古事記には、伊耶那岐命(いざなぎのみこと)が黄泉(よみ)の国から脱出した後、穢れた身体を清めるために禊(みそぎ)を行なった際、左目を洗うと天照大御神が生まれ、右目を洗うと月読命が生まれたと書かれています。

私は、これが何を意味しているのか疑問に思っていましたが、『神々の誕生 易・五行と日本の神々』(吉野裕子:著、岩波書店:1990年刊)という本によると、これは五行思想の影響なのだそうです。

五行(ごぎょう)については、本ブログの「あ行の「え」のまとめ」という記事で簡単に触れましたが、木火土金水という5つの原素を五行といい、万物は五行から成り立っているとする古代中国の考え方が五行思想です。
 

そして、隋の時代(西暦581年~618年)に書かれた『五行大義』という本には、「左目を以て日となし、右目を以て月となす。」と書かれているのだそうです。

確かに、天照大御神は太陽神とされており、月読命は文字通り月の神ですから、古事記が五行思想の影響を受けているのは間違いないようです。

実は、五行思想の影響はこれだけではなく、古事記や日本紀のいたるところにその思想が反映されており、五行思想が日本の古代国家の建設に重要な役割を果たしていたことは明らかなのだそうです。

そこで今回は、我々がよく知っている煤(すす)払いの行事が、五行思想に基づいて毎年12月13日に行なわれているということをご紹介しましょう。

以前、本ブログの「月の名前の語源」という記事で、節月(せつげつ)という、二十四節気を用いた月の区分をご紹介しましたが、この暦では、立春(2月4日頃)が正月元日となります。

また、年末の月(丑の月)の長さは30日間となることが多かったようです。

そして、五行思想では、立春以降に木、立夏以降に火、立秋以降に金、立冬以降に水、各季節の境目に18日間の土(土用ともいう)を配当して、土気によって前の季節を葬り去り、新たな季節を生み出すと考えるのだそうです。(次図参照)

【1年における五行の配当】


そのため、土の初日(土用の入り)に正月の準備を始めるのが習わしとなり、正月の18日前である丑の月の13日に煤払いの行事が行なわれていたのだそうです。

したがって、本来は立春の18日前に煤払いをするべきですが、グレゴリオ暦を採用した現代では、それでは正月元日の後になってしまって具合が悪いため、12月13日に煤払いをするのです。

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