神と仏 ex大黒天、大国主命
「三ツ目青黒憤怒相」の大黒天様とは
額の第三の目とは
猿顔の人達とは
日本は神国とは
神は「公」仏は「私」 とは
旧約聖書[禿げは貴方の罪ではない] とは
公私混同のやり方から公の神の道へ とは

 

 

 

 

とある夜、私が眠ろうとしていると
ある光景が見えて来ました。

 

 

空には俗にいうUFOが飛び回っています。
するとその光景の中に

フードとマントを着た男が立っています。
フードとマントからすると

東洋人ではなくて西洋の方でしょうか。
そのフードの中の顔を見ると、「猿」?
猿顔の人間です
私に何か言いたいようなのですが

会話が出来ません

 

 

猿顔とUFO?

まるで映画「猿の惑星」の世界です。
当時の私は二番目の師匠の元に居たので、
その師匠に理由を言って

【霊媒通し】をしてもらいました。

 

 

 

するとそのフードを被った男は

私に対して、
【敗軍の将】であった貴方は
逃げ場を失って海中深くに

自らの墓を造って、その墓の中で

貴方の魂は長い間眠りに就かれました。

 

当時の私は貴方とは対立する

敵軍の副将でしたが、
貴方に仕える決心をして

海中に墓を造り

眠られた貴方の墓守に徹しました。

 

そうして私が今日まで

貴方の魂を守ったのです。
どうか、

私のその功績忘れないでいただきたい

と言うのです。

 

霊媒者を通して

私が会話している内容を聞いていた

2番目の師匠が、
何じゃこの男の顔は!。
猿ではないか。

当時はそうした

猿顔の人達も居たのです
 

 

 

 

私もその海中には

微かながらも記憶があります。
今の歴史には

存在しない話しになりますが、
 

五万年ぐらい前

エルサレムを首都とする神世
大日本帝国が存在し、

世界を制覇していたのです
国常立尊が御引退されたのが

三十五万年前とされますので、

 

もしかするとその当たりの話

だったのかも知れません。

 

 

ユダヤの悪鬼軍に

エルサレムを陥落されて敗走する私
今のイエメンのAden付近から
船を出して日本にと逃げたのですが、
日本に着く前に

船が大嵐で難破して沈んだのです。

 

…その霊はそのことを

私に語っているのです。
その海中に入った記憶は

私の中にもあるのです。
→子供の時からカルマとして

その光景が出ていたからです。
 

→いずれにしても

三次元界ではなかった

かも知れません

 


そうした太古の時代
エルサレムに

神世の日本帝国の都があった内容は
=大本教霊界物語にもありますが、
人類は幾度か滅びたのです。
別に「水の審判」だけの話

ではないのです。

 

今の世は【神世七代】と言われるように、
「七度目の神世」を意味しています。
それ以前の神世とは
=考古学の様に調べて

検証するのは難しすぎます

 

インドにおける大黒天様が
どうして日本で

出雲の「大国主命」様になっているのかは、
…=大黒天様か大国主命様と

直接に会話が出来る霊能者に
伺って貰わないと

解けない答えではあるのです
三ツ目の青黒憤怒相から見て
今の世の歴史で

紐解こうとしても無理すぎます
 

 

今の人類の歴史だと
1万年前も遡れば

【石器時代】となってしまいます。
それでは説明がつかないのです。

 


この日本が神国だとするのは、
別に日本に

「天皇陛下」が居られこととは
関係が無い話なのです。

この日本は世界の大陸の

「雛形」になっていること
でも解るように、
「国常立尊」の国と言うことからなのです。

 

日本に仏教が伝来して来ると、
→日本の天皇家は
=仏教徒となり仏教は「国教」となりました。
→この時をもってして
日本の神々は「仏」に身を変えられた
ともいわれています。

 

→それを意味する言葉が【和光同塵】です。
…この「和光同塵」とは、
=仏・菩薩が本来の知徳の光を隠し、
煩悩の塵に同じて衆生を救済するで、
=インドの仏が

日本の神として現れる「本地垂迹」のこと
なのですが、

 

大本教ではこれを正反対に解説したのです。
日本の神

インドの仏教に押されて、逆に仏の立場に

その身を変えられたです

 

 

大本教神諭には
日本の神が仏にされた悔しさが
述べられています。

 


しかし、そこには
神の顔では助けられない者。
過ちを悔いてもまた過ちを犯す者。
そうした存在
に対して、
神の顔では

助けることが出来ないから
「仏」の顔も出されたとも言えます。

→神と仏の間には

「表」と「裏」の関係も存在しているのです。

 

本来、神とは「公」の立場です。
それに対して「仏」は「私」であって、

神の立場なら

赦すことが出来ない者
私(仏)」の立場で

救って来たなのです。
・・・だが、それは明治維新迄のことなのです。
・・・明治維新に「廃仏毀釈」令が発せられたのも、
仏(物質)の世から

「精神」世界への変革ポイント
とも言えるのです。

 

 

 

 

東京都知事の桝添氏の
めちゃくちゃな「公私混同」振りが

報道されていますが、

 

知事とか市長とか国会議員は
「公」の立場で「神」的なものです。
その仕事を

【まつりごと(政)】を持って治める
で政治と言います。

 

政治家
「公人」であって

「私人」を混同してはいけない

のです。
…私人としては

何をされようがかまわないのですが、
…そこに「公」の部分を私物化することは
絶対に許されない
のです。
そうしたことが大本教神諭にある
「仏(物)」の世は終わった

となるのです。


 
 

 

旧約聖書

【禿げは貴方の罪ではない】


 
私は旧約聖書の
「禿げは貴方の罪では無い」に触れた時、
これは何事かと考えました。

 

…仮にも創造神たる存在が
一々人の「禿げ頭」を論じること
そのものがおかしいのです。
→私は子供の頃に旧約聖書の神と名乗る声から
「旧約聖書は我が書なれども

暗号書であって、
そのままに読めば

意味が解らぬ」と告げられています。

 

…誰も好んで「禿げ頭」などには

成りたくもないのです。

 

その時、
日本語の「神」と言う言葉は

「上・紙・髪・火水(かみ)」

の意味が含まれていることに

気づいたのです。
 

 
ですから示申(神)は
言葉で申し示すであり、
人は「言葉」を

仰ぎ見なければならない
のです。

 
 
これから先、

「永遠の世、

八度目の世に立替られます」
その新しい世における

魂の地位
全て「公」で判定されます。

そこに

「私」の感情を持ち込むことは

許されていません。
仏で裏口から

こそこそ」と便宜を謀る
などは出来ない
のです。


 
東南アジア等の仏教国は
=仏教しかありませんし、
日本のように

世界の大陸の雛形になった国

でもありませんので
仏教のままでもいいのですが、

 

この日本
神本来の国であり、
神の道にと戻さないと

行けないのです

 

2016・5・30 神之公園さんブログ

「人に内在する良心神(神言会)」より抜粋

 

ここまでお読みいただき、

お時間をありがとうございました。