私の中学時代の友人の本田の会社が倒産してしまいました。
本田は奥さんと子供二人を抱えて途方にくれてしまいました。
家のローンも残っていたので、本田は絶体絶命のピンチに立たされてしまいました。
本田の実家は金物屋だったので、その跡を継ぐのかと思っていましたら、彼の兄がすでに金物屋を継いでいたので、本田は新しい仕事を探さなければいけませんでした。
本田は頭は弱いのですが、たいへんな努力家なので何とかなると思っていましたら、駅前でラーメン屋を始めました。
いい物件を見つけたものです。
ラーメン屋を開くのに500万円ほど必要だったらしく、私にも金を貸してくれと言ってきましたが、貸したところで返ってきそうもなかったのでお断りしました。
どうやって金を工面したか知りませんでしたが、とにかくラーメン屋はオープンしました。
私も友達のよしみで食べに行きました。
けっこう客が入っていて、好調なスタートだったようでした。
私はチャーシュウ麺を注文しました。
私が今までに食べた中で一番まずいチャーシュウ麺でした。
「本田、こんなまずいもの作ってると客が来なくなるぞ」
「しょうがないよ。ラーメンなんて作ったことがないんだから」
「始めのうちだけでも本職に手伝ってもらえよ。お前の修行にもなるだろう」
「そんな金あるかよ。貯金もないし、毎月の借金の返済だけで火の車だよ」
「どうやって金作ったんだよ」
「親に半分借りて、あとは街金から借りたよ」
「全部親から借りればよかったのに。街金は後が厄介だぞ」
「うちの親だって食うのがやっとの貧乏人だからな。半分だってよく貸してくれたと思うよ」
「場所はいいんだから、もっとうまいラーメン作れよ。誰も来なくなるぞ」
「ああ、頑張ってみるさ」
「ところで奥さんどうしたの。店手伝わないの」
「手伝う気はないみたいだな。もともとあいつとはうまくいってなかったから」
どうなることやらと心配していましたら、だんだん客が減って採算が合わなくなってきたようでした。
「相変わらず頑張ってるようだけど、やっぱりか客は正直なものだな。これでやっていけるのか」
「だめだよ。やっぱり俺にラーメン屋は向かなかったかな」
「情けないこと言うなよ。味の問題だろ。お前の味覚おかしいんじゃないの」
「俺は味覚おんちだからな。借金ばかり増えて困ったよ」
「街金は取り立てに来ないの」
「今のところはね。それに来たって金は払えないしね。夜逃げしようかな」
「夜逃げしたって無駄だよ。奥さんとは別れたの」
「まだだけど、こんな状態じゃ離婚だろうな。あいつには何の未練もないけど、子供たちどうしたもんかな」
この店が潰れるのは時間の問題だと思っていました。
不況のせいではありますが、中年で仕事を失うくらい悲惨なことはありません。
本田みたいな人が世間にはたくさんいるだろうと思います。
しばらくして本田の店に行ってみました。
とっくに潰れていると思っていましたら大繁盛でした。
中を覗くと、本田ともう一人若い男がいました。
「本田、繁盛しとるやんけ。いったいどうした」
「立ち食いそば屋に替えたんだよ。こいつはアルバイトの学生。立ち食いそばなら味はあんまり関係ねえだろ」
さすがだと思いました。本田は頭はよくないけど、つくづくしぶとい男だと思いました。