👳役に立たないものを大事に伝える


 文字や言葉というものは、自分の思いを他人に伝達する手段である。

 自分の中に「伝えたい」という思いがあるから出て来る訳だ。

 それが他人に伝わるのは、他人の心を揺さぶるような感動の心が自分にあって、それが言葉や文字に載って伝わり、他人の心に共感の心を呼び起こすことが出来るからだろう。

 〔気功&ふぁんそんテクニック〕に関して僕には伝えたいことが山ほどある。

 僕が自分の体と感覚を通して身につけてきた技や、それを探究し、深めていく為の様々な理論である。

 〔気功&ふぁんそんテクニック〕を一つの山だとすれば、麓の登山口から山頂へ向かう様々な道筋を明らかにし、それを伝えねばならないと考えているのだ。

 問題は、この〔気功&ふぁんそんテクニック〕の山を登りたいと思っている人が殆どいないということだ。

 問題は、僕の伝えたい〔気功&ふぁんそんテクニック〕は、仏道と同じで、自立した人間性の確率には繋がるが、俗世間的な欲望の為には何の役にも立たないということだ。

 追求するのは〔心地よさ〕と〔楽しさ〕だけであり、他の何の効果もないからだ。
 効果がないというのではなく、それを求めてはいない、目標にしていないということだ。

 〔気功&ふぁんそんテクニック〕の内容的な目標という視点で言えば、丹田力の強化と〔空の体感〕という二点に絞られるだろうか。
 勿論、そこへ到達していく為に、体内の緩み感覚や〔ふぁんそん感覚の体感〕、〔ふぁんそんの感覚〕=気の感覚を用いて心身の塊や縛りを取り除いていく技、天地自然の気を採り入れていく技などの習練は必用だが、それらも、その一つ一つが心地よく楽しいという気持ちだけの話であり、それ以外の何の効果も求めない。

 打算と欲得、駆け引きの蔓延る社会の中で、そういう精神に侵されている人が多い中において、こんな役にも立たない〔気功&ふぁんそんテクニック〕を伝えようとしているのだ。