潮干狩りは実に楽しいと思います。
父とよく潮干狩りに行きましたが、何しろ昔のことですから、アサリもハマグリも取り放題でした。
船橋ヘルスセンターの潮干狩り場は大きいハマグリがよく取れたので好きだったのですが、宴会場に昼間から酔っ払いがうろうろしているのが気色悪くてだんだん嫌気がさしてきました。
私はとにかく酔っ払いが大嫌いでした。
私が酒の臭いが嫌いなのは、私がアルコールのアレルギーだからです。
酒の席にはめったに行きませんでしたので、昔から付き合いの悪い奴で有名でした。
潮干狩りのことに戻りますが、船橋ヘルスセンターはどうもよろしくないということで、谷津遊園地の潮干狩り場に行くことになりました。
谷津遊園地には酔っ払いはいませんでしたので、気分よく潮干狩りを楽しむことが出来ました。
ただ、大きなハマグリは少なかったのが残念でした。
しゃこもいましたので捕まえてもって帰りました。
沸騰したお湯につけると赤くなって、食べると海老のような味がしました。
私はいつまでも、潮が満ちてくるまで貝を採っていましたが、父はさっさとあがって、海の家でカツ丼を食べていました。
あるとき夢中になりすぎて潮が満ちているのに気がつきませんでした。
陸まではかなり遠いのに、海水が胸の辺りまで満ちてきました。
陸に向かって走るのですが、海水がじゃまでちっとも進みません。
まだ泳げませんでしたので、採った貝は捨てて懸命に陸に向かいました。
足がつかなくなったらアウトです。
陸までが遠すぎてもうだめだと思いました。
もう足がつかなくなってきましたので、泳ぐまねをしました。
しかしもともと泳げないのですから先に進むわけがありません。
塩水が口に入るは、目に入るはで、いよいよ一巻の終わりのようでしたが、陸から見ていた人がいて助けに来てくれました。
えらい目に会ってしまいました。
その人は陸に私をあげて、
「誰と来たの」
「お父さん」
「お父さんはどこにいるの」
いつもの海の家を見ましたら、中でカツ丼を食べて、海の家のおばさんとしゃべっているようでした。
「あそこにいるよ」
「じゃあ、すぐに行きなさい」
そう言って、そのおじさんはどこかへ行ってしまいました。
父のところへ行って、
「ただいま」と言いましたら、
「随分遅かったじゃないか。どこにいたんだ」
「海で溺れてたんだよ。助けに来いよ。カツ丼食ってる場合じゃないだろ」
「おまえもカツ丼食うか」
まったく危機意識のない父親でした。
でも、溺れかかって疲れ果てていたので、そのときのカツ丼はこの世で一番おいしいものに感じました。
服も着替えずに、父はアサリとハマグリをたくさん持っていましたが、私のほうは手ぶらで帰りました。
帰りの電車の中で父は、
「今日はぜんぜん採れなかったんだな」
と、思いっきりおおぼけをかまされましたが、憮然として何も答えませんでした。
帰ってから、父が海の家のおばさんと楽しそうに話をしていたのを母に告げ口して仕返ししようかと思いましたが、何も悪いことをしていない母が嫌な思いをするのが可哀そうだったので黙っておりました。