度を越したお人良しで皆からバカにされていた男が、性格を一変させ大胆不敵に立ちまわり、やがては企業のボスにまで出世してゆく様を、ユーモアと調刺を
混じえて描いたファンタスティック・コメディー。近年、流行のペレストロイカの現状を椰楡するシーンも登場する。
ヴァギフ・ムスタファエフ監督は、「ふたりの駅」「持参金のない娘」でおなじみのエリダル・リャザーノフ監督に師事して、モスクワの高等監督コースを修
了したばかりで、この作品が長篇デビュー作である。主役のマムカ・キカレイシヴィリも、グルジア出身の舞台俳優で、映画初出演。脚本のラミズ・ファタリエ
フは、これ迄に20本に及ぶシナリオを書いたベテランで、'88年よりアゼルバイジャン映画スタジオの所長でもある。
[あらすじ]
ハッタムは善良で優しく、誠実で純真な青年。彼はお人良し故に周囲の人々から馬
鹿にされたりして散々な目にあう。夫の将来に希望が持てぬ妻からも離婚され、今は独り身。 今日はハッタムの勤めるレモネード工場に、放送局の記者がペレ
ストロイカの進行に関する取材にやって来た。記者の口車に乗った彼は有りのままを、つまり、ペレストロイカなど全く行われていないことを喋ってしまう。そ
れでなくとも、生真面目なハッタムは、今や綱紀も乱れた工場内で皆からうとまれていたので、すぐ衆議一決、首にされてしまう。
そんな折、彼は、手すさびに作った打ち出し細工を金属細工工場長のガザンファールに認められ、その工場に採用された。彼の作る"小便小僧"は飛ぶように
売れ、やがてハッタムは職長から工場長へと、とんとん拍子に出世する。しかし、その間、彼は金品着服からにせ物作りに至るまで、ありとあらゆる不正をおぼ
え、すっかり悪党へ変身していった……。
[スタジオ/製作年]
アゼルバイジャンフィルム・1988年製作
[スタッフ]
脚本:ラミズ・ファタリエフ
脚本・監督:ヴァギフ・ムスタファエフ
撮影:アレクサンドル・イリホフスキー
美術:ラフィク・ナシロフ
[キャスト]
ハッタム:マムカ・キカレイシヴィリ
ガザンファール:ガサナガ・トゥラボフ
娘:ラリーサ・ボロージナ
所長:ガムレト・ハニザーデ
[ジャンル]
長編劇映画
[サイズ]
35mm / スタンダード / カラー
[上映時間]
1時間35分
ウラル地方のコルホーズの機械技師フョードル・ロジノフが主人公。映画はフョードルのある一日を描いて、一人の市民の戦後30年の生活の軌跡まで浮かびあがらせようとする。
フョードルは取り立てて云うべき才能があるのでもない平凡な男だが、戦争の時代を生き抜き、現代の平和な日々にも、あの戦いの苦しい時と変らぬ祖国愛や 精神的な支えを持ち続けている。ガヴリール・エギアザロフ監督は「フョードルのような人々は"地の塩"と云うのだろうが、こうした世代が現代社会にあって も精神的には決して老いていないことをこの映画でわかってもらいたかった」と語っている。
エギアザロフ監督は1916年生まれ。29年、アゼルバイジャン共和国のバクー撮影所に就職して映画の仕事を始めた。40年、国立映画大学撮影科を卒業 してモスクワのゴリキースタジオのカメラマンとなり、以後撮影活動が続く。巨匠アレクサンドル・ドヴジェンコ監督の遺作『海の詩』も代表作の一つだが、 72年、「白銀の戦場、スターリングラード攻防戦』で監督としてデビュー、同作品は恩師を記念するドヴジェンコ賞を受賞した。『朝やけから朝やけまで』は 監督第二作である。
フョードルには『ワーニャ伯父さん』でワッフルを演じたソビエト軍中央劇場のニコライ・パストゥーホフ、また『誓いの休暇』のジャンナ・プロホレンコ、 『白銀の戦場、スターリングラード攻防戦』のボリス・トカレフらが出演しているほか、戦場に倒れた兵士を悼んで唱われる歌は詩人ブラト・オクジャワの作詞。
