28:19
それゆえに、あなたがたは行って、
すべての国民を弟子として、父と子と聖霊との名によって、
彼らにバプテスマを施し、
父と子と聖霊というふうに理解されていても
主はおひとりであることは、その前に述べられていること
またそのあとに記されていることからも明らかです
ご自身ひとりについて言われているわけです
ご自身の中に三一性(父と子と聖霊)があるのをかれらが知るためでした
聖霊とは、主ご自身の神性以外の何ものでもありません
これがはっきりするため、
〈みことば〉で霊が何を意味するかを述べていきます
霊とは
① 一般的にいって、人の〈いのち〉のことである
② 人の〈いのち〉はその状態によって多様であることから
霊とは人の〈いのち〉の様々な情愛(パン)を意味する
③ 再生した人の〈いのち〉のこと
いわゆる霊的〈いのち〉(霊体)である
④ 主にある霊と言うとき
主にある神の〈いのち〉のことで、主ご自身のことである
⑤ とりわけ、主の英知の〈いのち〉のことで、神の真理と言われる
⑥ エホバご自身のこと。
すなわち主が預言者をとおして〈みことば〉を述べられたこと
(神体と霊体が魂)
主の教義 #46
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1:78
これはわたしたちの神のあわれみ深いみこころによる。
また、そのあわれみによって、日の光が上からわたしたちに臨み、
神のあわれみ深いみこころ→神の深い慈悲の心
日の光が上からわたしたちに臨み→
本では、高い所から昇る日は、われわれを訪れる
高い所から昇る日(日の光が上から)とは、エホバのこと
すなわち永遠からまします主のことです
以上から分かることですが、永遠からまします主とは
〈みことば〉のエホバに由来するご自身の神性のことです
またこれから申し上げることからも分かりますが
その人間性が栄化された後では、「主」または 「エホバ」というと
神性と人間性が一体化したものとして考えます
そしてただ「おん子」という場合、それは神人性を意味します
参考 マラキ3:1
「われわれが探している主は、ご自分の宮にすぐ来られる」
宮→ご自分の肉体
主の教義 #30
マタイ10:20
語る者は、あなたがたではなく、
あなたがたの中にあって語る父の霊である。
父の霊→聖霊
父→神
人間とは、神体・霊体・肉体なのです
神体であり聖霊であり神(いずれも同じ存在)
(仏教では、仏(ほとけ)と呼ばれる)
マルコ13:11
そして、人々があなたがたを連れて行って引きわたすとき、
何を言おうかと、前もって心配するな。その場合、
自分に示されることを語るがよい。
語る者はあなたがた自身ではなくて、聖霊である。
人々が・・・わたすとき→あなたがたが、死んで霊界に行くとき
語る者は・・・聖霊である→あなたがたが、この人生で行った
善と悪をあなたの中の神(聖霊)が語って下さる
(そこには、うそや偽りがなく、すべて真実)
私も知りませんでした
ルカ12:12
言うべきことは、聖霊がその時に教えてくださるからである」。
マタイ10:20とマルコ13:11とルカ12:12は、いずれも同じ
あなたがたの中にあって語る父の霊である
語る者はあなたがた自身ではなくて、聖霊である。
聖霊がその時に教えてくださるからである