ドンちゃんの気ままな日記 -2ページ目

ドンちゃんの気ままな日記

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体が思う様に動かなく少しずつなって行く。

一般的な仕事をする事が難しくなった。

弟が札幌で会社を経営していた事から、リハビリの為、無理せずお手伝い程度という事で札幌へ行くことにした。

脳神経内科もとても良い病院もあった。

ただ、寒冷地の住宅の特徴なのかな。

とにかく住宅を訪問する際、階段が必ず有る。

リハビリだと思い頑張った。

でも、治療法も無く、悪くなるだけの私の病気。

モヤモヤしたままの気持ち。

この美酒が心を癒す

 

前回の入院から

抗がん剤のリュウプリンを3ヶ月に1度投与を開始した。

 

 

 

港区三田病院へ検査やリハビリの為入院。

先ずは筋電図

体の色々な所へ針を刺して筋肉から出る音や振動🫨などを計測。

診断が確定された。

やはり

球脊髄性筋萎縮症だった。

飲み込みの検査ではレントゲンを写しながら色々な物を少しづつ食べる🥣

飲み込みが写し出され、飲み込む筋力も弱くなっていた。

胃カメラものんだ。人生初の検査だったけど、先生がきっと上手だったのでとても楽だった。

毎日、理学、作業、言語のリハビリをして過ごした。

なんと言っても目の前が東京タワー🗼だったので風景に癒されて過ごせた。

この頃はまだ大分自由に体は動かせていた。

 

 

 

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20230908

母が亡くなった。

9月25日が母の誕生日だった。

毎日の日課が朝のウォーキングだった。

9月6日早朝いつもの様に3時半頃家を出て4時過ぎに路上に倒れていた所、救急車🚑を呼んでくださった方がいてなんとか病院に。

私と父親で直ぐに病院へ。

心筋梗塞でした。

心臓の🫀左側の血管の元が詰まってしまった様です。

直ぐにカテーテルで血管を血液の流れる状態にして頂いたのですが、左心房の筋肉が復活せず、人工心肺とエクモを付けてICUへ。

先生にはいつ亡くなってもおかしくない状態だと告げられました。

翌日7日4:30 母親の心臓が止まってしまいました。

人工心肺とエクモを付けていたので意識もあるという状態で8:30ICU回診の時間。

病院でもこの様な状態で生きている患者は初めてだと後から聞きました。

回診の時、ダメ元でペースメーカーをつけた所、心臓が動き出した。

奇跡が起きたとこの時は本当に喜んだ。

でも

4時間半、心臓が止まっていた影響もあって、8日、身体中に酵素が回ってしまい臓器不全で亡くなりました。

 

あんなに元気だったのに…