महादेवाय धीमहि ॥२३॥
mahaadevaaya dhiimahi ॥23॥
【願わくは、マハーデーヴァへと决定せん[1]。】
[1]「dhiimahi」は、モニエルによれば、動詞「dhaa」の願望法である。
今回の記事においては、予告通り、ジャイナ教の歴史に関して一回でまとめたいと思っていたわけだが、一回でまとめるとなると、来年の春ぐらいまで更新できそうにないので、とりあえず前半部分を今回の記事とし、次回と合わせて2回でジャイナ教をまとめることにした。前回の記事同様の長さにしないといけないという無意味な自己へのプレッシャーを捨て去ったわけである。
インド史を研究するものにとって、ジャイナ教はキェルケゴールよろしく「不安の概念」に属する。すなわち、興味は湧かないが、それへの無知が、インド史を考察する上でなにかしらの視点の空白を形作り、比較的観点の欠如、ジャイナ教文献に基づく、補足・補強可能性に関する自己の無能性といった種々の不安を生じさせる次第なのである。筆者の昨年の、文字どおりの金字塔とも言うべき大乗仏教起源史の研究においても、ジャイナ教の文献からの視点が欠如しているという心理的不安が常にその研究の底流に存していた。案の定、今回のジャイナ教の研究において、部派仏教における犢子部(ヴァトスィープトリーヤ)の開祖とされるヴィジャヤプッタについて、ジャイナ教文献の『イシバーシヤーイン』にその教えの記述があり、大乗仏教起源史の研究時点では曖昧模糊としていた、犢子部に新しい知見を加えることができたのと同時に、プドガラ概念に関し、新しい光を投げ掛けうることが判明したのであった(これは次回の記事で述べる)。とは言え、筆者のジャイナ教史のまとめなどは、インドのヒンドゥー教徒が、仏教史を付け焼き刃的にまとめるのと同程度に、体系性に欠け、偏った見方になること必定である。何故なら、仏教に関しては、仏教徒として、ア・プリオリな勘が働くので、それほど、内容的に根本的な視点の欠如を免れることができるのであるが、ジャイナ教に関してはそのようなものは筆者にはないわけで、常識的なジャイナ教徒なら自然に持つであろう歴史観がそもそも欠如しているのであるから。また仏教徒として、誰の文献を見れば、どの深度と範囲でその歴史を概括できるだろうという、当て推量が可能なのであるが、ジャイナ教にはそういう当て推量が働かないのである。だからジャイナ教徒から見ればいい加減なものである。というわけで、これよりジャイナ教史の研究にはいるが、その前にご多分に洩れず、話の導入として、雑談から入りたいと思う。
【『泥んこ道を行けば』に関する「未知の世界」なのか、「イリノイ州」なのか問題に関する決定的な結論】
【思考形態としての「アンヴァヤ・ヴャティレーカ」とは何か?】
【カレー嫌いのインドカレー評】
【大乗仏教の霊的意義】
【オカルト的観点から見たバルトリハリのスポータとプラティバーについて】
以上、五つの雑談から、始めたいと思う。こう列挙すると一年間でだいぶ、ネタが貯まっていたと言えよう。それというのも、筆者が読んだ哲学者の中でトップ・オブ・ザ・トップである、バルトリハリの『ヴァーキヤ・パディーヤ』の翻訳に力を削がれ、全く興味の湧かない退屈なジャイナ教史の研究が遅々として進まなかったからなのである。それではまず最初にデルタ・ブルースのキングであるチャーリー・パットンの『泥んこ道を行けば』について、論じたいと思う。
【『泥んこ道を行けば』に関する「未知の世界」なのか、「イリノイ州」なのか問題に関する決定的な結論】
筆者がチャーリー・パットンの『泥んこ道を行けば』を初めて聴いたの、14歳ぐらいの時だと思う。Pヴァインという日本のブルース専門レーベルから出ていたコンプリートボックスを買ったのがその最初の出会いである。ロバート・ジョンソンやサン・ハウスに比べれば、エモーションには欠けるが、デルタ・ブルースの王道とも言うべきその音楽性は、ミシシッピーの綿花畑の広大さと、その空の広がりと灼熱の太陽を感じさせる点で、エモーションとは別の、詩的想像力を喚起させるが故に、筆者にとってお気に入りとなったのであった。その中で一番好きな曲が『
泥んこ道を行けば 』であり、その冒頭の部分は、筆者が常に今に至るまで、無意識に口ずさむ愛唱曲となっていたのである。それはこういうものだ。
I'm goin' away, to a world unknown.
I'm goin' away, to a world unknown.
I'm worried now, but I won't be worried long.
ずらかるんだ、見知らぬ世界へ。
ずらかるんだ、見知らぬ世界へ。
今はくよくよしていても、それも長くは続くまいさ。
ところがである。筆者は恐らく、月に一回以上は14歳の時から、どこかのタイミングで、この歌を口ずさむのであるが、久しぶりに気になってこの曲について検索したところとんでもない事態が生じていたのであった。この曲の冒頭の「未知の世界へ」の部分が、実は「イリノイ州」と発音されていて、この曲は、ランボー的な詩的「未知の世界」への憧れを述べた曲ではなく、ロバート・ジョンソンが、「カリフォルニア州に存在するスイートホーム・シカゴ」に憧れたように、イリノイ州という具体的な憧れを述べた曲だと言うのがいつの間にか、筆者の知らぬ間に定説として定着してしまっていたのである。サンスクリットについては心許ないが、英語は得意なChatGPTにも「未知の世界」と「イリノイ州」、どっちが信憑性があるか訊ねたところ、「イリノイ州」の方が可能性が高いと、ChatGPT氏も曰うのであった。筆者の愛唱歌の幻想を破壊された瞬間である。かくて、小癪なChatGPTへの反論として、5分でその論を訂正させえたのが以下の論証である。筆者は、バルトリハリの翻訳で、推論能力がとんでもない状態に達していて、一般的なブルース研究家であれば、数週間はかかるであろう反論が5分で思い付くようになっていたのである。そして、その「イリノイ州」論への反駁は、絶対的に決定的なものだ。とりあえず「イリノイ州」論に基づいた歌詞だと以下のような冒頭になる。
I'm goin' away, to Illinois.
I'm goin' away, to Illinois.
I'm worried now, but I won't be worried long.
