『良心神は人の身の魂のみに存在する
霊には良心神の存在は解らず(1)
人に内在するで、神々に内在ではない』
私のブログに
「自分を観音菩薩として祀れ
と言った大白蛇霊」を記していますが、
→この記事元になる霊能者の方から、
その大白蛇霊のことで
再度相談を受けていました。
その大白蛇霊に関して、その方からのメール。
今、現在に至っても、大白蛇霊は、
私の命令には素直に従ってくれております。
私も見た事があったのですが、
大白蛇霊を筆頭に白狐等、物凄い数の霊団が出来ており、
大白蛇霊に数を聞くと、数千の数と言います。
だから、巷の霊能者が逃げるのも良く解りますが。
ミニ教祖ぐらいは真剣に取り組めば、
出来るかもしれませんが、興味がありません。
この方を見た他の霊能者の方達が逃げて行く
と言われていますが、
=それはスピリチュアルで
自分にはミカエルがカブリエルや
宇宙司令官が降りて来る式の霊感女子の持つ霊力
では無く、
←→
現実の霊界で
切った張ったの丁場を
くぐりぬけるだけの霊力を持った霊団
が付帯しているからです。
→実際に霊界の殺し合いの中を行く、
そうした胆力が無いと難しいのです。
ex私自身、
その御祭神が「国常立尊」だと称していた
2番目の師匠から
「死に神」を送りつけられました。
その「国常立尊」は
本当の「国常立尊」様ではなくて
ニセ神でしたが、
そうしたニセ神が
霊界には横行しているのです。
また
黒龍神の群団からの攻撃
も受けて来ました。
殺される危険がある世界なのです。
綺麗事で通用しないのです。
霊能力を持っておられる方達の多くは、
御神霊から「御神刀」を
賜れておられるはずです。
特に女性に多いはずです。
→その剣を「祓いの剣」と言っておりますが、
祓いと言って剣を抜くことは
=霊達を切っているのです。
→他の霊の憑依から自分を守る為には
神の剣を振わなければならない時が
あるのです。
→仮に自分が神剣を抜かなくても、
背後で自分を守っている守護霊達が
霊剣を使用したりしているのです。
そのメールとは別のメールに
大白蛇霊は言います。
天帝はお前と共に信じる。
ただ、良心というものが、今一つ分からぬ。
だから、
これからはお前を見て、
お前を通して良心を学ばしてもらう。
と言いました!
以上です。
さて、
この大白蛇霊が言う
【良心というものが、もう一つ分からぬ】
ですが、
私は一貫してこれまで
【人に内在する良心神】を説いて来ました。
私が言っているのは、
【人に内在】で
神々に内在ではない
のです
私のブログを読んでおられる方達は
あることに気づかれているはずです。
それは
→
自分には
天使長ミカエルがガブリエルが
メッセージを降ろして来る式の
スピリチュアルの方達のブログは
=「愛」は言っても、
絶対に【良心神】に言及してこないこと
に気づかれたでしょう。
巷に出て来る
ミカエルとかカブリエル等の天使は
=
そのほとんどがニセ霊であり、
仮に本物のミカエルやカブリエル霊が
存在していたとしても、
→それらは
【人に内在する良心神】
など知る段階の高級霊ではない
のです。
仏教で【如来】を説きますが、
霊界では
「ニセ如来やニセ菩薩」も出てきます。
ex私の叔父がある骨董店で求めた
「薬師如来像」は
=恐るべき病気治しの霊力を持っていました。
だが、
=それらはそうした偶像に宿ったところの霊
であって、
本物ではないわけです。
ex観音様として祀られていても、
その観音菩薩像の正体を見れば
蛇霊であったりするのです。
→私は叔父が亡くなったので、
この「薬師如来像」を像ごと霊縛して
世に出ないように封印してしまいました。
私を攻撃したからです。
→本物ならばそんな攻撃などして来ません。
=>霊であっても、
本物の薬師如来ではないからです。
その大白蛇霊の様に
自分を「観音菩薩」として祀れは、
そうした霊界の実態を知っているからです。
=>故に
【偶像信仰】は
間違ったことになりやすいのです。
exお釈迦様でもイエスでも
偶像崇拝は禁じられましたが、
→人は
どうしても目に見えない神仏を
偶像で見たい
となってしまうのです。
→ために
お釈迦様もイエスも
結果的に自らが
偶像にされてしまわれた
のです。
良心神とは、
人の身を待った者でないと
説けないのです
人に内在する良心神は、
偶像化しようとしても
偶像化は出来ないのです。
それは
「影も形も無い」からです。
私は
【人に内在する良心神】と
説いているように、
→
人には内在してしていても
人の様な肉体を持たない「霊」には
=
良心神は内在していないから、
良心神が理解出来ない
となります。
私が説いている
【人に内在する良心神】とは
=
人であったお釈迦様の悟りであり、
神々や霊魂達の悟りではないのです。
ですから、
霊には良心神は解らないのです。
私は神霊界に修業に入って、
アレ!と違和感を持ったのは、
【神々には
良心というものが存在していない】
だったのです。
私が説いているこの【良心】神とは、
=
天帝の分魂であり、
=
日本神道では古来より
【直霊】
として説かれて来たものです。
この「直霊」は
=
この世の肉体を持つ人が死ぬと、
→「直霊」は
その人の魂に着いて霊界に行く
のではなくて
「天帝そのものに帰還する」
であって、
→霊界に渡った私達の魂の中からは
良心神たる直霊の働きは
消えてしまうのです。
大本教神諭に、
世に出ている神々が
「四つ足」であることを暴くぞ
とありますが、
→
神々は全て【四魂】のみ
なのです。
・・・蛇は四つ足ではありませんが
四魂なので四つ足格であり、
【狐や狸や猫や犬】等の四つ足動物の姿で
顕現したりするのです。
猿もそうした四つ足の中に入ります。
人は神に似せられし者、
人には天帝の分魂(直霊)がある
私達のことを「人間」と言いますが、
この「間」は
=
神と動物の「間」にある
と言う意味の人間なのです。
・・・
人は
【神に似せられし者】であり、
逆に行くと【動物の姿】となるのです。
神之公園さんブログ
『人に内在する良心神』2016・6・25より抜粋
http://kamikotokai-b.jugem.jp/?eid=436#trackback
ここまでお読みいただき、お時間をありがとうございました。
本日も寒さが厳しくなっておりますが、
関東圏では日中、気温が上がって過ごしやすくなるそうです。
体調を崩しやすくなっておりますので、
朝晩は温度調節等、気をつけて下さいね。
心穏やかな良い1日をお過ごし下さい。