『白い巨塔』は、

 

山崎豊子さんの小説です。

 

浪速大学に勤務する財前五郎と里見修二という対照的な人物を通して、

 

医局制度の問題点を鋭く追求した小説です。

 

1963年から1965年まで週刊誌に連載されました。

 

当初、

 

『白い巨塔』で完結予定でしたが、

 

読者からの反響が大きく、

 

『続・白い巨塔』が週刊誌で連載されました。

 

山崎豊子さんは、

 

この作品を書いた理由を、

 

エベレスト登山で有名なジョージ・マロリーの言葉

 

「そこにエベレストがるから」(なぜ、エベレストに登りたかったのか?の答え)

 

を引き合いに出して、

 

「そこに重厚な人間ドラマがある」

 

からと述べています。

 

しかし、

 

山崎豊子さんは続編の執筆については本意ではなかった、

 

と回想しています。

 

<あらすじ>

 

食道癌の手術を得意とする財前五郎助教授は、

 

次期教授を狙う野心に燃えていました。

 

一方、

 

財前の同級生である内科助教授、

 

里見修二は患者を最優先する研究一筋の医者でした。

 

卓越した技術と実績を持ち、

 

野心家である財前を快く思わない教授の東貞蔵は、

 

何かにつけて財前に苦言を呈していました。

 

東は他大学からの教授移入を画策し、

 

母校の東都大学教授の船尾に後任者の紹介を依頼しました。

 

そして推薦されたのは学級肌の心臓外科医、

 

金沢大学教授の菊川でした。

 

教授戦は、

 

派閥間の駆け引きや札束が乱れ飛ぶなど、

 

大学内外の熾烈な工作による選挙戦が展開されました。

 

決選投票の結果、

 

財前は菊川に競り勝ち、

 

次期教授に決定いたしました。

 

財前がドイツの外科学会から特別講演に招聘され、

 

栄光の絶頂にあった頃、

 

里見から相談された佐々木洋平が死亡しました。

 

佐々木洋平は、

 

財前が里見から手術の依頼を受けたにもかかわらず、

 

不誠実な診療態度と、

 

いい加減な検査を行なっていました。

 

そのために、

 

佐々木洋平を肺炎と誤診し、

 

肺がんを見落としてしまいました。

 

佐々木洋平の遺族は、

 

財前の不誠実な態度と誤診に怒り、

 

訴訟を決意しました。

 

裁判では、

 

財前の責任を認めながらも、

 

極めて高次的な判断が必要であり、

 

法的な責任は問えないという理由で財前は勝訴しました。

 

一方、

 

里見は医学部長からの報復人事として、

 

山陰大学教授へ転任させられてしまいました。

 

山陰大学は研究設備もほとんどなく、

 

里見にとっては、

 

事実上、

 

研究者としての死を意味するものでした。

 

里見は、

 

この不条理な大学病院を「白い巨塔」と例え、

 

浪速大学を去る決意を固めました。

 

🩺🩺🩺

 

とまあ、

 

こんなあらすじでした。ニコニコ

 

実際の医学部は、

 

特に現在は、

 

全く異なっております。びっくりマーク

 

でも、

 

この時代の大学の医局は非常に封建的でした。てへぺろ

 

 

 

流れ星流れ星流れ星

 

 

 

不忍池のカモメです。

 

渡り鳥ですので、

 

冬には日本に来ます🦆

 

カモメは可愛いよねニコニコ