ずらかるんだ、イリノイ州へ。
ずらかるんだ、イリノイ州へ。
今はくよくよしていても、それも長くは続くまいさ。
南部の黒人の発音の不明瞭さは折り紙つきであるが、この「イリノイ州」論の根底にあるのは、1920年代の黒人が「未知の世界」のような詩的な想像力を持った詩句を書くはずはなく、それは我々の詩人に対する過度な期待の投影であって、彼らの現実的な想像力のレベルを考えれば、それは現実的な「イリノイ州」という詩句が妥当するであろうという、「たかだか~に過ぎない」という思考形態に基づく、夢見るブルース愛好家に現実を突き付けたいという冷酷なレアリストのサディスティックな視点強要に由来するものである。これは、様々な歴史上の後光のかかる人物を、その文献的な証明性の欠如から、存在しないものとセンセーショナルに断定する類いの、よく軽薄な歴史家の行う浅はかな疑古主義的発想と種類を同じくするものだ。しかるに、このようなパターン思考に対して、反証することなどは筆者においては、赤子の手を捻るぐらいに容易である。パットンが、想像力の欠如した歌い手であったかは、以下の通りである。
高水が俺のベッドまで上ってきやがった。
主よ、逆巻く水が、俺のベッドまで上がってきたんでさ。
主よ、俺はこう考えました、氷の橇(洪水時に流れついた流氷の塊)でとんずらするしかねぇやって。
The water was risin', got up in my bed.
Lord, the water was rollin', got up to my bed.
I thought I would take a trip, Lord, out on the big ice sled.
ミシシッピー河の洪水を歌った二部に分かれる長大なこのブルースにおいて、パットンは、ミシシッピー河の上流より流れてきた流氷を、氷の橇に見立てて、「それに乗って逃げるしかねぇ」と、悲惨な状況を、ユーモア交じりに歌いあげている。
(語り:俺はもうすぐこのスプーン一杯のためにムショに行くだろうさ)
全ては一杯のスプーン、あのスプーンにまつわることさ。
(I'm about to go to jail about this spoonful).
In all a spoon', 'bout that spoon'.
また有名な『スプーンフル』において、人は僅かスプーン一杯の何かの欠如ないし、その存在により、人生を狂わせると、比喩と提喩の複合的な処理を経た修辞を使ってパットンは、運命の僅かの狂いが、全体に波及することを歌う。あるものは、つれない女のスプーン一杯の愛や優しさの欠如から刑務所に行き、一回の性交が男女を狂わせ、一杯の麻薬入りのシロップが人生に影を投げ掛ける。それも全てはスプーン一杯の何かが原因であり、運命の歯車の狂いは、スプーン一杯に委ねられているというのが、パットンの人生に対する認識なのであった。このような詩句を繰り出す男が、たかだか「未知の世界」という詩句さえ思い付くことのできぬ、粗野な男に過ぎないと考えるのは、詩的イマジネーションに対する極端な反動に基づいた、バランス感覚の欠如した視野狭窄化と言っていいだろう。しかし、上記は、「イリノイ州説」に対する決定的な反駁というわけでは全然なくて、あくまでパットンという人物像を暗示させるにとどまるものであり、馬鹿者に対する致命的な一撃というわけでもない。では筆者の決定的な反論の前に全文、翻訳と共に歌詞を載せるので、まずは読者諸賢は5分で如何なる反論が筆者によってなされるか思案して欲しい。筆者は最初の三行を十五秒見て、決定的な反駁を思い付いた。知的な読者なら一回の英文の通読でその反論を推測できるであろう。
I'm goin' away, to a world unknown.
I'm goin' away, to a world unknown.
I'm worried now, but I won't be worried long.
ずらかるんだ、見知らぬ世界へ。
ずらかるんだ、見知らぬ世界へ。
今はくよくよしていても、それも長くは続くまいさ。
My rider got somethin', she's tryin'a keep it hid.
My rider got somethin', she's tryin'a keep it hid.
Lord, I got somethin' to find that somethin' with.
俺にまたがる女が、何かを得て、彼女はそれを隠そうとしていやがる。
俺にまたがる女は、何かを得て、彼女はそれを隠そうとしていやがる。
主よ、俺にはそれを暴くための、何かがあるんでさ。
I feel like choppin' it, chips flyin'
everywhere.
I feel like choppin' it, chips flyin' everywhere.
I been to the Nation, oh Lord, but I couldn't stay there
まるで、ばんばん叩いても、木っ端がいたるところに飛び散る気分さ。
まるで、ばんばん叩いても、木っ端がいたるところに飛び散る気分さ。
ネイション(居留地)にもいたことはあったが、神よ、もうあそこには居られなかったんです。
Some people say them overseas blues ain't bad.
(spoken: Why, of course they are)
Some people say them overseas blues ain't bad.
(spoken: What was the matter with 'em?)
It must not been them overseas blues I had.
あいつらは、海外のブルースは悪かないっていいやがる。
(語り:無論、悪いに決まってら)
あいつらは、海外のブルースは悪かないっていいやがるんだ。
(語り:んじゃ、どこが問題だっつうんだよ)
俺が抱えていたものは、あの海外のブルースではなかったに違いねえや。
Everyday seems like murder here.
(spoken: My Lord, of course they are)
Everyday seems like murder here.
I'm gone leave tomorrow, I know you don't a bit more care.
ここでは毎日がまるで殺人のようでさ。
(我が主よ、勿論、その通りです)
ここでは毎日がまるで殺人のようでさ。
明日には行っちまうよ、あんたがこれっぽっちも気にかけちゃいないって知ってるんだから。
Can't go down any dirt road by myself.
Can't go down any dirt road by myself. (Spoken: My Lord, who ya gonna carry?)
I don't carry mine, gonna carry me someone else.