[あらすじ]
8月の早朝、村の道をフョードルの娘ワーリャがさっそうと歩いていく…。
コルホーズの機械技師フョードル・ロジノフ家は人も羨むほどの仲むつまじい評判の一家だ。コルホーズで記録係をしているワーリャは父親ゆずりの働き者、姉のナージャもコルホーズで評判の娘だった。
だがフョードルにもいろいろ心配事がある。戦争で受けた傷跡が疼いてあの頃のことを思い出すこともしばしばある。娘たちも気がかりの種だ。ワーリャの男 友だちモーチャは別に悪い相手とは思わなかったが、フョードルのような年配者の眼からみれば、当世風と云うのかもしれないが、何やら"軽薄な男"にみえ る。ナージャは夫と別れ、幼な息子のセリョージャを残したまま、村から出て行ってしまった。いったい娘はいつか自分の子供のところへ帰ってくるのだろう か。
フョードルはあるいは娘たちの身辺のあれこれやコルホーズ員の不注意や失敗までをあまりに身近に考えすぎるのかもしれない。娘たちにしても自分の運命は 自分で切り開いていくだろう。そんないつもと変らぬ日、豊かな収穫を祝うかのような機械の快地よい響きに耳を傾けていた時である。フョードルはかってかれ が従軍していた連隊の仲間たちが集まるという報らせを受ける。
数時間後の再会を前にスヴェルドロフスクヘの車中、フョードルははやる心を抑え、町に出たらナージャの近況を確かめるようにという妻の願いやみやげにオレンジをという孫との約束を忘れまいと自分に云いきかせる。
だがフョードルが指定された"将校の家"に着いたのが遅かった。仲間はもうそこにいなかった。
フョードルはやむなく、みやげのオレンジを買おうとレストランに立ち寄った。がそこで、やはり昔兵士だったという守衛と立ち話、思わず話がはずんでし まった。いや二人とも戦いに倒れた多くの戦友のことを思ったら、もう話はつきない。フョードルはついにレストランのホールのドアを押してみる。華やぐ音楽 に合せてステップを踏む若者たちに混じって席を取る。やがてバンドのはげしいリズムの合間に、かれははっきりと銃声の音を聞いた。あの最後の戦いで死んだ 機関銃手ワルターノフの顔が浮かんでくる…。
若者で賑わうホールで中年のピアニストがフョードルに請われるままに、隠やかな声であの歌をうたい始める。苦しい戦いの道から再びわが家へ還らなかった 人々に思いをこめるように。そしてこの歌がフョードルの心に何を思い出させたかはわからない。かれはふっとレストランから出ていく…。だがこのあと、ま さに偶然と云うべきだろうが、フョードルは戦友たちと夢のような再会をした。
やがて夏の早い朝が明けようとする頃、フョードルはナージャをともなって朝やけの道をわが家へ帰ってくる。
[スタジオ/製作年]
モスフィルム・1976年製作
[スタッフ]
監督:ガヴリール・エギアザロフ
脚本:ガヴリール・エギアザロフ
撮影:ピョートル・サトゥノフスキー、ワレーリー・シュワロフ
音楽:ワレンチン・レワショフ
[キャスト]
フョードル・ロジノフ:ニコライ・パストゥーホフ
フヨードルの妻:リュボーフィ・ソコローワ
モーチャ・ザハロフ:ボリス・トカレフ
ワーリャ:エフゲーニヤ・サベリニコワ
ナージャ:ジャンナ・プロホレンコ
ストゥコフスキー:イーゴリ・レドゴロフ
[ジャンル]
長編劇映画
[サイズ]
35mm / カラー / 全10巻
