病気のオンパレードでブログを書く気が失せていた。ま、明るいネタもないけど。
書けるということは、元気に生きている証拠ですね。
多発性嚢胞腎と緑内障で精一杯だったのに、合併症の脳の動脈瘤と心疾患がとどめを刺した。特に後者。調べると結構どう考えても先行きが暗いシナリオ。心臓と腎臓が似たようなタイミングでダメになる感じ。何時間にわたる大変な心臓手術とかしても透析との相性も悪そう。
仮の話、そのタイミングが5年だとして、そこで基本的に自分の体は終わるように遺伝子的にはプログラムされているのだろうか?それがぼくの寿命か。(もちろん先のことは分からない。もっと長くなる可能性もあるし、途中で事故に遭う可能性もある)。
ただ、医療の進歩によって、心臓手術して人工的なものに置き換えて、抗凝固剤飲んで、透析して、予後が悪いなりに生きながらえる。どうも想像がつかない。
それだったら今から5年自由気ままに生きて、5年後にバタっと倒れたいなんて思ったりする。
問題は自由気ままに生きるとは難しい。もう病人の心構えになってしまったからですかね。クレアチニンの数値や嚢胞からくる痛みや熱をい意識しない日はないですからね。それに食事に制限があると外出に及び腰になるし、仕事にもいまいち身が入らない。辞めたとして、友人がいるわけでもなく、おまけに平日空いている人間はそうそういない。生活はさておき、仕事辞めたら社会との接点がなくなってしまうし、困ったものです。
うーむ、どうしたものか。中途半端な人生のツケがここで出た!
ただ、普通に生きられるってとても幸せなことです。毎朝起きて思う最近です。多くを求めなくなったのは成長かな。