一人じゃ泥んこ道なんぞ行けやしない。
一人じゃ泥んこ道なんぞ行けやしない。
(語り:我が主よ、あなたは誰を背負われるのです)
俺は自分を背負ったりはしないんだ。他の誰かが俺を背負うだろうから。
お分かりいただけただろうか?端的に言えば音韻論の問題である。つまりパットンは韻を踏んでいるのであるが、「illinois」 (/ˌɪlɪˈnɔɪ/) であれば、音韻的に違反ではないが明らかに説得力が低いというのがその答えである。つまり、AAB進行の三行で1小節を形作るのがブルースの典型なのであるが、AABの各終わりの部分が韻になっているのである。例えば、分かりやすい三小節目の「flyin' everywhere」 (/ˈflaɪɪn ˈɛvriˌwɛr/) は「couldn't stay there」 (/ˈkʊdənt steɪ ðɛr/) を導く。同じく4小節目は「blues ain't bad」 (/bluːz eɪnt bæd/) は二度繰り返えされて「blues I had」 (/bluːz aɪ hæd/) で音韻構造において相同の三行目を導く。同様にして二小節目は多少分かりにくいが「keep it hid.」 (/kiːp ɪt hɪd/) が「somethin' with」 (/ˈsʌmθɪn wɪð/) を導き、5小節目は「murder here」 (/ˈmɜːrdər hɪr/) が「bit more care」 (/bɪt mɔːr kɛr/) を導き、6小節目は、「by myself」 (/baɪ maɪˈsɛlf/) が「someone else」 (/ˈsʌmwʌn ɛls/) を導くのである。そして、問題の一小節目の末が「illinois」 (/ˌɪlɪˈnɔɪ/) か「world unknown」 (/wɜːrld ʌnˈnoʊn/) のいずれかという問題において、「worried long」 (/ˈwɜːrid lɔːŋ/) との関係で、音節数だけであれば「illinois」 (/ˌɪlɪˈnɔɪ/) でも条件は満たすが、明らかに「world unknown」 (/wɜːrld ʌnˈnoʊn/) の方が、音韻論的な「worried long」 (/ˈwɜːrid lɔːŋ/) の導出においては類似性が強く、有力なのである。
次に詩の内容の面から言うと、これは女性上位での男女の営みにおいて、男が女の浮気の証拠をつかみ、そのベッドでの行為を三小節目で歌うが如く、何か木こり仕事のように味気ない作業と感じているのである。ここでの男の女の浮気の証拠の発見は、事前のものではなく、突如男に訪れた洞察に基づいている。つまり、男にとって、女の浮気の証拠は寝耳に水の事態なのである。この時に「イリノイ州」に行きたいというのは、あまりに具体的過ぎるし、イリノイ州に行くというのはある種の計画性を有する願望である。寝取られ男は、この女の元からどこか遠くに逃走したいという衝動に駆られているというのがこの詩の真理内実である。従って、ある種の計画性を必要とする「イリノイ州」への逃亡というのは、女の浮気が寝耳に水だった男の逃亡衝動から言えば、余りに実情にそぐわない内容と言えるのである。
かくてパットンの詩人としての語彙選択の可能性の面と、決定的な音韻論的側面、そして詩の内容的側面の以上三点において、「イリノイ州」は「見知らぬ世界」へに比べてその詩的正当性の根拠に欠けると言わざるを得ないのである。
せっかくなので、パットンの名誉のために、上記をChatGPTに英文にしてもらい、外国人にもすぐに分かるようにしておいた。
【A Decisive Argument Against the “Illinois” Hypothesis in Charlie Patton’s Going Down the Dirt Road】
I first encountered Charlie Patton’s Going Down the Dirt Road when I was around fourteen years old, purchasing the complete box set released by the Japanese blues label P-Vine. Compared to Robert Johnson or Son House, Patton may lack a certain emotional intensity, yet his music embodies the very essence of Delta blues. It conjures the vastness of Mississippi cotton fields, evokes the openness of the sky and the blazing sun—stimulating poetic imagination rather than mere sentiment. Among his works, Going Down the Dirt Road has always been my favorite, especially its opening lines, which I have unconsciously hummed for decades:
I'm goin' away, to a world unknown.
I'm goin' away, to a world unknown.
I'm worried now, but I won't be worried long.
However, upon revisiting the song recently, I discovered an unsettling phenomenon: a growing consensus claims that Patton did not sing “a world unknown,” but rather “Illinois,” transforming this song from an almost Rimbaud-like yearning for an unknown realm into a geographically concrete aspiration akin to Robert Johnson’s Sweet Home Chicago. Even AI assistants like ChatGPT, when asked, tend to lean toward the “Illinois” hypothesis.
This claim reflects a familiar pattern in certain strands of realist thinking: a dismissive attitude toward poetic imagination among early 20th-century Black musicians, reducing their lyricism to literalism. It resembles those sensationalist historians who, lacking documentation, declare revered figures non-existent—a tendency to flatten historical richness under the weight of skepticism. Yet this stance is easily refuted. Patton was far from unimaginative. Consider the vivid image from High Water Everywhere (Part II):
The water was risin', got up in my bed.
Lord, the water was rollin', got up to my bed.
I thought I would take a trip, Lord, out on the big ice sled.
Here, Patton turns a flood into surreal humor, imagining escape on drifting ice blocks.Or in Spoonful:
(Spoken: I'm about to go to jail about this spoonful)
In all a spoon', 'bout that spoon'.
With a mixture of metaphor and synecdoche, he crafts a vision where an ounce of love, sex, or drugs—a single spoonful—can throw an entire life into turmoil. Clearly, Patton had the imaginative power to write “a world unknown.” But my decisive rebuttal does not rest solely on Patton’s character. The lyrics themselves provide conclusive evidence against “Illinois,” based on three aspects:
1. Phonological Structure (AAB Progression)
Delta blues typically follows an AAB stanza form, where the B-line is guided both semantically and phonetically by the preceding A-lines. In this song:
flyin' everywhere (/ˈflaɪɪn ˈɛvriˌwɛr/) → couldn't stay there (/ˈkʊdənt steɪ ðɛr/)
keep it hid (/kiːp ɪt hɪd/) → somethin' with (/ˈsʌmθɪn wɪð/)
blues ain't bad (/bluːz eɪnt bæd/) → blues I had (/bluːz aɪ hæd/)
murder here (/ˈmɜːrdər hɪr/) → bit more care (/bɪt mɔːr kɛr/)
by myself (/baɪ maɪˈsɛlf/) → someone else (/ˈsʌmwʌn ɛls/)
This pattern shows a deliberate phonological linkage between the first two A-lines and the resolving B-line. In the opening verse, “Illinois” (/ˌɪlɪˈnɔɪ/) bears little resemblance to “worried long” (/ˈwɜːrid lɔːŋ/), while “world unknown” (/wɜːrld ʌnˈnoʊn/) echoes it in both onset and vowel quality, fitting the blues’ rhyming logic far more naturally.
2. Contentual Coherence (Narrative Impulse)
The song depicts a sudden revelation of a lover’s betrayal, leading to an instinctive urge to escape—“going away” in a moment of shock. In such a context, fleeing to a specific, planned destination like Illinois feels implausibly deliberate. The genuine emotional response is a desperate flight into the unknown, aligning perfectly with the phrase “world unknown.”