フョードルは取り立てて云うべき才能があるのでもない平凡な男だが、戦争の時代を生き抜き、現代の平和な日々にも、あの戦いの苦しい時と変らぬ祖国愛や 精神的な支えを持ち続けている。ガヴリール・エギアザロフ監督は「フョードルのような人々は"地の塩"と云うのだろうが、こうした世代が現代社会にあって も精神的には決して老いていないことをこの映画でわかってもらいたかった」と語っている。
エギアザロフ監督は1916年生まれ。29年、アゼルバイジャン共和国のバクー撮影所に就職して映画の仕事を始めた。40年、国立映画大学撮影科を卒業 してモスクワのゴリキースタジオのカメラマンとなり、以後撮影活動が続く。巨匠アレクサンドル・ドヴジェンコ監督の遺作『海の詩』も代表作の一つだが、 72年、「白銀の戦場、スターリングラード攻防戦』で監督としてデビュー、同作品は恩師を記念するドヴジェンコ賞を受賞した。『朝やけから朝やけまで』は 監督第二作である。
フョードルには『ワーニャ伯父さん』でワッフルを演じたソビエト軍中央劇場のニコライ・パストゥーホフ、また『誓いの休暇』のジャンナ・プロホレンコ、 『白銀の戦場、スターリングラード攻防戦』のボリス・トカレフらが出演しているほか、戦場に倒れた兵士を悼んで唱われる歌は詩人ブラト・オクジャワの作詞。
[あらすじ]
8月の早朝、村の道をフョードルの娘ワーリャがさっそうと歩いていく…。
コルホーズの機械技師フョードル・ロジノフ家は人も羨むほどの仲むつまじい評判の一家だ。コルホーズで記録係をしているワーリャは父親ゆずりの働き者、姉のナージャもコルホーズで評判の娘だった。
だがフョードルにもいろいろ心配事がある。戦争で受けた傷跡が疼いてあの頃のことを思い出すこともしばしばある。娘たちも気がかりの種だ。ワーリャの男 友だちモーチャは別に悪い相手とは思わなかったが、フョードルのような年配者の眼からみれば、当世風と云うのかもしれないが、何やら"軽薄な男"にみえ る。ナージャは夫と別れ、幼な息子のセリョージャを残したまま、村から出て行ってしまった。いったい娘はいつか自分の子供のところへ帰ってくるのだろう か。
フョードルはあるいは娘たちの身辺のあれこれやコルホーズ員の不注意や失敗までをあまりに身近に考えすぎるのかもしれない。娘たちにしても自分の運命は 自分で切り開いていくだろう。そんないつもと変らぬ日、豊かな収穫を祝うかのような機械の快地よい響きに耳を傾けていた時である。フョードルはかってかれ が従軍していた連隊の仲間たちが集まるという報らせを受ける。
数時間後の再会を前にスヴェルドロフスクヘの車中、フョードルははやる心を抑え、町に出たらナージャの近況を確かめるようにという妻の願いやみやげにオレンジをという孫との約束を忘れまいと自分に云いきかせる。
だがフョードルが指定された"将校の家"に着いたのが遅かった。仲間はもうそこにいなかった。
フョードルはやむなく、みやげのオレンジを買おうとレストランに立ち寄った。がそこで、やはり昔兵士だったという守衛と立ち話、思わず話がはずんでし まった。いや二人とも戦いに倒れた多くの戦友のことを思ったら、もう話はつきない。フョードルはついにレストランのホールのドアを押してみる。華やぐ音楽 に合せてステップを踏む若者たちに混じって席を取る。やがてバンドのはげしいリズムの合間に、かれははっきりと銃声の音を聞いた。あの最後の戦いで死んだ 機関銃手ワルターノフの顔が浮かんでくる…。
若者で賑わうホールで中年のピアニストがフョードルに請われるままに、隠やかな声であの歌をうたい始める。苦しい戦いの道から再びわが家へ還らなかった 人々に思いをこめるように。そしてこの歌がフョードルの心に何を思い出させたかはわからない。かれはふっとレストランから出ていく…。だがこのあと、ま さに偶然と云うべきだろうが、フョードルは戦友たちと夢のような再会をした。
