芸術って何だかお分かりでしょうか。
分かりませんよね。
実は誰にも分からないのです。
私は子供のころ絵が得意だったので、東京タワーで開催された、全国子供の絵のコンクールに出品いたしました。
私の得意な風景画で、湖と森、そして背後に八ヶ岳を望む、自分でも惚れ惚れするような見事な出来でした。
私は、他人から言われたことは一度もありませんでしたが、絵画の天才だと思っていました。
ところが、信じられないことに、まさかの一次落選です。
何かの間違いだと思いましたが、何も間違っておりませんでした。
自分が絵画の鈍才であることを思い知らされました。
最終選考まで残った作品が東京タワーで展示されました。
見に行くのも悔しかったのですが、自分より上手な人達の絵を見たかったので、父と一緒に東京タワーへ行きました。
全国から約200点の絵が展示されてありました。
どれほどの絵なんだろうと思っていましたが、どれもこれも下手くそな絵ばかりでした。
グランプリを取った絵は、赤一色で描いた、野球をしている絵でした。
やはり下手くそな絵でした。
表彰式があったので、どんな奴が描いたのか見たくて、始まるまで待っていました。
グランプリを取った絵に対する審査員のお話がありました。
「赤一色で情熱を表現したこの絵は実にすばらしい。描いた人の気持ちがよく伝わっています」
といったコメントでした。
そんなもんかなと思って聞いていました。
そしてグランプリを取った奴のお礼の挨拶でした。
「グランプリを取れて、すんごいうれしいです。赤い絵の具しかなかったからどうしようかと思ったけど、赤一色でよかったと思います」
な、何だと。赤い絵の具しかなかったから赤一色で描いただけじゃねえか。
こんなインチキなコンクールとは知りませんでした。
でもね、これが芸術なのです。
見る人の主観で決まってしまうのです。
見る人がいいと言えばいいし、悪いといえば悪いのです。
書いた人がいいかどうか決めるものではないのです。
納得がいきませんか。もう少し細かく言いますと、常識から外れていることが芸術の本質です。
岡本太郎の太陽の塔みたいに、非常識でないと芸術的価値はありません。
あとは好みの問題です。
人それぞれですから、いいと思う人もいればそうでない人もいる。
個性とはその人それぞれの非常識の度合いのことですから、個性的なものは、芸術的でもあります。
なんでもそうですが練習すればするほどに常識的になり、個性的でなくなりますから、芸術性はなくなります。
個性を残しながら訓練する、これが至難の業であります。
芸術は技術ではありません。
技術を高めると、得てして芸術性は失われます。
少し分かっていただけたでしょうか。
え、分からない。無理にわかる必要はありません。
分からないからといって餓死するものではありませんから。