3. Poetic Possibility (Lexical Choice)
Given Patton’s demonstrated capacity for metaphor and abstract thought, there is no reason to believe he could not conceive of “a world unknown.” To replace it with “Illinois” on the assumption that poetic imagination was beyond his reach is not only condescending but philologically weak.
・Conclusion
Across three dimensions—form, content, and poetic imagination—the “Illinois” reading lacks justification. The phonological evidence alone suffices to dismiss it, and when combined with the thematic logic of the verse, the case for “world unknown” becomes overwhelming. Thus, the “Illinois” hypothesis collapses under scrutiny. What remains is Patton’s own voice, yearning not for a mapped-out northern state, but for escape into an indeterminate, unfathomable world unknown.
【思考形態としての「アンヴァヤ・ヴャティレーカ」とは何か】
真理を真理と見、虚偽を虚偽と見、虚偽の中に真理を見よ。
ジンドゥ・クリシュナムールティ
「アンヴァヤ・ヴャティレーカ」と訊いてすぐにピンとくる読者は、ある程度、インド哲学に習熟している人だろうと思う。筆者はニヤーヤ学派などのインド論理学における専門用語とばかり、これまで一人合点していたのであるが、バルトリハリの翻訳で「アンヴァヤ・ヴャティレーカ」の用語を翻訳する機会があり、アンヴァヤ・ヴャティレーカについて、色々と思うところがあったのでそれをここでは書いてみたいと思うのである。「アンヴァヤ・ヴャティレーカ」とは、インド人の推理的思考において、頻出する一つの考え方であり、単に論理式として、表現される形式的内容を超えて、広く活用され、普遍的に現れるものである。アンヴァヤ・ヴャティレーカを人に理解させるのに、火と煙の例から、論理学的に説明するのは、実はあまりうまいやり方とは言えないのである。冒頭に引用した、友人の奥さんと不倫をして堕胎までさせた、悪名高きクリシュナムールティの有名な言葉もまた、アンヴァヤ・ヴャティレーカ的なインド的思考の根強さを表すものである。しかし、それがなぜアンヴァヤ・ヴャティレーカ的思考なのかは、この文を最後まで読めば自ずと分かることなのでここでは解説はしない。日本人にアンヴァヤ・ヴャティレーカのなんたるかを教える一番分かりやすい例は、お釈迦様の十二因縁の悟りにおける、順観と逆観を例にするのが良い。
お釈迦様こと、ガウタマ・ジッダールタの菩提樹の下での覚醒の内容は、すなわち、「無明があるので、行があり、行があるので、識があり」から、名色、六処、触、受、愛、取、有、生、老死までの十二の縁起の系列である。つまり人がなぜこのサハー世界で輪廻するかと言えば、この縁起の鎖に繋がっている為である。そして、これが、逆観において、「無明がなければ、行がなく、行がなければ、識がない」、そしてその最終帰結が、老死がないということに帰結するわけである。この時のお釈迦様の順観における推論形式としての「AがあればBがある」という論理式が、「アンヴァヤ」であり、逆観で用いた推論式としての「AがなければBがない」というものが、「ヴャティレーカ」なわけである。この推論式はお釈迦様の開発したものではなくて、当時の一般的なインド人にはありふれた思考形式であったと考えられる。お釈迦様は、単にその推論式に、輪廻の因果論を適用したに過ぎず、お釈迦様の偉大さとは、輪廻の原因に無明があり、それがこの輪廻の鎖の発端であり、破壊すべき根源であると看破したことにある。一般的には「アンヴァヤ・ヴャティレーカ」は、煙と火の関係で表される。「煙があるので、火がある」が「アンヴァヤ」であり、「煙がなければ、火がない」これがヴャティレーカである。とは言え、このように論理式に落とし込んでしまうと、この「アンヴァヤ・ヴャティレーカ」をどのように活用していいのか具体的にイメージがつきにくくなるのも事実である。そして何を隠そう、筆者は、この「アンヴァヤ・ヴャティレーカ」の推論方法を、意識することなく、このブログで再三再四に渡り、説明し、大乗仏教起源史の解明においても「アンヴァヤ・ヴャティレーカ」に基づく推論を実践していたことが判明したのである。
筆者はこれをクリシュナムールティに学んだと言ってもいい、冒頭のクリシュナムールティの言葉こそが、それである。そこに本来あるはずのものがなぜそこにないのか、そしてそこになぜあるものが殊更にあるように見えるのか、という疑問こそが、「アンヴァヤ・ヴャティレーカ」的推論を用いる際の思考の発端になる発想なのである。つまり、デリダを取り上げた際に、述べた「
挙示的ロゴス 」とそれによって隠蔽される要素の理由を問うことが、「アンヴァヤ・ヴャティレーカ」的推論の運用における発端となるのである。それを筆者は「欠如態を見ること」と名付けたのであった。これがインド人特有の思考であり、筆者が過去世以来、身に付けている思考形態でもある。インド人は、積極的な「ある」ものばかりを見るのではなく、消極的な「ない」ものと合わせて、初めて認識における充足を感じるようなのである。そしてこの思考感覚の遍在性こそが、現代人の「ある」に偏った西洋的な思考形式から見ると不可解な「アンヴァヤ・ヴャティレーカ」の頻出と、そうした推論の出現の理由と考えられるのである。つまりそれは推論式のような硬い形式ではなく、ある種の思考感覚であるために、仏陀からクリシュナームルティに至るまで頻出するのである。筆者が、大乗仏教起源史の解明において、使用した「アンヴァヤ・ヴャティレーカ」の推論方法を次に見ていこう。