やがて夏の早い朝が明けようとする頃、フョードルはナージャをともなって朝やけの道をわが家へ帰ってくる。
[スタジオ/製作年]
モスフィルム・1976年製作
[スタッフ]
監督:ガヴリール・エギアザロフ
脚本:ガヴリール・エギアザロフ
撮影:ピョートル・サトゥノフスキー、ワレーリー・シュワロフ
音楽:ワレンチン・レワショフ
[キャスト]
フョードル・ロジノフ:ニコライ・パストゥーホフ
フヨードルの妻:リュボーフィ・ソコローワ
モーチャ・ザハロフ:ボリス・トカレフ
ワーリャ:エフゲーニヤ・サベリニコワ
ナージャ:ジャンナ・プロホレンコ
ストゥコフスキー:イーゴリ・レドゴロフ
[ジャンル]
長編劇映画
[サイズ]
35mm / カラー / 全10巻
現代の乾いた都会生活にあって崩れつつある親子の絆や脆く毀れやすい男女の情愛などをテーマにした、80年代の作品の中でも、これはまた、いかにもロシア
の大地が育くんだ、おおらかな心と女流らしい細やかな眼が感じられる映画である。そして女性の視点を貫ぬきながら、男女の立場の枠を越えた広い地平で、男
と女の愛のあり方や親子関係をもの語り、しかも人物の心の襲が広大で厳しい自然の情景を通して、また、子供たちと犬との交流の中に巧みに表現されている点
など、バービッチ監督の才能の端が窺える。
さらに、逞しく少し粗野だが、見捨てられた幼子をわが子同様に育てるやさしさを兼ね備えた主人公パーヴェルに抜擢されたアレクサンドル・ミハイロフの好 演と三人の子役のキャスティングもこの映画の成功の鍵を握っている。ソビエトでもヒット作となったが海外でも高い評価を受けた。
1982年ベルリン国際映画祭審査員奨励賞
1982年バンクーバー国際青少年映画祭審査員特別賞
[あらすじ]
北の果てムルマンスク州の鉱山の町に住むパーヴェルが父親からの電報で15年ぶ りに故郷に呼び戻されてわが家で知らされたのは昔の恋人ナースチャの死と、その忘れ形見の娘が他ならぬパーヴェルの子供であることだった。老いた父は残さ れた子供を引取るべきだと主張して譲らない。しかも、かつて兵役で故郷を離れていた間に起きた些細な誤解がナースチャの心を踏みにじってしまったことを 知ったパーヴェルは深い衝撃を受け、動揺した。だが、けなげに生きる14才の少女ポリーナをまのあたりにして、パーヴェルは娘を育てる決心をする。ところ がポリーナには、ナースチャが一時、同棲していた画家との間に生れたパヴリク、養子で口のきけないスチョーパという二人の弟がいた。
既に町でタマーラと同棲中だったパーヴェルにとってそれは極めて辛い選択だったが、三人の子供たちと彼らがこれまで心の支えにしていた愛犬を伴って、彼 は北の町へと旅立った。タマーラの姿はそこになかったが、北の町の男達がこの新しい家族に大きな声援を送ったのは言うまでもない。
[原題]
「МУЖИКИ!」
[スタジオ/製作年]
モスフィルム・1981年製作
[スタッフ]
監督:イスクラ・バービッチ
脚本:イスクラ・バーピッチ、V・ミハイロフ
撮影:セルゲイ・ザイツェフ
音楽:ウラジーミル・カマロフ
美術:ワシーリー・ゴリコフ
[キャスト]
パーヴェルの父:ピョートル・グレボフ
パーヴェルの母:ヴェーラ・アリホフスカヤ
パーヴェル:アレクサンドル・ミハイロフ
ポリーナ:イリーナ・イワーノフ
[ジャンル]
長編劇映画
[サイズ]
35mm / スタンダード / カラー
[上映時間]
1時間37分

映画パンフレット 「新しい家族」 監督 イスクラ・バービッチ 出演 ピョートル・グレーボフ/ヴェーラ・アリホフスカヤ/アレクサンドル・ミハイロフ/イリーナ・イワノーワ/ミハイル・ブズイリョフ=クレツォ/ピョートル・クリロフ
