてくる

荒くれ者達のような迫力があって縄張りを墓地にしているから

地獄の番犬ならぬ、墓場の番犬ケルベウスそのものだ。

シロがこの徒党の中でのし上がる図が全く浮かばない。

 

母犬の前旦那犬はシュッとした大人しげな思慮深い印象の犬だったのだが

ゾーンが広すぎるよ。母犬さん。

そんな所も女優さんにそっくりだ。

「♪優しい男の腕の中でも強い男の夢を見る~♪」

往年の名曲が脳裏によぎるが

そこは

「Majiでkoiする5秒前」

だろ! 自分に突っ込んだ。