筆者が大乗仏教起源史を検討するうえで用いたアンヴァヤ・ヴャティレーカの例は、まずヴャティレーカ的な視点からの問題の検討であった。すなわち、「十九番目の部派としての大乗部がなぜないのか?」、「ショーペンが指摘するように、なぜインドに大乗仏教の初期の存在を示す美術品を含む考古学的資料や遺跡が不足しているのか?」という問いを立てるところから、始めたのである。また佐々木閑の『インド仏教変移論』の分派圧力があり、同一事象の別の表現である、筆者が立てた仮説としての「あるものが任意の教団内部で、異説を唱えた場合に働く分派圧力」を「ベクトルP」として、
①そのベクトルPがあるなら大乗部があるはずである(アンヴァヤ)
②ベクトルPが働いていなかったから大乗部がない(ヴャティレーカ)
③別の分派圧力(ベクトルM)が働いたので、教団からの分派ではない大乗教徒が派生した(アンヴァヤ)
という推論から、ベクトルMとは何かを問うことにより、大乗仏教の起源の再構成に成功したのであった。「そこにないものを見出だし、なぜないのか」を問う姿勢、そこからの推論の組み立てこそがアンヴァヤ・ヴャティレーカ的推論の契機となるわけである。
繰り返しになるが、インド人において、そこにあるものだけを見るのではなく、必ずそこにないものを見ることと合わせて、物事の定義や規定が十全に可能となるという信念体系が「アンヴャヤ・ヴャティレーカ」の基盤にある。推理家を除き一般的な西洋的思考では、「あること」に意識を向けることで十分と考え、ないことにまで意識を向ける必要はないとするのが一般的であると考えられる。牛を定義するのに、角・喉袋・こぶ等で十分であり、翼がない・二足歩行しない・喋らないといった非牛性の列挙を余計と見做すわけである。アンヴァヤ・ヴャティレーカの「アンヴァヤ」「ヴャティレーカ」を大雑把に言うと「活性」「非活性」のような感覚で捉えるのが分かりやすいと思われる。かくて、このヴャティレーカ的視点が欠ける場合に、人は「挙示的ロゴス」の詐術に絡められて、物事を正しく見られないということが発生するのである。次にそれを見ていこう。
この世に陰謀というものが全く存在しないような口振りで昨今「陰謀論」が語られるが、愚劣なことである。家庭内の軽い嘘や不倫に始まり、経済活動における様々な広告、あらゆる戦争における陽動作戦まで、嘘と詐術と計略のあるところに存するものは強度の違いはあれ陰謀に他ならない。その中で、荒唐無稽かつ統合失調症的な内容を含むものが一般的に「陰謀論」と括られるわけだが、かかる「陰謀論」は単に流言蜚語として、自然発生的に拡大する場合もあるが、それを隠れ蓑にして、陽動ないし偽旗として、テンプレ的な方法でもって利用されることが観察されるのである。筆者が推測するに、アメリカの一部において、偽旗作戦の古典的なマニュアルが存在し、そのテンプレに従って、仕掛けられたと考えられるものが以下の三つの事例である。 「陰謀論」を用いた偽旗作戦を一般的に定義するならば、「ある集団を分断・撹乱する為にその集団内部にあたかも内部の者として、極端な情報を発信するものを作り、そのものの発信情報により、その集団を分断するか、隠したい情報を隠匿する手法」と記述することが可能である。例えば、トランプを支持する共和党支持者を分断する為に行われた疑いがあるのが、Qアノン運動である。トランプをディープステートと戦う救世主と見なし、ある種の意味深で断片的かつ分断的な物語が発信されたのであった。正常性バイアスを有する理性的な人間ならこのような荒唐無稽な話を信じないだろうし、一方で統合失調症的な人間はこのような話を信じるわけだが、これにより共和党支持者に分断を生じさせることがこの運動の真の目的であったと考えられる。 また次の事例は、日本でのワクチン騒動において、荒唐無稽な説である、GPSが埋め込まれているや、5G電波と連動して操られる等の話によって、反ワクチン派の意見を全て荒唐無稽という印象を正常性バイアスに支配された大衆に与えて、慎重派や反対派のある種の冷静な意見さえも封殺したということがあげられる。これによりなし崩し的に2兆円がアメリカの製薬会社に渡ったわけである。 次にUFO問題があげられる。UFO問題の要点は、フリーエネルギーの実在ということにある。このフリーエネルギーの存在ということが周知されれば、現存の経済体制とその権力構造が転覆する恐れがある。それ故にUFO問題はオカルトとして、失笑と冗談の対象にされなくてはならず、多くの目撃者や関係者の誠実な証言が、様々なUFO問題の荒唐無稽なオカルト説により掻き消されたのであった。UFO現象を認めるということは、現在の経済構造に裏打ちされた支配体制に対する脅威へと直結するわけである。 これらは全て真実の情報を隠匿し、ターゲット集団(共和党・日本国民・アメリカ合衆国民)を分断し、その一枚岩を崩すために仕掛けられたものと推論できる。どれも構造的に同一性が認められ、明らかにテンプレート的な教科書通りの目的と動きが認められるのである。
これらの「陰謀論」を用いた偽旗作戦は、アンヴァヤ・ヴャティレーカ的な観点があれば、容易にその詐術の構造が明らかになる。なぜそこにそれがあり、なぜあるべきものがないのかという視点を導入すればいいのである。我々一般人はそこにないものについて考えることは殆どなく、そこにあるものに限定された基盤からしか推論しないという西洋的な存在論的な観点に慣れすぎていて、ここに死角が生じるのである。
そもそも筆者がアンヴァヤ・ヴャティレーカについて、考えるようになったのは、バルトリハリの『ヴァーキヤ・パディーヤ』の第2巻の12偈で、単語の構成要素を分析する際に、「アンヴァヤ・ヴャティレーカ」が出てきたからであった。そこでは、単語を構成する要素のある部分は意味素を有し、ある部分は意味素を有さない場合に、ある意味素を有する部分によって単語に意味が含意され(アンヴァヤ)、ある部分は意味素を有さないが故に、単語の意味に影響を及ぼさない(ヴャティレーカ)という分析をバルトリハリが行っていたのであった。サンスクリット学者のカルドナは、『インド文法におけるアンヴァヤ・ヴャティレーカ』でパタンジャリなどの用例をメインにアンヴァヤ・ヴャティレーカの意味についての考察を述べている。最終的に文法学における「アンヴァヤ・ヴャティレーカ」は、「言語項が存在するならば意味が理解される」ものがアンヴァヤであり、「言語項が存在しないときに意味は理解されない」ことがヴャティレーカてあるとまとめている。パタンジャリやバルトリハリなどが、「アンヴァヤ・ヴャティレーカ」を用いる際にシチュエーションが一定ではないのは、それが汎用性を有する語であるからである。これを形式的に理解してしまって、実際の思索において用いないのは、もったいないことである。例えば、カルドナの定義やニヤーヤの形式的な論理式の理解では殆ど実地に応用が効かないことが見てとれよう。古代のインド人の書いたものを理解するという点では、それでもいいが、それを実践するには、より本質的で柔軟な「アンヴァヤ・ヴャティレーカ」の理解が必要なのである。すなわち、真理を真理と見(アンヴァヤ)、虚偽を虚偽と見(ヴャティレーカ)、虚偽の中に真理を見よ(アンヴァヤ・ヴャティレーカ)。かくてインド人の思考において、「アンヴァヤ・ヴャティレーカ」は広く応用の効く柔軟な思考の形式ということが言えるわけである。
