研修医のころ、背骨を骨折した、若い男性が入院してきました。
私が受け持ちになりましたが、体重が100kg以上はあった、プロレスラーみたいな患者でした。
ギプスを巻くことになったので、ギプス室に予約の伝票を出しました。
この患者やたらと食べる人で、いつも3人分ぐらい食べていました。
職業を聞いたらホストクラブのホストだと言っていました。
もとより本気にしませんでしたが、お父さんが面会に来たことがあって、激しく言い争いをしていました。
「いい加減に水商売から足を洗え」
「ホストやってると100万は稼げるんだぜ。やめたらどうやって食っていくんだよ」
「わしの会社を手伝え。お前みたいなやつでも少しは使えるだろう」
「ふざけんなよ。便器なんか作ってる会社に誰が帰るか。俺には客がいっぱいついてるんだ。親父の世話になってたまるかよ」
「バカめ、勘当にしてやる。帰ってこなくてよろしい」
彼は本当にホストだったのでした。
しかし、ハンサムでもなんでもない、こんな気持ち悪いやつを好む女性っていったいどんな人なんだろう。
きっとすごいババアなんだろうなと思いました。
ところが彼のお客はほとんどが風俗店の若い女の子だったんだそうです。
よく分からないものです。
とにかくギプスを巻く日がきました。
仰向けになって、背中の下に通したベルトを垂直に上に持ち上げます。
体が弓のように反って、宙に浮きます。
この状態で体にギプスを巻きます。
体が持ち上がって宙に浮き始めたときに嫌な予感がしました。
彼は昼飯を腹いっぱい食っています。
何事も起こらないことを祈りました。
またしても祈りは通じませんでした。
彼の口から昼に食ったものが噴水のように吐き出されました。
ゲロの噴水でした。
彼の顔は自分のゲロで全く見えなくなりました。
息ができなくて苦しかったらしく、さかんに口に逆流するゲロを口と鼻から吹き飛ばしていました。
こんなおぞましい光景ってあるでしょうか。
これを見ていた看護師たちがつられて次々にゲロを吐きはじめました。
ギプス室がみるみるゲロの海になってしまいました。
先輩の医者は怒って帰ってしまいました。
私が彼を下におろし、ギプス巻きは中止になってしまいました。
昼飯を抜いておかなかった私はあとでこっぴどく怒られました。
研修医のときによかった思い出なんて、今考えてみてもひとつもありません。
若いお医者様方、誠に御愁傷様です。頑張ってくださいませ。