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さらに、逞しく少し粗野だが、見捨てられた幼子をわが子同様に育てるやさしさを兼ね備えた主人公パーヴェルに抜擢されたアレクサンドル・ミハイロフの好 演と三人の子役のキャスティングもこの映画の成功の鍵を握っている。ソビエトでもヒット作となったが海外でも高い評価を受けた。
1982年ベルリン国際映画祭審査員奨励賞
1982年バンクーバー国際青少年映画祭審査員特別賞
[あらすじ]
北の果てムルマンスク州の鉱山の町に住むパーヴェルが父親からの電報で15年ぶ りに故郷に呼び戻されてわが家で知らされたのは昔の恋人ナースチャの死と、その忘れ形見の娘が他ならぬパーヴェルの子供であることだった。老いた父は残さ れた子供を引取るべきだと主張して譲らない。しかも、かつて兵役で故郷を離れていた間に起きた些細な誤解がナースチャの心を踏みにじってしまったことを 知ったパーヴェルは深い衝撃を受け、動揺した。だが、けなげに生きる14才の少女ポリーナをまのあたりにして、パーヴェルは娘を育てる決心をする。ところ がポリーナには、ナースチャが一時、同棲していた画家との間に生れたパヴリク、養子で口のきけないスチョーパという二人の弟がいた。
既に町でタマーラと同棲中だったパーヴェルにとってそれは極めて辛い選択だったが、三人の子供たちと彼らがこれまで心の支えにしていた愛犬を伴って、彼 は北の町へと旅立った。タマーラの姿はそこになかったが、北の町の男達がこの新しい家族に大きな声援を送ったのは言うまでもない。
[原題]
「МУЖИКИ!」
[スタジオ/製作年]
モスフィルム・1981年製作
[スタッフ]
監督:イスクラ・バービッチ
脚本:イスクラ・バーピッチ、V・ミハイロフ
撮影:セルゲイ・ザイツェフ
音楽:ウラジーミル・カマロフ
美術:ワシーリー・ゴリコフ
[キャスト]
パーヴェルの父:ピョートル・グレボフ
パーヴェルの母:ヴェーラ・アリホフスカヤ
パーヴェル:アレクサンドル・ミハイロフ
ポリーナ:イリーナ・イワーノフ
[ジャンル]
長編劇映画
[サイズ]
35mm / スタンダード / カラー
[上映時間]
1時間37分

映画パンフレット 「新しい家族」 監督 イスクラ・バービッチ 出演 ピョートル・グレーボフ/ヴェーラ・アリホフスカヤ/アレクサンドル・ミハイロフ/イリーナ・イワノーワ/ミハイル・ブズイリョフ=クレツォ/ピョートル・クリロフ
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キルギスの著名な作家チンギス・アイトマートフの短篇小説の映画化。
トロムシ・オケエフ監督は1935年生まれ、ヴォロト・シャムシェフ監督(本年度全ソ映画祭大賞受賞の『白い汽船』の監督)と並んでキルギス映画の代表的な監督であり、「わが幼き頃の空」「炎の前に頭を下げよ」「灰色の狼」(74年ロカルノ映画祭国際審査員賞受賞)などの作品で国際的にも知られている。レニングラード映画技術大学出身で、録音技師として働いていたが、その後さらにモスフィルムの高等映画監督コースを終了して、監督となった。
「赤いりんご」は画家テミールの小さな家庭を舞台に、テミールの胸のうちに消ゆることのない初恋の思い出がこの小さな家庭にもたらす波紋やさまざまな苦しみを、さらには人間関係の複雑な綾を描くもので、監督は"詩的なメロドラマ"と云っている。同時に、キルギスの急激な変貌を目のあたりにしてきたオケエフ監督がこれまでの作品で一貫して追求してきた、過去と現在、自然と人間、古い伝統の世界と現代文明と云ったテーマもこの映画で重要なテーマとなっている。