【カレー嫌いのインドカレー評】
筆者は、実はカレー嫌いである。食べる分にはいいが、食後、匂いが体に長く纏わりつくから、何だか嫌なのである。筆者は二十代前半の時にイタリア料理屋で調理のアルバイトをしていたので、イタリア料理ガチ推し勢であり、得意料理もパスタ料理である。何だかんだ言ってイタリア料理のオリーブオイルを使った軽さが好きである。バターを大量に使う料理は苦手である。そんなカレー嫌いな筆者が、インドに行って美味しかったカレーについて、取り留めもなく述べて行こうと思う。まずはコールカーターの歴史のある
サービルズ・ホーテール のパラーターとマトンカレーないしチキンカレーが、両方、非常に美味しかった(マトンカレーがオススメである)。コールカーターに滞在した時は毎日通ったものである。パラーターというものの美味しさをここで知ったのである。また南東鉄道オフィス近くの屋台のフィッシュカレーがとてつもなく美味しかった。インドでフィッシュカレーなんか危なそうなので絶対に避けていたのであるが、鉄道の切符を買う為に500ルピーを崩さなくてはならず、仕方なく屋台でフィッシュカレーを頼んだのだが、今まで食べたフィッシュカレーの中で一番美味しかった。インド一周の旅であったから、その後、南インドに向かったのだが、ひたすらフィッシュカレーの美味しそうなところで注文し続けたがコールカーターの南東鉄道事務所近くの汚ない屋台のフィッシュカレー以上に美味しいフィッシュカレーにはついぞでくわさなかった。多分これまで生きてきた中で一番美味いフィッシュカレーといえるだろう。
基本的に南インドのカレーはどこも北インドに比べると旨いが、南インドで超絶旨いカレーの記憶はない。ただどこも外れなく、大抵旨い。
最後は、ウッタラーカーンド州の筆者のグルのアーシュラムであるハイラーカーン・アーシュラムのターリーは、現地のインド人が毎日食べる普通のカレーではあるが、油断して不味く作ると半数を占める欧米人が残すので、努力しているせいなのか、欧米人に媚びた味付けでもないのに、何でも旨い。インドで食べたカレーで一番旨いかもしれない。ということで、筆者はこれまで食べたインド・カレーの中で筆者のグルのアーシュラムであるハイラーカーン・アーシュラムのカレーが贔屓目なしに一番美味いと思う。恐らくヒマーラヤの入り口の山奥なので水が美味いのもその要因だと思われる。
インドでは高いから旨いということは絶対なくて、現地のインド人に人気があって回転率の高い店であれば大抵旨い。とは言え、個人的には、円安過ぎてインドなんか当分いけないかもしれないのであるが。
【大乗仏教の霊的意義】
大乗仏教起源史の解明により、仏教に関する見通しが大幅に筆者の中でよくなったので、大乗仏教の意義をここで述べておきたい。大乗仏教起源史の解明とは別の霊的探求から筆者のいたった結論は、
第18節 において述べてある。そこでの筆者の到達した結論は、我々が単にこの輪廻システムに囚われた存在であるならば、速やかに覚醒し、この輪廻システムから抜け出すことが目的となるわけだが、実情はどうもそうではなく、知情意の高度な発達による人格完成こそが、この輪廻システムに我々が参入した大いなる目的である可能性が高いというものであった。とは言え、人格を完成しても、人はそれで無条件に解脱できるわけではなく、この輪廻システムへと束縛するカルマを清算し、この輪廻システムの繋縛を断ち切ることがさらに求められるのであった。すなわち人格完成がまずは第一の関門であり、解脱が第二の関門なわけである。そして、この見地こそが、大乗仏教が到達した結論でもあるわけである。
お釈迦様においては、既にその誕生時点で人格が完成していたものと推定される。これは大乗仏教の見解であり、筆者の見解でもある。それ故にお釈迦様においては、第二の関門の突破のみが、その生の目的であったと考えられ、その方法論の発見こそが、つまり菩提樹の下での悟りの核心であったわけである。お釈迦様の原始仏教においては、人格完成が既に前提とされていて、それが特別に目的とされていなかった疑いがある。無論、八正道は人格完成の方法論でもあるわけだが、そこに大乗仏教の慈悲や利他行の観点が強調されていなかったことは明らかである。お釈迦様はその点において、弟子の人格完成という第一関門の達成については、楽観主義であり、その達成を前提にしていた為に、その困難さを軽く見積もっていた可能性が高いのである。それが大乗における、利己的な声聞乗・縁覚乗批判、すなわち小乗批判へと繋がっていったわけである。大乗仏教は明らかに天才的宗教家ブッダの残していった宿題の解決であった。この第一関門について認識を獲得すると、世における覚者のお些末さが浮き彫りになる。クリシュナムールティは親友の奥さんを寝取って、妊娠・堕胎させたという点で、第一関門不合格である。刑務所収監中のブッダボーイも同様である。またこの世界に対する憎悪に基づく、ペシミズムやニヒリズム的な観点から覚醒を説く覚者は、第一関門不合格である。ラジニーシもとりあえず色々不合格である。異性の弟子に手を出す色々なセックス・不祥事グルは当然不合格である。知的劣性によるトンデモオカルトに染まる覚者は瞑想力がいくら高くても不合格である。つまりたいていのグル然としている人間は、人格的に疑わしいのである。覚醒と人格はセットではない。そして、その両方を達成することが必要なのである。筆者のグルであるハイラーカーン・バーバーはマントラ・ヨーガとは別にカルマ・ヨーガを説いたが、まさしくカルマ・ヨーガこそが、事上磨錬の近道なき人格形成の修養と言えるであろう。思考・感情・意志・行為の面での調和した高度な発達こそがこの輪廻システムに参入した目的であり、悟ったという一方の面の達成をもって解脱にはならない。覚醒=解脱と考えるとするならば、その人は実際には何も悟っていないのだと言えるのである。覚醒=解脱は幻想であり、覚醒によって全てが終わるという考えが、植え付けられた安易な洗脳による幻想なわけである。
