祝福を受けた時は極と極でした。
しかし相対基準が合ってきたのでしょうか?
いつの間にか、似たもの夫婦になっていました。
そうなるまでによくしていた事が
主体者と二人でお茶の時間を持つことでした。
その時の、私たちの行きつけのお店は
ハンドドリップでコーヒーを入れてくれるお店で
お店の雰囲気もよくて
何杯もリピールができて
午前1時まで営業しているコーヒーショップでした。
私も主体者もすっかりはまっていました。
二人でコーヒーを飲みながら
たくさん話しました。
なぜ、教会に来たのか…
なぜ、祝福を受けたのか…
今、何を願っているのか…
この先、どうしたいのか…
etc…
お互いによく話し合い
相手のことをよく理解し
お互いに足りない部分をカバーしあうことが
大切なんだと思います。
私たち二人がどういった夫婦なのか
誰よりも子供たちが一番近くから見ています。
子供たちが将来結婚して、どのような家庭をもつのか
私たちの背中を見ながら学んでいるんだと思うと
二人の問題も二人だけの問題ではありません。
本当に
責任重大な位置にいると感じています。
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