小学生6年生のときに、近所に山下明日香さんという同級生がいました。
クラスが違ってましたので、あまりよく知らない子でした。
体が弱かったらしくよく学校を休んでいたようでした。
私の家からは目と鼻の先でしたので、よく明日香さんが窓から外を覗いているのを見かけました。
クラスではとてももてたらしく、お友達、とくに男の子たちがたくさんお見舞いに来ていました。
たとえて言えば、ひまわりみたいな感じの女の子でした。
何の病気かは知りませんでしたが、だんだん休む回数が多くなっているようでした。
それでもお見舞いの子たちはますます増えてるようでした。
クラスの子達がいるときはとても明るいのですが、窓から一人で外を見ているときは寂しそうでした。
私は毎日犬の散歩をさせていたので、明日香さんのうちの前を毎日通っていました。
あるとき明日香さんに呼び止められました。
「じゃましちゃって悪いんだけど、ちょっと聞いてもいいかな」
「いいよ。犬の散歩させてるだけだから」
「思いっきり走るのってどんな感じなの」
「どんなって、ちょっと苦しいかな」
「気持ちよくないの。顔に風が当たってさ、気分よさそうだけどな」
「明日香さんは走ったことないの」
「心臓が悪くて走っちゃいけないって言われてるの。心臓に穴が開いてるんだって」
「そうなの。元気そうに見えるけど。学校も休んでるの」
「ときどき行ってるよ。調子のいいときだけね。手術終わったら元気になるかな」
「え、手術するの。心臓の手術でしょ。俺も3回手術されたけど、たいした手術じゃなかったけどね」
「手術怖かった?」
「怖くはなかったけど、後がたいへんでもうこりごりだよ」
「思いっきり走ってみたいな。手術終わったら走れるかな」
「よく分かんないけど、今そんだけ元気なんだから走れるようになるよ」
「こんなに近くに住んでるのにあまり話したことないね」
「明日香さんはおとなしいからね。俺と遊んでる奴らは悪いのばっかりだもん」
「そんなことないよ、じゃあまたね」
これが明日香さんと最後の会話になってしまいました。
死んだわけではありません。
手術も成功しました。
下町のごみごみしたところでは体に悪かろうと自然の多いところへ引っ越してしまったのでした。
きっと明日香さん、野原を思いっきり走り回っていたんだろうと思います。