人格形成と覚醒の二つの関門を経てのカルマ解消による解脱というのが、我々の輪廻システムの霊的な進路であり、この点から既存宗教の価値評価が可能となるであろう。
アブラハムの宗教(ユダヤ教・キリスト教・イスラーム)において、輪廻が認識されていないという点は根本的な欠陥と言っていい。ユダヤ教とイスラームは、戒律に基づく宗教なので、それはカルマ・ヨーガ的な人格形成に重心がある。但し、ユダヤ教はルサンチマンの反動による選民主義と、他民族への攻撃志向が内在し、イスラームにおいては、ユダヤ教の攻撃性が「剣かコーランか」かで言い表されるような、イスラーム以外の宗派へのジハード傾向となって現れ、キリスト教の隣人愛やアガペー、大乗仏教の慈悲などに比べると高次感情の発達に対する障害があると言えよう。キリスト教は高度な感情や利他の行為性を形成する強い要因があるが、霊的な認識において、無知の暗い闇の中にいるので、そこが問題であると言える。アブラハムの宗教は基本的に、霊知の点で発達障害的と言えるのである。この点で、今回のブログのテーマであるジャイナ教は輪廻の認識も、非暴力に基づく慈悲性にも欠けていないと言える。しかし、キリスト教のアガペーや大乗仏教の慈悲に比べると、その感情の発達可能性が古代の孤高さを表していて、豊かな情操という点ではその厳格な禁欲主義がブレーキとして働いている印象を受ける。インドの既存宗教だと、シク教が最もバランスが良いと筆者には思われる。
筆者所有のラヴィ・ヴァルマー・プレスのシク教のダス・グル
ヒンドゥー教はグル次第である。ヒンドゥー教の根本的欠点は、カースト制度が、その思想に組み込まれているところにある。
儒教を宗教と呼びうるかという問題はあるが、形式化した儒教の弊害を考慮の外に置くと人格形成において、仁の思想を中心に据えているという点では、最高の教えと言える。しかし霊知がないので、アブラハムの宗教と同様の問題があると言える。道教は、霊知においては非常に発達しているが、その基本的な心理傾向には、霊的利己主義を助長する傾向が強いので、そこが問題である。儒教・道教・中国仏教の良い面を綜合すれば、とてつもなくよく設計された宗教システムとなることが予想される。つまり中国の宗教思想には殆ど全てが揃ってはいたのである。
原始仏教においては、最初にその問題を指摘しておいた。それを批判的に克服して大乗仏教は六波羅蜜に基づく、般若と方便の二本柱の故をもって、まさしく霊的な教えとして、ほぼ完璧であると言っていい。この点で大乗非仏説によって大乗仏教を貶めて、上座部を手放しで称賛する態度は決して、真実の霊的な道において、賛同できるものではないと言えよう。しかるに大乗仏教の問題は、その在家主義的な出家者批判を起源とするが故の、瞑想方法の具体性の欠如が挙げられる。菩薩の様々な神通や実践を可能にする首楞厳三昧や普賢菩薩の体現する法界三昧なども、それは賛嘆すべき信仰対象であり、方法論的具体性がないただの名に過ぎない。これは方法論が失われたわけではなく、大乗仏教が、瞑想中心ではなく、人格形成を主眼とする信仰中心の宗教として発達したからに他ならない。それ故に実際の瞑想方法は小乗仏教から取り込むしかなかったのである。ここに大乗の根本的な欠陥があるのである。そうした弱点を克服するために、唯識から発展した禅やヒンドゥー教のタントラを取り込んだ金剛乗が必要となったわけである。
ここで中国仏教とインド仏教の対立として現れたサムイェーの宗論から大乗仏教について考えてみたい。サムイェーの宗論は、シャーンタラクシタの弟子であるインド僧カマラシーラと中国の禅僧摩訶衍が、大乗仏教とはそもそも何かという根本認識の対立によって生じたものである。摩訶衍は完全に菩提達磨の徒であり、その思考は、禅僧のそれである。つまり座禅によって人は頓悟可能であり、それによって般若が生じ、六波羅蜜が完成するという、座禅至上主義である。ここでインド仏教側が問題にしたのは、利他行としての方便抜きに人は仏陀になれるのかという基本路線の問題であった。菩薩の行は、瞑想のみに限定されず、布施・持戒・忍辱・精進が別に必要なのであった。菩薩から如来への道は、慈悲を養う漸悟の修行が必要というのが大乗の基本路線であり、中国仏教の態度はインド側には声聞乗や縁覚乗への退歩と映ったのであった。大乗仏教起源史についてある程度、理解したものにとり、インド仏教側の主張がご最もであることもわかるし、禅の国に生まれた者としては、摩訶衍の思想が菩提達磨以来の正統な禅の思想であるので、その考えも十分に分かる。とは言え、ここに禅を基本にする覚醒論の限界が現れているのも確かである。つまりインド側の主張とは、覚醒によって全てが解決しないという大乗仏教の根本義に即した考えであり、禅の思想は大乗仏教の瞑想修行の方法論の欠如を補う為に反動として生じたものであり、その反動を絶対化してしまい、般若教学の線上で、もう一方の人格形成の方向を二次的なものと見なしたことにこそ、その問題がある。これは現代にまで続いていて、覚醒すれば全てが終わる。覚醒=解脱。覚醒=カルマの終焉という甘い霊的認識の系譜に属すものと言えるわけである。これはお釈迦様がもともと人格完成していて、その人格完成者が、菩提樹の下で悟りを開いたということに関する事実認識の甘さによるものであり、お釈迦様以外の覚者は、人格完成以前に悟っても、それで解脱にはならないわけである。彼らに人格完成の課題は依然残ったままであり、それ故にグルは色々有名になると問題を起こすのである。サムイェーの宗論における般若と方便の双修というインド側の主張は大乗仏教の基本路線であり、その点で正統性はインド側にある。それを以てチベット仏教原理主義的態度で摩訶衍は邪道であるというのも、筆者は与しない。摩訶衍は菩提達磨以来の正しい禅思想の後継者であることに間違いはないのであり、摩訶衍の思想の限界は、禅思想の限界であり、それと同時に瞑想の具体的方法論の欠如した大乗仏教に対する根本的な修正運動でもあったという価値は忘れてはならない。禅思想における、瞑想至上主義による人格完成への志向の希薄化という欠点は、大乗仏教の具体的瞑想の方法論の欠如を補う為の方便として必要なものであったのであるから。
