夏休みは重心児の放デイで働いています。
先日は、一瞬のすきに、弄便してしまった高校生がいて、一帯、壁も床も便まみれになるということがありました。
こんなに一瞬では、家でも当然やっているだろうなと思う。
指を喉につっこみ、吐く子。
だめよとおさえても、ものすごい勢いでそこへ走ってつっこんで行き、つるんと滑る子。
私は見たことがないけれど、少し前はスタッフが2人がかりで暴れる1人を抑えないと他害を抑えられないときもあったと。
外野の自分から見ると、それはそれで本人なりに理由があって、もう少し支援のやりようもあったんではないかと思うこともありますがそれは外野だから言えるというのもよく分かる。
重心児の子たちの男女比がどうなのかは分かりませんが
夏休みの放デイに来ているのは中学生、高校生男子が多く、身体も大きい。
男子は、家にいても、体力有り余りますから、預かってもらいたいのはわかる。
見た目では、障がいがあるとは全く分からない子も多いため、ある日突然、
「実は今まで、話したくなかったから話さなかっただけで、本当は全部分かっているし、話せるんだよ…」
などと、何もなかったように、すらすら話し始める日が来るんではないかと、私でも思ってしまうくらいなので、
だから、おそらくご両親は、何万回と思ってきたのではないかと思うのです。
でも、現実はそうはならない。
どれほどに泣いて、ここまで育ててこられてきたのだろうかと、迎えに出てくれるおだやかなお母さん方を見て考えてしまうこともあります。
けれども思うのは、
スタッフからすごく好かれる子もいれば、
邪険にされてしまう子もいるし、
親からすごく愛される子もいれば、
親も、もう参ってしまって、施設に入る子もたまにいるようで
それは必ずしも、障がいの程度や種類だけの問題でもないんだなと。
障がいがあってもなくてもやっぱり、人にかわいがられるかどうかは、本人の人なつこさとか、愛嬌とか、扱いやすさなど、性格的なところが大きい。
食事もトイレもお風呂も、全介助になる子もいますが、
身体的に物理的にできないのなら比較的受容しやすいけれど、
きちんと機能するはずの身体があっても、せっかくのその身体が、脳の指令によってうまく動かすことができないとなると、また身体理由とは違った、障がいの受容の道のりの難しさがあるなあと思います。
しかし、きれいごと抜きで、やっぱり大変さは、はかりしれませんね。
よく、きょうだい児の問題が取り上げられますが、
送迎ひとつとっても、預かりやお迎えの連絡先は基本的には家族全員登録されていることが多く、
父母はもちろん、兄や姉や祖母も当たりまえで、
父の会社、おじおば、ヘルパー事務所、はたまた、まだ小学生の妹や弟が、兄たちを迎えるべく家の前で立ってくれたりしていると、家族総出でやらざるをえないのは、どうしても仕方ない部分もあるな、と思います。
とはいえ、児童福祉法が改正され放課後デイサービス事業ができる以前は、障がいのある子は、まだまだ家庭を主にして親が見るしかなかったわけで、こんな仕事が生まれるとは、私は大学卒業した20年以上前は、思ってもみませんでした。
残念ながら垣間見る障害者福祉というのは、いろんな問題も孕んでいて、考えてしまうことも多々ありますが、間違いなくいえるのは従事者はこの子たちがいてくれるおかげで仕事をさせてもらえるのです。
今は障がいの程度にもよるようですが、自己負担もほとんどなく、週に5日デイサービスに通って来ている子もいることを思えば、制度面では、昔よりは障がい児を社会全体で受け入れる、という制度設計にはなってきてはいるのかもしれない。
そう思えば、社会は少しずつ良くなってきているし、これからも良くなっていくのではないかと信じたいですね。