画家テミールには、自らも美術専問学校の出身で絵心のあるシュイメンクル・チョクモロフ(主な出演作品に「灰色の狼」「デルス・ウザーラ」がある)が扮して、映画でもかれの作品が披露される。カメラはクラコウ短篇映画祭金賞受賞の「デュイセンの橋」の撮影監督コンスタンチン・オロザリエフで、初めての長篇劇映画である。イススィク・クリ湖、山河、森、町など、キルギスの美しい自然とその現代的な風貌とをリリカルにとらえたオロザリエフの映像もこの映画の特徴である。
第28回ロカルノ映画祭国際審査員賞受賞。
(あらすじ)
テミールが芸術専問学校に学んでいた頃、かれは町の図書館の閲覧室で少女に出会った。それから毎日、テミールは街で彼女とすれ違い、彼女の家の門前まで追いかけて行くが、声をかける決心がつかない。
ところが秋も終りのころ、彼はクラスメートと一緒に郊外の農園に行く。収穫も終り、木々はもう実を残していなかった。だが赤い大きなりんごが一つ残っていたのだ。かれは恋焦がれていた彼女にそれをプレゼントした。思いがけない贈り物に驚き、彼女は礼を云ったが、誰か別の青年とともに去って行った…。こうしてテミールにはかの女は美しい見知らぬ女のままで終ってしまった。
あれから歳月も過ぎた。いまではかれは名の知れた画家となり、アナウンサーの妻との間に娘も生まれた。
だがテミールはその初めての愛を忘れられない。妻はテミールとの間に越えることのできない溝を感じていた。喜びも感じられない、重苦しい日々、妻はこんな生活に耐えられず家を出て行く…。
父と娘の二人の生活が始まる。妻はいつかここへ戻ってくるのだろうか?テミールは娘に自分の家庭に起きた事柄を説明したいと思う。だがなかなかチャンスは来ない。娘はテレビのスクリーンに映るアナウンサーの母の顔を見ては帰る日を待ちわびている。気まずい、辛い生活が流れていく。
そして秋、農園のリンゴの木の下に父親は腰を下ろす。そこなら父親は娘に語るべき言葉が見つかると思ったのだ。だが農園の片隅から娘は声をあげた。「パパ、わたしりんごを見つけたの」と。大きな赤いりんごはかってここでかれが見つけたあのりんごにそっくりだったし、かれはもう娘に自分の家庭に起きた悲しく辛い事実を話す気になれなくなってしまう。
夜おそく、二人は家にたどりついた。外は冷たい秋雨が降り注いでいた。そして少女はその赤いりんごを胸に抱きながら「パパ、あたしこれを大事にとっておいて、ママにあげるわ」と云った。
[原題]
「Красное яблоко」
[スタジオ/製作年]
キルギスフィルム 1976年製作
[スタッフ]
脚本:チンギス・アイトマートフ、エリガ・ルインジナ、トロムシ・オケエフ
監督:トロムシ・オケエフ
撮影:コンスタンチン・オロザリエフ
美術:ジャムブル・ジュマバエフ
音楽:シャンドル・カロシ
[キャスト]
テミール:スイメンクル・チョクモロフ
サビラ:グリサラ・アジベコワ
見知らぬ女:タットゥビュビュ・トゥルスンバエワ
アナラ:アナラ・マセカドィロワ
[ジャンル]
長編劇映画
[サイズ]
35mm / カラー / 全8巻
トロムシ・オケエフ監督は1935年生まれ、ヴォロト・シャムシェフ監督(本年度全ソ映画祭大賞受賞の『白い汽船』の監督)と並んでキルギス映画の代表的な監督であり、「わが幼き頃の空」「炎の前に頭を下げよ」「灰色の狼」(74年ロカルノ映画祭国際審査員賞受賞)などの作品で国際的にも知られている。レニングラード映画技術大学出身で、録音技師として働いていたが、その後さらにモスフィルムの高等映画監督コースを終了して、監督となった。
