昨日、けいちゃん先生のこのブログを読んだ瞬間に、
『これは、まさに私のこと!!』と心の中で叫んでいました。
けいちゃんブログの読者アルアルだと思います😅
うちのオトさん、いつも遊びたくて仕方なくて。
誰かが、自分の陣地に入ってきてくれることを、心待ちにしています。
(と、私の目には映っています)
「誰か来て〜」
「誰か遊んで〜」
「誰かおもちゃ投げて〜」
「一人じゃつまんない〜」
「いつまで待てばいいの〜」
(と、私の耳には聞こえます)
そして、オトさんの陣地から離れようとすると、足にまとわりついてきて…
「もう行っちゃうの〜」
「もっと遊ぼうよ〜」
「一人はつまんないよ〜」
「行かないで〜」
「あぁ行っちゃった〜」
(と、思っているに違いないと私は感じています)
それでも、自分がやらねばならない事、自分がやりたい事を、優先的に済ませたい私は、
ごめんね〜
もうちょっと待ってね〜と、
言ったり、思ったりしながら、
もしくは、
オトさんと目を合わせないようにしながら、
又は、娘に、遊び相手をお願いして、
自分の用事を優先します🥲
オトさんが、待ちくたびれて寝てしまった姿を見ると、罪悪感で心がチクッとします。
この状況は、娘達の子育ての時も、ゆずが小さかった頃も、全く同じでした。
私が家事をしている間、退屈でゴロゴロしている娘の姿を見て
なんで、もっと子供らしく自分で遊んでくれないの?
こんなにおもちゃがあるんだから、一人で遊んでよ!
いつもそんな風に思っていました。
かといって、おままごとの類を好む娘と一緒に遊ぶのは好きではないから、すぐ公園に連れ出して、ブランコやお砂場で一心に遊んでいる姿を見ると満足する私でした。
ゆずに対しても、同じだったような気がします。
ただ、ゆずはおもちゃでテンション高く遊ぶタイプではなく、毎日のお散歩を楽しみにしていましたので、雨の日以外は欠かさずお散歩に行くことで、退屈そうなゆずを見て反応する自分と折り合いをつけていたように思います。
今は、以前、ゆずに抱いていたほど大きな罪悪感からは解放されていますが、
そんな姿を見るのは、やっぱり嫌なのです。
すごくすごく反応してしまう私がいます。
目の前にいる動物が私の投影だとしたら、
私が誰かに遊んで欲しい。
誰かに楽しませて欲しい。
と、思っているということなのか…🤔
勝手にやりたいことやって、自分で楽しめばいいのにね💦
そんなことを思いながら、今朝、もう一度けいちゃんのブログを読んでいたら、こんな刷り込みがあることを発見しました‼️
『常に、充実した時間を過ごすことが、良いこと』
『ダラダラと暇な時間を過ごすのは、悪いこと』
『いつも何かに夢中になって生き生きと過ごす人が素晴らしい』
『ただボーっと生きるなんて、価値のないこと』
予定のない休日を過ごす自分を許せなかった私です。
原因はやっぱり、私の中にありました。
そんな窮屈な考えはもう必要ないから、一旦受け止めて手放そう。
『今までありがとう』
珍しく丸2日以上💩が出なかったゆずポン💦
ヨーグルト水飲んだら、出ました〜👍


