Enter、Enter、Enter・・・・仕事を始めて思う。一生のうちでどれだけEnterキーを押すのだろう。 Enterって小指で押すんだよな。俺らの世代って一家に1台パソコンがあった世代だけど、ケータイのメールの方が楽だな~。
プルルル~プルルル~、プルルル~プルルル~
「はい!リバーエンタテインメントです。」友行は勢いよく電話に出た。
「IRおる?」
「IRでございますか、恐れ入りますがどちら様でしょうか?」
「株主だよっ!」軽く怒鳴り声とも感じられる電話先の男が答えた。
「少々お待ち下さいませ。」IRってことは片瀬部長・・・・あれ!?いないや~
「すいません担当者が席を外しておりまして。。」
「はぁ、おらんの?じゃぁあんたでええわ。名前は?」
友行は躊躇したがはっきりと答えた。「わたくし前園と申します。」
「前園さん、おたくの会社どうなってるんかな?わしが買ったときから株価半分やで。もう毎日生きた心地せーへんねん。会社は大丈夫なんかな?」
嫌な電話取っちゃったなと友行は思ったが、片瀬部長から以前研修で聞いた応対を思い出し返答してみることにした。
「さようでございますか、会社としては業績も開示しております通りですので変化はございませんが。」
「変化がないっていい話のひとつくらいないんかい。あんたは何?何年くらいリバーにおるん?」
「今年の4月に入社した新入社員です。」はっきりと答えた。
「そうか新入社員は取ってるんやな、でどこの大学出なん?」
「申し訳ございませんお答えできません。あ、あのう~IR担当者が戻りましたら株主様へお電話させていただきます。お電話番号を・・・・」
友行はこんな電話出なければ良かったと後悔した。
プルルル~プルルル~、プルルル~プルルル~、プルルル~プルルル~、プルルル~プルルル~、プルルル~プルルル~
しかしその後もリバー社のオフィスには電話が鳴り続けた。もちろん新人を含め先輩社員もひっきりなしに電話対応に追われた。後でわかったことだが、この日リバー社の株価は急落し年初来最安値を更新したのだった。友行は電話に出て怒鳴られることを嫌っていたが、途中からどーでもよくなり株主の苦情を聞き流していた。片瀬部長は・・・・、逃げたか??
片瀬部長が席に戻ると椅子に座ることなく社長室へ直行した。何を話していたのか解らなかったが、1時間ほど経ち電話が鳴らなくなってからタイミング良く戻ってきた。
「みんな~、大変だったでしょ!?」片瀬部長は脳天気に言い放った。
ん?っと友行は怒りに満ちた顔をしたが、片瀬部長の話に耳を傾けた。
「株主の言うことは別に気にしなくていいよ。厄介な電話は番号聞いておいてくれればおれが掛けなおすから。うちの株は個人株主が多いんだよ。じいちゃんばあちゃんからデイトレーダーまで1万人超えているから仕方なくて、皆さんにはご迷惑をお掛けしてしまってすまない。」片瀬部長は謝った。友行はこの行為で片瀬部長を見直した。就職してから年上の人に謝られたのはそのときが初めてだったからだ。いつも難題を押し付けてくる上司達より、一番尊敬できる行為だった。