「赤いりんご」は画家テミールの小さな家庭を舞台に、テミールの胸のうちに消ゆることのない初恋の思い出がこの小さな家庭にもたらす波紋やさまざまな苦しみを、さらには人間関係の複雑な綾を描くもので、監督は"詩的なメロドラマ"と云っている。同時に、キルギスの急激な変貌を目のあたりにしてきたオケエフ監督がこれまでの作品で一貫して追求してきた、過去と現在、自然と人間、古い伝統の世界と現代文明と云ったテーマもこの映画で重要なテーマとなっている。
画家テミールには、自らも美術専問学校の出身で絵心のあるシュイメンクル・チョクモロフ(主な出演作品に「灰色の狼」「デルス・ウザーラ」がある)が扮して、映画でもかれの作品が披露される。カメラはクラコウ短篇映画祭金賞受賞の「デュイセンの橋」の撮影監督コンスタンチン・オロザリエフで、初めての長篇劇映画である。イススィク・クリ湖、山河、森、町など、キルギスの美しい自然とその現代的な風貌とをリリカルにとらえたオロザリエフの映像もこの映画の特徴である。
第28回ロカルノ映画祭国際審査員賞受賞。
(あらすじ)
テミールが芸術専問学校に学んでいた頃、かれは町の図書館の閲覧室で少女に出会った。それから毎日、テミールは街で彼女とすれ違い、彼女の家の門前まで追いかけて行くが、声をかける決心がつかない。
ところが秋も終りのころ、彼はクラスメートと一緒に郊外の農園に行く。収穫も終り、木々はもう実を残していなかった。だが赤い大きなりんごが一つ残っていたのだ。かれは恋焦がれていた彼女にそれをプレゼントした。思いがけない贈り物に驚き、彼女は礼を云ったが、誰か別の青年とともに去って行った…。こうしてテミールにはかの女は美しい見知らぬ女のままで終ってしまった。
あれから歳月も過ぎた。いまではかれは名の知れた画家となり、アナウンサーの妻との間に娘も生まれた。
だがテミールはその初めての愛を忘れられない。妻はテミールとの間に越えることのできない溝を感じていた。喜びも感じられない、重苦しい日々、妻はこんな生活に耐えられず家を出て行く…。
父と娘の二人の生活が始まる。妻はいつかここへ戻ってくるのだろうか?テミールは娘に自分の家庭に起きた事柄を説明したいと思う。だがなかなかチャンスは来ない。娘はテレビのスクリーンに映るアナウンサーの母の顔を見ては帰る日を待ちわびている。気まずい、辛い生活が流れていく。
そして秋、農園のリンゴの木の下に父親は腰を下ろす。そこなら父親は娘に語るべき言葉が見つかると思ったのだ。だが農園の片隅から娘は声をあげた。「パパ、わたしりんごを見つけたの」と。大きな赤いりんごはかってここでかれが見つけたあのりんごにそっくりだったし、かれはもう娘に自分の家庭に起きた悲しく辛い事実を話す気になれなくなってしまう。
夜おそく、二人は家にたどりついた。外は冷たい秋雨が降り注いでいた。そして少女はその赤いりんごを胸に抱きながら「パパ、あたしこれを大事にとっておいて、ママにあげるわ」と云った。
[原題]
「Красное яблоко」
[スタジオ/製作年]
キルギスフィルム 1976年製作
[スタッフ]
脚本:チンギス・アイトマートフ、エリガ・ルインジナ、トロムシ・オケエフ
監督:トロムシ・オケエフ
撮影:コンスタンチン・オロザリエフ
美術:ジャムブル・ジュマバエフ
音楽:シャンドル・カロシ
[キャスト]
テミール:スイメンクル・チョクモロフ
サビラ:グリサラ・アジベコワ
見知らぬ女:タットゥビュビュ・トゥルスンバエワ
アナラ:アナラ・マセカドィロワ
[ジャンル]
長編劇映画
[サイズ]
35mm / カラー / 全8巻