この辺りを理解した上で、大局的観点から見れば、大乗仏教には明らかに人格完成と覚醒による解脱という二つの志向があり、既存宗教において稀有な完成を見せていると結論づけうるのである。これに唯一対抗できるのはシク教ぐらいなものであろう。ちなみに筆者のシク教推しは、16才の時にインドに行って最初に向かったシク教の黄金寺院体験から今生では始まっており、その時に現地で買ったシク教のバジャンのカセットテープで、バーイ・スリンダル・シン・ジョードプリー師の
『メーレー・シャーフ・ハラ・ダルシャン・スカー・ホーイェー』 を愛聴してますます強まった。
アムリトサルの黄金寺院 筆者撮影
インドの音楽ではヒンドゥー教のバジャンより、シク教のバジャンの方が好きである。そして、過去世においては、当時インドでイスラーム教徒であった筆者がシク教第二代のグル・アンガドのダルシャンと恩寵を得ていたので、それが根本的な推しの理由だと思われる。
【オカルト的観点から見たバルトリハリのスポータとプラティバーについて】
5世紀のインドの言語哲学者であるバルトリハリの『ヴァーキヤ・パディーヤ』の翻訳を細々と行っているのであるが、その最も主要な概念である「スポータ」と「プラティバー」についてオカルティストとしての筆者の考えを述べておきたいと思う。バルトリハリにおいて、文は単語に分割不能な統一体であり、その統一体は大雑把に言えば「スポータ」と言われる。それは分割不能な意味の統一体である。我々は円盤を投げる時にそれを弾道軌道や放物軌道、回転運動などに分割して理解するわけだが、実際の運動とは統一された運動であり、分割不能なものである。そして、時間そのものも同様であり、時間を空間的に分割して理解しようとするところに我々の図式論的方法論による時間理解の限界があり、それはベルクソンが『意識に直接与えられたものについての試論』で述べていることである。バルトリハリの天才性は、言語運動にもこの運動同様の分割不能な統一性が存在することを看破したことにある。我々は本来、パロール(口語)としての運動をエクリチュールとして書き記すことによって、紙の上に平面化し、文字化することで本来不可分の運動であるはずの発話行為を、分割可能な単語の総和として理解するようになる。それは二次的な加工の所産であり、一次的なものではないということが、まずもって理解されなくてはならないわけである。バルトリハリの文の不可分性とは、すなわち上記の運動の不可分性の認識に基づくのである。それと同時にその不可分なスポータは、音声言語を可能にし、表象としてのイメージへと転換され、そして最も重要であるが、その神秘的な根源としての言語が存在そのものを形成するという神秘主義言語存在論の立場を取るのである。スポータとは言語の面においては、深層において動詞-格の癒着的関係性に基づく意味の分割不能な塊であり、それが、花咲く如く、統辞規則に基づき、語順(英語・中国語など)と格変化(印欧語など)、格助詞の配置(日本語・ヒンディー語)などの統辞面への展開が行われ、それと同時に音韻規則によって、発話となって現れるのである。そして、これらの言語生成は運動としては分割不能な統一体なわけである。そしてこのスポータとは深層においては言語として現れるが、宇宙創造の面からはスポータは存在となって現れるのである。つまり言語と存在は同根というのがバルトリハリの思想なのである。言語とは存在という実体の単なる写し絵や写像ではなく、精妙な創造の言語がいわば粗大化し、物質化したところに事物が存在するのである。かくて言語=存在を可能にするのがシャブダ・ブラフマンとなるわけである。畢竟、これは大まかに言えばオームの聖なる音から世界が生じたという考え方となる。
筆者は遠隔透視方法を開発し、E先生との遠隔透視実験によってスポータに関して、その実在を確認している。E先生は「バルトリハリ」という単語から、「バルトリハリ」の語義や人物としてのバルトリハリを透視したことは以前述べた。そもそも遠隔透視の対象こそが、いわゆるスポータなのである。これはアメリカの幽体離脱の達人であるロバート・モンローが「ロート」と名付けたものに等しいと考えられる。ロートとはアーカーシャ年代記に保存された情報の塊であり、存在の歴史であり、我々はそれにアクセスすることによって時空を超越して、対象の情報を理解することができるようになる。そしてそのスポータを我々は音声言語や視覚言語に翻訳することで、この物理次元での理解へと落とし込むわけである。神秘主義的な筆者の解釈では、シャーマニズム的な空間において、この「スポータ」や「ロート」ないしはプラトンの「イデア」と呼ばれるものが直接やり取りされることでコミュニケーションが発生し、それはテレパシーと呼ばれるものとなる。そしてこのテレパシー能力こそがオカルト的観点から見た場合のプラティバー(直観)の根源である。物理次元ではテレパシーはシッディ(超能力)だが、霊的世界ではテレパシーとは、ア・プリオリな能力であり、本来我々に備わった基本的なコミュニケーション手段なのである。しかし、この物理世界の肉体という粗雑な衣を纏う我々は、テレパシー能力が非常に微弱なものと成り果てていて、それを補うためのものがすなわち音声言語によるコミュニケーションにあたるわけである。我々は基本的に肉体を備えていても微弱なテレパシー的コミュニケーションを行っているのであり、これが共感や性的感応現象などの基盤となる。そしてこの微弱なコミュニケーションを補うツールが音声言語であり、その核にあるのはア・プリオリなテレパシー能力としての「スポータ」や「ロート」「イデア」と呼ばれるものであり、そこに音声言語が外側から殻の如く核を包んでいるのであると考えられる。そしてこの認識はオカルティスト的な霊界に参入したものにしか分からない内容であるが、明らかにバルトリハリはこのことを知っていて、その言語理論を構築したと考えられる。霊的認識から言えば、バルトリハリの言語理論はこの世界のコミュニケーションの実際を忠実に反映したものであり、霊的世界に参入していない、盲目の人々の言語理論とは一線を画し、唯物論的な見地によって自らの認識を条件付けられた現代の学者には到底たどり着くことのできない真実の理論だと筆者は確信するものである。従ってバルトリハリは霊的な地平に盲目的で自己の知性のみが全てであると過信する人々には、いつまでも誤解される運命にあると言えるのである。筆者は、霊的世界に参入する、その
方法論 も開示しているので、疑う人は自ら「スポータ」について体験すればいいのである。その努力をしないで、ただ思考の枠内に止まって上記の内容を疑う人は、真実に対して臆病者か、不誠実な奴だと筆者は断言しよう。