神様のみ旨、お父様の夢、顕進様の願いであるOne Family Under God…
国家、民族の壁を超えなけばならないということを
韓国で生活しながらいつも考えさせられます。
日本を離れ韓国に住んでいるからといって、国境を超えたとは言えない…と
最近、様々な経験を通してよく考えさせられます。

何気ない会話の中で
韓国人はこれだから…とか
日本人はこれだから…とか
そんなことが口から出るようでは
まだまだ国境を超える事ができていないのだと思います。

確かに、文化的な背景、民族性の違いというものはあるでしょう。
でもそれ以上に、個人の人格的な問題が大きいと思います。

それを、韓国人だから、日本人だからといってしまえば
もうそれ以上の成長、自分の人格的成長はそこでストップしてしまうでしょう。
そういう観点からでしか人を判断できないという事です。

何の為に祝福を受け、血統転換を望んだのでしょう。
氏族、民族、国家の壁を超える為には
発想の根本から直していかなければ、絶対に不可能だと思います。
祝福を受けたからといって
人格が神様のように変わってしまう事はないはずです。
祝福家庭であるという為には
それにふさわしい人格を形成していかなければならないのではないでしょうか。

韓国人、日本人という観点で人を判断するのではなく
その人個人の人格を見て判断できるようになってこそ
少なくとも国境を超えたと言ってもいいかも…です。


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