個人病院から依頼を受けて、よくオペをやりに行きました。
依頼してくるくらいでしたから、いつも厄介なオペでした。
中学生の女の子の手術で、胸の腫瘍の手術がありました。
悪性の可能性がありましたが、何しろ中学生です。
あまり大きな傷を残すのは可哀そうだろうと、皮膚の傷を最小限にして腫瘍だけを取り除きました。
病理の結果は悪性でした。
取り残しはないと信じていましたが、一抹の不安は残っていました。
オペ後、両親に説明をするときに、院長がその子の父親に向かって何度も頭を下げていました。
よほどの大物だったようでした。
「こちらは衆議院議員の・・・」と、院長から紹介されました。
確かに政界の大物でした。
そうと分かっていたら大学病院で手術したのに、もう後の祭りです。
悪性腫瘍を個人病院でオペするというのはあまり例のないことでした。
再発したら家族は納得しません。
そんなオペをなぜそんな病院でやったということになってしまうからです。
大学病院でなら、家族も諦めがつくようです。
それ以上大きな病院がないからです。
オペそのものに関していえば、大学病院のほうが治りがいいということはありません。
問題は誰がオペしたかであって、病院の規模は関係ないのです。
しかし、悪い結果が出てしまったときは、個人病院は圧倒的に不利です。
院長が、
「あの子のオペ大丈夫でしたか」
「まず問題ないと思います。ただ悪性のようなので再発しないといいのですが」
「当たり前だよ君。再発なんかしたらうちの病院潰されちゃうよ」
「でも院長、何であんな大物政治家の子を他へ送らなかったんですか。この病院でやるのは危険すぎましたよ」
「僕は良性だと思ったんだよ。地元の政治家だから断れなかったんだ」
「悪性の可能性が否定できないと院長に言っておけばよかったですね。再発したらただじゃ済まないでしょうね」
「お互いに医者を辞めるようかもしれないね」
「冗談言ってる場合じゃないですよ。とりあえず後の検査だけは大学の方でやりますよ」
その後、大学病院で再発していないかどうかの精密検査をしましたが、必ず両親がついて来ました。
結果が出るたびに私の心臓が止まりそうになりました。
3年間検査をしましたが再発はしていませんでした。
その後何も言ってこないので、多分大丈夫だったんだろうなと自分で自分を慰めています。